きかんしゃトーマスを楽しむ

 私はきかんしゃトーマスに育てられた。毎日トーマスのビデオを観ていたらしい。お弁当箱も、カバンも、茶碗も、みんなトーマスが描いてあった。もちろんおもちゃはプラレールをはじめトーマスのおもちゃが一番好きだったそうだ。幼稚園くらいの話だ。

 実は、私は未だにトーマスを観る。と言うと変なやつだと思われるかもしれない。しかし、トーマスは侮れない。私はトーマスを、サンダーバード、ゴジラ、あるいはウルトラマンにも匹敵する偉大な特撮番組であると思っている。

 私が観るのは主に第5シーズンあたりまで、たまに10シーズン辺りも観る。現在放映されている、CGアニメーションのトーマスではなく、鉄道模型を使った人形劇という形をとっていた頃のトーマスだ。この頃のトーマスは大人の視点で見ても面白い。むしろ、大人が見たほうが面白いのではないかと思う。

 トーマスの面白さは大きく分けて、映像表現の面白さと、ストーリーに秘められた面白さに分けられる。

 きかんしゃトーマスといえば、子ども向けの人形劇というイメージがある。しかし、そこに込められた技術は決して子供騙しではない。なにしろ、第一シーズンから第七シーズンの監督は、あの傑作特撮人形劇、「サンダーバード」の特殊効果スタッフとして活躍した、デヴィッド・ミットンである。そのノウハウを惜しみなく注ぎ込んだ映像づくりがされている。機関車達は大型の鉄道模型を用い、本物そっくりの重量感のある走りを見せる。彼らが走るのは、アーチ状の屋根を持つ大きな駅。背の高い草の生える湿地帯。石造りの大きな橋に、小川と山。潮風の匂いが漂ってくるような港。まことに英国らしい風景が奥行きたっぷりに再現されている。カメラワークも工夫が凝らされ、いかにも特撮スタジオで撮られたような狭苦しさを全く感じさせない。一時停止をして画面を眺めてみると、まるで風景画のようなのである。しかも、英国人の美意識を反映してか、絶景というよりは、なかなか侘び寂びのある風景なのである。

 トーマスといえば欠かせないのが事故シーンである。これもまた、迫力がある。ゴジラシリーズなんかを観るとわかるが、特撮の華は破壊である。トーマスは、その破壊のシーンのクオリティがこの上なく高い。貨車や建物に機関車がものすごいスピードで突っ込む。貨車はひしゃげ、機関車は脱線する。同時に、どこか穴が空いたのか蒸気が吹き出す。こんなリアルな事故シーン、朝から、しかも子ども向け番組で流して良いのだろうか?恐ろしいことに、トーマスの劇中で起こる事故はほとんど、モデルになった事故が実在する。劇中で、些細なミスや機関車達の慢心が大事故に繋がってゆく様が描かれる。まるでドキュメンタリー番組である。こんなもの本当に子どもに見せていいのか。

 また、ストーリーもまたなかなか面白いのである。まず、登場人物(というか登場機関車と言うべきか?)は、基本的に性格が悪い。大体他の機関車を見下しているし、地味で面倒な仕事はやりたがらない。そのくせ、褒めてもらえないと機嫌を悪くする。大事なところで手を抜いたり悪戯をして、列車を遅らせたり事故を起こしたりする。これだけ聞くと、ただ腹の立つイヤな奴らのように思えるが、彼らは皆、英国流の皮肉を飛ばすのである。彼等の皮肉の応酬には子供向け番組らしからぬ黒い笑いがある。しかも声優が大物だから、非常に見応えがある。また、きかんしゃ達の性格や、エピソードには実際の鉄道事情が反映されていて、マニアを唸らせる。例えば、劇中に登場するディーゼル機関車は大抵性格が悪い。蒸気機関車も大概なのだが、それに輪をかけて性格が悪い。これには理由がある。日本では、ディーゼル機関車といえば蒸気機関車より高性能と言うイメージがある。日本においては、戦前はそれほど工業技術が高くなく、蒸気機関車の性能はあまり良くなかった。一方でディーゼル機関車は高度経済成長期、日本が技術力を上げる中で登場した。よって、当然蒸気機関車よりディーゼル機関車の方が優れていた。しかし、トーマスの舞台となる英国では事情が異なる。英国は、蒸気機関車の製造技術では世界のトップだった。彼等の作る蒸気機関車は200km/hに迫るよう速度で、大量の客車を牽引することができた。一方、英国の初期のディーゼル機関車は評判が良くなかった。技術的に未熟なのに、やたらと複雑な機構を備えているのでよく壊れる。牽引力や速度も蒸気機関車と大差ない。英国では、蒸気機関車の方がディーゼル機関車より高性能な時期があったのである。トーマスの劇中でディーゼル機関車の性格が悪く、役にも立たない場合が多いのはこの事の隠喩である。これはほんの一例で、英国の鉄道事情が各キャラの性格に上手く落とし込まれているのである。

 このほかにも、英国の労働者と資本家の構造を思わせるようなシーンや、クリケットやブラスバンドといった、英国らしい文化が登場するなど、なかなか楽しい番組なのである。

 最後に、私の好きな小さなきかんしゃを紹介しておこう。トーマスには、トーマスが登場しない回がある。ソドー島にはトーマス達が走る路線の他に、スカーロイ鉄道と言う小さな鉄道がある。線路の幅も小さく、走っている機関車は、どれも小さな機関車であるトーマスよりも小さい。トーマスのエピソードのいくつかは、このスカーロイ鉄道が舞台となった、いわゆる外伝的なエピソードがある。スカーロイ鉄道は観光鉄道の側面があり、景色がとても良い。また、この小さな機関車達は非常に魅力的だ。勇敢なレニアス。温厚で頑張り屋のスカーロイ。真面目で頼りになるディーゼル機関車ラスティー。時に厳しくも経験豊かで優しいデューク。お調子者で口は悪いが、どこか憎めないダンカン。私は彼等の織りなす物語が好きなのである。

 きかんしゃトーマスはいろいろな楽しみ方がある。機関車達の皮肉の応酬ににやりとするも良し。英国の鉄道事情に想いを馳せるも良し。風光明媚なソドー島の景色を楽しむも良し。ダイナミックな映像に息を呑むも良し。大人だからこそ楽しめるトーマスの世界がそこに有る。

 

 

 

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