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朝の記録 0902-0904

0902

 起床。5時。今日は起きるのがたいへんきつかった。自らの強い意志で目覚め身体を起こし顔を洗った、というような始まりだった。夜は22時になった頃にはけっこう眠たくなっていていい感じだったのだけれど、身体がいつか慣れていくのだろうか。でも、ジョギングのために早起きするようになった習慣がある程度ついた状態で助かったとは思っている。そうでなければやれる気になれていなかった、きっと。幅を広げる、というのは、その幅の一番はじを仮にここで限界と称するのならば、限界の地点に立ってやってみることであるように思う。それはすなわち挑戦とも言えて、慣れていることをこなすのは内側の行為で、もちろんそうした内側も大切なんですけれど、挑戦して「あ、なんだこんなものか」だとか「いやきついなあ」だとかいろんな感情が湧いてきて、しかしてその限界の地点に立ってやってみただけでも多分昨日の自分よりはその幅が広がっている。「限界」とか「挑戦」とか言うとすごく頑なというか、意識の高い雰囲気だれども、ほんとうにささいな挑戦で良くて、小さな新しい挑戦を日々続けていくといつのまにか自分にできる幅が広がって限界だったものがいつのまにか内側になる。料理とかの家事でも、勉強でも、なんだってだいたい当てはまる方程式みたいに考えている。それに、やっていないことできていなかったことをできるようになることとか、今まで自分がやっていないことをやってみることって、割と楽しいんですよね。やっぱり自分にとって新しいことだからストレスが伴うこともあるのだけれど、でも楽しい部分もある。往々にして、挑戦で楽しいのは最初の頃で、慣れてくると逆に機械的になってマンネリ化して楽しさが消えてきちゃうのだけれど、だからじゃあ次どうしようかなーなんか楽しく思えそうなことないかなーと考えるのが理想で、飽きてやめてもそれはそれで、やったことが無くなるわけじゃないから。ジョギングの習慣は私今消えちゃったけど、その習慣のうえに今の早寝早起きが成り立っているし、他のやりたいことをできているし、走る楽しさみたいなのも知っているから時々走ろうだとか散歩しようだとか考えてたまにやるわけです。ま、無理のないように。

 小川洋子の「ことり」を昨日読み始めて、兄弟というものにものすごく惹かれている。兄弟だとか姉妹だとか、きょうだい関係というものの不思議な親密性は良いものだ。物語でもその関係性はしょっちゅう書かれるわけだけれど、仲の良いきょうだい、仲の悪いきょうだい、関係性が薄すぎてお互い無関心なきょうだい、生き別れの兄弟、ずっと一緒にいるきょうだい、などなどその関係性のかたちは当然多種多様で、どのかたちもどこかしらがそれぞれにとっての特別感がある。言ってしまえば血の繋がりというものでしかない、でも血は繋がってないけど再婚できょうだいになったというパターンもあるな、まあとにかくきょうだいという関係が好き。そして小川洋子の手で親密、といいますか、唯一言葉が通じ合う兄弟(正しくいえば、兄の言葉を理解できる人間がこの世で唯一弟だけ)が描かれており、そんなものにフォーカスをあてられてしまうと、たまらない。それだけで百点満点と思ってしまう。閉じられた親密性の、あやうさも抱えた完璧さのある小川洋子の兄弟を読める幸福を感じている。
 昔馴染みというものがそもそも好きで、ボーイズラブを狂ったように読み漁る時があるんですけれども、幼なじみものや兄弟ものに感じる大きな魅力は、界隈ではスタンダードなんだけどとても好き。抱えた親密さのうえで、お互いの知らない場所に連れていかれるような、お互いを知らない場所へ連れて行くような雰囲気がとても好き。
 別にラブでなくても、ライクでも、ヘイトでも。
 なにが言いたいかというときょうだいを書きたい、という欲が少し出ている。きょうだいだとか幼なじみをベースにしたらなんかとても自分の好きなものを形成できるような予感がする、と書いて、でも今書いている二次創作もベースにはきょうだいが存在していた、好き。とうの昔から出していた結論、きょうだいは良いものである。そして「ことり」は面白い。

 きょうだいを持たない一人っ子の物語、墨夏の続きを書く。

 水筒を隣に置いて、もっと水流の方へ近付いてみる。ほとんど濁りのない透明度の高い水で、底を埋める岩の鈍角や、水に流されていく小石の動きが音まで伝わってくるようだった。そうした水流の一番手前の浅瀬に視線を向ければ、ちろちろと指先ほどの大きさの、メダカのようなオタマジャクシのような黒い魚が小さな群れを成して泳いでいる様子を発見して、ひなこは身を乗り出した。ぐぐっと顔を近づけると自分の黒い影の中でその魚たちはひらひらとほんのわずかな尾びれを忙しなく動かしていて、よくよく観察すると風にたなびくシーツのようでもあって、おばあちゃんやおかあさんが外に洗濯物を干すあの透いた清潔感を彷彿させ、それが米粒の大きさの生き物の動きに凝縮されているのが不思議で、ひなこの目は一瞬釘付けになる。気になって数えてみたもののの、十を通り過ぎたあたりで動き回る魚たちに目がしばしばと乾き、わからなくなってしまった。
 どうして、とひなこは思う。どうしてこんなにも小さいの流れに負けないのだろう。今も水流は、轟々という凄まじい勢いまではなくとも、途切れることがなく、穏やかでありながら傾斜に任せて頑張って競うように走り続けている。そして魚たちはもっと頑張っていて、小さな身体のどこにそんな馬力ならぬ魚力があるのか、ひなこには漠然と不思議だった。ひなこは暑い中なんの抵抗もない坂をのぼるだけでも疲れてしまうのに。気になって手を水の中へ投入した。氷で極限まで冷やされた麦茶の温度を想定していたら、意外に少し温かく、しかし魚たちは驚いたのか一目散に分散してしまって、ひなこはあっと声をあげた。
 群れは消えた。ばらばらになった。それぞれが孤立し、見えなくなった。
 なんだか後ろめたい気持ちになり、別れた魚の中で、できるだけの行方を目で追っていたが、じきに石の隙間や水中から伸びる草の影に消えてしまった。
 なんともいえないもやのかかった感情を抱えながら、濡れた手を引く。丸い指先からしたたり落ちる水を簡単に払い、周囲に視線を配る。川を渡る風は涼しくて心地が良かったし、草のざわめきも小さな森の中にいるかのようでひなこの冒険心がくすぐられた。
 魚群の発見箇所を離れて左側、川上の方面へ少し歩いてみると、数歩先に濃緑の中に鮮やかな黄色が覗いていて、近寄ってみる、小菊だった。横たわっていた小菊はちょうど盛りだったように花弁をそれぞれ豊かに開いている。見えない場所に置いておくには勿体なく、ひなこの胸の中はむずむずとこそばゆいような思いになり、見えるところに束を直しておけば、いくらか気が紛れていった。
「ひなちゃん」
 頭の上から急に声が降り注いで、はっとひなこは振り返る。
 すぐ傍まで来ていたのは、ひなこよりも一回り背の高い、いくらか皺の寄ったまっしろなカッターシャツと黒いズボンを身に着けた少年で、夏の色鮮やかな花々というよりも、春の桜のようなやわらかく儚げな笑顔を浮かべていた。
「ひなちゃん、おはよう」
「おはよう」
 ひなこもつられて返して白い歯を見せると、その少年の身体にとびこんだ。濡れたままの手で握りしめるシャツは少し湿り気をおびているようで、でもパリパリと独特の質感がして、おひさまの匂いがして、日干しをしたばかりのおふとんを連想して、ひなこの前で膨らんだ。



0903

 起床。5時10分くらい。起きてから少しぼーっとスマホを見るなどしていたら、今5時25分くらい。夜が明けつつある。
 昨日は仕事がものすごくばたばたしていて、へこむこともあって、最終的にはまあまあへこんで、多分そういったことごとを夜にこうして打鍵していたらそのへこんだことについて延々と綴っている可能性があるんですけれども、朝のいいところはある程度リセットされていることです。
 そして今日は9月3日で、なにかというと「楽園の烏」の発売日だ。阿部智里の八咫烏シリーズの最新刊の発売日で、これがものすごく楽しみ。八咫烏シリーズを読んだのは去年なのだけれど、ファンタジー長編小説らしい凝った設定だとか個性的なキャラクターだとか簡単にはいかないストーリーだとか陰謀だとか成長だとか変容だとか、諸々詰め込まれていてとどのつまり面白い。去年は短編小説集が発売されて、今年新刊が出るとは噂されていたのだけれど、思いの外早く来たという印象がある。とはいえ9月なのでこんなものかもしれない。八咫烏シリーズは短編集を除くと6巻まで出ていて、6巻で大きな区切りを迎え、今回の新刊は恐らく第二幕、ということになるのだと思う。表紙を見るとなんとなく現代日本が舞台になるような雰囲気もあり、雪哉があれ以来どうなってしまったのかが気になって仕方がない。出るのだろうか。日の目を浴びるのだろうか。なかなかに悲しい運命を辿ることになってしまった者たちは、一体どうなってしまったのだろうか。ということごとを考えるととてもわくわくしてきて仕事なんてしてられなーーい!!という気分なのだけれど今日は残念ながら仕事で、本を買いに行ってもあまり読む時間がないことを考えると少ししょんぼりする。というかそもそも本屋に行く元気があるのだろうか、果たして。私の机には今こないだブックオフや本屋で購入した積み本(読みかけ含む)が13冊重なっており、なんで浮気をするの!?という声が聞こえてくるようだ、と書いたけれど今回買った本の中でなんで浮気をするの!?といったようなややヒステリックな台詞を吐くような本は無い、この懐の深さというか慎み深さというか、無言でただそこにあり、ただ開かれるのを待つのですという大和撫子のような沈黙が本の良さだとなんだか感じ入るのだった。物はみんな沈黙ですが。うるさくないので傍にあっても落ち着く。見習いたい、その存在だけでも落ち着くオーラ。
 と、書いたところでポメラの電源が切れて慌てて充電する。ものすごくちょうどよいところで切れたところに、まるでなんとか最後まで走ってあと数秒というぎりぎりのところで襷を繋げた箱根駅伝の選手のようなガッツを感じた。しかし充電が切れるのは困る。何が困るというと机に向かいながら打鍵ができないという点が困る。コーヒーでも入れてドローイングをさくっとやって頭をしゃきっとさせている間にある程度充電はなされると期待されるので、しばしのあいだ打鍵待機、充電休憩。5時50分。

 と、朝ご飯食べたりなんだりしてぼーっとしてたらいつのまにか6時50分になっていて1時間経ってる現実におののく。ここまで1300字だそうなので、なんとか1700字を1時間弱で捻出することに挑戦せねばならない。それができたら今夜カッフェで「楽園の烏」を読む権利が与えられるということにすれば頑張れるような気がする。「楽園の烏」を読みたい。ブクログで本日発売に並んでいるさまと表紙を改めて見たらやっぱりとっても読みたい。明日が休みだったらいいけど明日も仕事である。今日が始まっていないうちから明日の話をしている。まずは今日を、今ここをきちんと生きなさいと自分に言い聞かせた、ので小説を書く。

 墨夏(仮称)の続き。

 少年はひなこよりも頭二つ分ほどは大きく、ひなこの頭が少年のお腹のあたりにたどりつき、パズルのピースがはまるようにちょうどよく収まっている。そうした、互いの成長過程で偶然重なったちょうどよさがひなこを心地よくさせた。
 名を昴といった。
 ひなこと昴は葦の途切れた川岸に座り、お喋りに興じた。気温がぐんぐん上がってくる気配があったが、絶えず流れる川の傍にいると、いくばくか体感温度は低く、ときおり跳ねてくる水や水流の音楽が更に涼やかにさせた。この場所は納涼の地で、秘密の地だった。
 ひなこは、おばあちゃんちに置いてある図鑑を開いて、昴というのが星にまつわる言葉であることを話した。
 おばあちゃんちには、幼いひなこにはとても読めない難しい本から、昔お父さんやお母さんが子供だった頃に読んでいたような気配のある、古びた子供向けの絵本まで、様々な書物が揃っている。本の並ぶ部屋には独特の香りが漂っていた。紙が長年の空気に触れて発酵していった、不思議な香りだ。星の観察についておばあちゃんに相談したら、本の部屋に案内されて、ひなこは初めてその香りを嗅いで、触れて、没入した。第一印象は苦手だったけれど、しばらくいるうちに慣れて、いつのまにか本の空気と自分が一体化しているかのような雰囲気を味わった。おばあちゃんは星の図鑑を取り出した。図鑑は、古いけれどもどこか真新しさも兼ね備えており、きっとあまり人の手に触れることなく本棚に収まっていたのだろう気配があった。おばあちゃんの指は確実にその図鑑を覚えていて、滞りなく背表紙を見つけ出し引き抜いた。写真が大きく載っていて、字も大きくて、丁寧にひとつひとつふりがなが愛情深くふってあって、絵本しか経験したことのないひなこにもなんとか読めそうだった。
 ひなこは一冊の重たい図鑑を抱えて、夜の虫が鳴き始める頃、畳に座り込んでページを捲った。
 太陽の話、お隣の火星の話、月の話、つまり太陽系の話。巨大な朱い灼熱の太陽の周りを惑星がくるくると円を描いており、青い地球はその中のひとつとしてぽつんと存在していた。
 けれど宇宙は太陽系だけのものではなくて、その更に外側にまでずっと延々と続いており、地上から見える星たちについてひなこは見つめた。星座、そして銀河。彗星。あらゆる名をつけられた宇宙が存在していた。昴はその中で慎ましくひっそりと載っていた。おうし座にあるプレアデス星団とよばれる星の群れを示していた。おうし座は理解できたけれど、プレアデスセイダンはちんぷんかんぷんだった。プレアデスセイダンはわからなかったけれど、すばるという響きは既にひなこの中にすんなりと収まっており、ひなこはその時少年昴を思った。星の名を持つ少年が、遙かな宇宙に浮かび、静かに溶けていった。
 そうしてひなこは少年を前に、図鑑で見つけた昴の話をした。少年昴はにこにこと相槌を打つ。
「昴は、冬の星なんだ。肉眼でも見える」
「にくがん?」
「夜空をそのまま見上げたら、見つけられるっていうこと」
「今度の金星みたいに?」
「うん、そう」
 金星は、いつでも煌々と輝いていて、晴れていれば普段でもよく見えることを少年は知ってか知らずか、口を挟まなかった。
 もうじき、金星が地球に接近する。数百年に一度、というほどの大接近、その天体ショーは俄に地上を賑わせていた。偶発的のようで、しかし緻密な計算のうえに導き出された結果である。ひなこはそれを夏の自由研究にしようと考えていた。
「じゃあ、今は昴は見えないんだね」
 ひなこは残念そうに言う。
「そうだね。でも、半年後には見えるから、そのときまで覚えていたら空を見上げてみてよ」
「うん」
 ひなこは大きく頷き、冬の空について思いを馳せた。

 ようやく筆が乗ってきた、この小説。今日はここまで。


0904

 起床。5時10分。洗濯物がたまっていたのでまず洗濯機を回して、先に朝ご飯を食べてみた。朝ご飯を食べる前が一番集中力があるとどこかの本で読んだ記憶があるのだけれど、とりあえずものをお腹に入れたくてそうしてみた。そうしてたらたらしている間に今5時50分で、たらたらしているとほんとうに時間が過ぎるのが早い。同じだけの時間が流れているはずなのに、凝縮されているような気分。コーヒーを呑みながら。
 昨日、3000字書けたらカフェで「楽園の烏」と意気込んで、実際3000字書けたわけだけれども、仕事がなかなか終わらずカフェでゆったり贅沢な時間を過ごす余裕はなかった。体力的にも時間的にも。仕事、というか学会報告を控えていてその準備に久しぶりに追われていてうんうん唸りながらやっていた。学会というと大学ラボ時代を思い出すのだけれど、そのあたりについてはしんどい思い出ばかりで辛くもなりますが、でもこうして準備をしているとあの時やっていたことは何かしらの力になっているのかな、とか思う、思いたい。で、「楽園の烏」をそもそも買いに行くか、買いに行ったとしてもどうせ昨日のうちに読むこともできなさそうなのに、という状態でどうしようか迷って結局買いに行って、私の手元にはその本がある。画像で見るよりも表紙がきれいでソフトカバーで、表と裏で雰囲気が異なり、まじまじと眺めてしまう。今日早く終われるかどうかはわからないけれど、終わったらこの本が待っていると思うと頑張れる。明日は休日をとったので二連休である。当初はちょっとどこか近場にでも泊まりにいくか~とか考えていたけれど、今超絶に人に会いたくないという思いがあり、お金も節約したいし、じっと本を読んでばかりいよう、というざっくばらんな計画。じっと本を読んでばかりいる、素敵な響きだ。幸いにして未読本は積んであるので困らない。
 当たり前にもほどがあるけれど、帰宅が遅いと自然と家で過ごす時間が短くなり、寝る時間が遅くなり、しかも昨晩は久しぶりに猛烈なかゆみに襲われ、なかなか寝付けなかった。おかげで前日の疲労がとれていなくて今日はどこかで猛烈に眠くなりそうな予感が既にしている。やはり早く帰るというのは大事だとしみじみ実感する。と、打っている時に自動洗濯が終わった。

 墨夏を書く。

 冬の空は曇りがちだ。雲が町に覆い被さり、はっきりとしない天気が続く。曇天から雪が落ち、とりわけこの山の中にある村は雪に埋もれていく。延々と大粒の雪が視界を埋め尽くし、積雪に薄く重なっていき、大層な雪の壁となる。除雪車が毎日通り、人力の雪かきは冬の大仕事だ。足である車が動けなくなり、屋根に積もった雪を落とさなければ家が潰されてしまう。
 雪は大気の汚れをその身で包んで、下へ下へと落としていく。
 そのおかげで冬の空気は澄んでおり、時折晴れ渡る夜空は冴え渡って輝く。決して激しい主張ではなく、厳かにたたずまい、しんと光る星たちである。僅かに明滅するひとつひとつの星は、無音ながら、密やかに会話をしているようだった。ひそひそと秘密の言葉を囁いている様子を、地上ではとうてい聞くこともできずただ眺めている。一面を覆う雪はみずから発光しているように、暗闇に青白く広がっている。その雪がまた音を吸い込み、静かに冷気を発する。
 その空には、有名なオリオン座を成す七つの星が堂々と輝き、冬の大三角形が描かれている。そして、六つの星が群れを成して浮かんでいる。昴と呼ばれる、プレアデス星団のかけらである。
 ひなこは想像した。冷え切った澄み渡る空に浮かぶ六連星を、そしてそのままの瞳では見ることができないであろう、青白い霧のような星雲ガスを。寄る辺のない宇宙に浮かぶ、青く美しい星たちについて。図鑑の写真を思い出し、想像した。
 たったひとり、いや、隣に昴がいる。二人ともコートを着て、外に長くいても寒くならないようにしっかりと着込んで温かくして、お母さんが用意してくれた湯気の立ちのぼる甘いココアを水筒に入れたりして、口からは白い息を吐き、じっと夜空を眺めている。昴は、あれが昴だよ、と指で方角を教えてくれる。優しい声音で、懐の深い声色で、冬の張り詰めた厳かさを邪魔しないように、そっと教えてくれる。
 素晴らしく素敵な光景のように思われた。
 半年後を覚えていよう、とひなこは決意する。ひなこの星の研究は夏で途切れず、金星の大接近で終わらず、冬まで続いていく。冬の昴をにくがんで観察するまで。
「夏の大三角形は、調べた?」
 夏の昴が尋ねる。今ひなこの隣にいる昴は、冬でなく夏に存在する。でもほんとうは、夏だって遠い昴も存在している。目に見えないだけで。
 ひなこは頷き、リュックにしまっていたノートを取り出した。ムーミン一家が表紙を飾る自由帳には、自由研究ノート、とマジックで書かれている。お父さんに、一つのノートにまとめるといい、とアドバイスされて作ったけれど、まだ白紙ばかりだ。最初のページに金星のことが書いてあって、次のページには昴、そして夏の大三角形と続いていた。

 メモ
 オリオン座とさそり座
 星に名付けられた言葉は魔法の呪文のよう 魅惑的な響き

 こうして書いていると、「墨夏」というタイトルではなく、「昴」でも「ひなこの研究」でもいいような気もしてくる。さすがに「ひなこの研究」はそのまますぎて微妙か。
 2100字で力尽きる。3000字は書きたいわけで、900字くらいなら帰ってからでもできる予感があるので帰ってからも少し書く。

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小萩うみ / 海
たいへん喜びます!本を読んで文にします。