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すしざんまいは、ソマリアの海賊を消滅させたのか

先週、「すしざんまいの木村社長が、ソマリアに出かけて海賊に漁師の仕事を与え、冷凍設備などを整備し、まぐろを買い取ることで、年間300件あった海賊事件を解決した」という記事が、プレジデント・オンラインに掲載され、Yahooなど多くのメディアに転載されました。SNSでも大きくバズリ、テレビでも放映されたようです。

「マグロ漁の方法は教える!漁船も私がすべて調達して、まず4隻を持ってきて与える!もちろん、ソマリア国内にマグロの冷凍倉庫や流通設備は私が整えるし、そのマグロはすべて買い取る!そうすれば本来の漁師に戻れるだろ!」そうして、年間に300件以上も発生していた海賊襲撃被害は2014年以降からパタッと消滅した。

その噂は、ハーバード・ビジネス・レビューが紹介してから、CNNやBBCも放映して、世界ではかなりの話題なのに日本では知られていないのはなぜか

結論からいうと、この記事の内容はほぼ嘘でした。プレジデント・オンラインは記事を削除しています。

今回のプレジデント・オンライン記事は書籍からの抜き書きで、その書籍は内容から推測するに2016年1月のこちらのウェブ記事をほぼコピペしたものです。これまでさまざまなメディアで既成事実のように取り上げられてきたのも、ほぼこの記事を下敷きにしています。

この初出の記事は「ハーバー」・ビジネス・オンラインという日本のサイトに掲載されたのですが、プレジデント・オンラインの記事はそれを「ハーバード」・ビジネス・レビューとあえて誤読させたものと思われます。

2016年当時もとても話題になり、同時に、内容が正しくないのではないかという疑問が多く挙がり、界隈では「フェイクである」という結論となっていました。

日本の民間企業の社長が、遠いアフリカのどう解決したらわからない海賊問題をスパッと解決した。。。とても夢があり、勇気を与える話です。

プレジデント・オンラインの記事が正しくなかったとお詫びがでたあとも、「知りたくなかった」「事実確認などしないでほしい。事実でなくてもいいのだから」「これだけ話題になっているのだから、ひとつくらいは本当のこともあったはず」「ソマリアで海賊に漁を教えてなくても、隣のジブチに船を送ったのは事実なのだから(※後述)、嘘とも言い切れないのでは」という声も挙がっており、多くの人に希望を与える嘘だったのだなあと思います。

なので、そうであってほしいという人々の願望が強くある限り、必ずまたどこかでこの話題が蘇り、事実であるかのように報じられる日がくるはずです。その時に参照してもらえるように、こうやってここに書いておくことにしました。

弊社の仕事は、アフリカの市場や企業を調査して、何が事実なのかを明らかにした上で戦略を組み立て実行を支援することなので、私は職業柄、いい話であろうと悪い話であろうと、ほんとうに起こったことは何なのかはっきりさせたいタイプです。それがこうやって書く一番の理由です。

とくにアフリカについては、いい話も悪い話も、専門家と言われる人の口からも含めてまちがった言説が流布されることも多く、それを信じて事業を開始し、うまくいかなくなる企業というのが跡を絶ちません。

すしざんまいさん(株式会社喜代村)にはなんの恨みもないどころか、こうやってすしざんまい、すしざんまいと書いていると、ふだん忘れるように努めている日本のお鮨が頭に浮かび、食べたくなってしまいます。

ただ、やはり正しくない理解からは、ビジネスも、関係も、生まれません。私がソマリアの海賊の人ならば、「俺らを利用して、何もやっていないのに嘘の美談流してんじゃないよ」と、利用されたように思うでしょう。

ソマリアでは実際に海賊問題を解決しようと動いている人も、若者に仕事をつくろうとしたり、漁業という産業を作るために汗を流している人もいるので、フェイクな情報をそのままにしておくのは、その人達に対しても失礼かなと思います。


(1)すしざんまいは、年間300件あったソマリアの海賊事件を解決したのか

2016年当時から、ソマリアや海賊問題に詳しい人からは疑問が挙がっていました。なにより、社長がソマリアに行ったとする2013年より前に、海賊はすでに減少していたからです。

減少した理由は、国際的な協力やソマリア自身の取り組みにより、パトロールを強化したためです。そもそも「海賊」とはなにかグループになっているわけではなくコンタクトをとること自体も難しい上、漁師の仕事を与えて海賊を止めさせるなど、何年もソマリアに住み着いて行うような大事業です。

常識的に考えてありえないのですが、その議論をせずとも、この件については朝日新聞がすしざんまいに取材し、すしざんまい自身も、社長が海賊を消滅させたというわけではない、と認めています

(2)社長はソマリアに出かけて海賊に漁師の仕事を与え、冷凍設備などを整備したのか

前述の朝日新聞の記事なかで、すしざんまいは、海賊は消滅させていないけど、ソマリアには行って、海賊らしき人に技術を教えた、と答えています。

同社広報によると、2010年ごろからソマリア沖周辺でのマグロ漁の可能性を探っていたといいます。(中略)木村社長は自らソマリアの隣国ジブチに入国。「ソマリアでは海賊らしき人と話して、マグロ漁の技術的な指導や加工技術を伝えました」

また、すしざんまいはホームページで、「ソマリア海賊の話ってホント⁉」として、公式に説明を行っています。

この文章をよく読むと、「彼らと対話」「現地」「政府と漁業分野の合意書」「現地の漁協を通じて漁民に漁業指導をし、日本から中古漁船を持ち込み」とあえて国名を明確にせずに語っていることはすべて、ソマリアの隣国のジブチでのできごとのようです。ソマリアに行った、ソマリアで対話した、ソマリアに船を送ったとは一言も書いてありません。

この文章からは、社長があちこちで言っている「海賊を消滅させた」「ソマリアで海賊と対話した」という話と、事実を整合させるために、すしざんまいの社員の方がとても苦労して文章を組み立てた様子がにじんでいます。

同じページには、社長がボートに乗っている写真や港で撮った写真が掲載されていますが、これらもすべてジブチでの写真に見えます。ソマリアは、モガディシュも、漁港といわれるプントランドも、これほど整っておらず、制服もソマリアやプントランドのものと違うように見えるためです。

しかし、こうやって写真があるにもかかわらず、もっともインパクトを与えるはずの「海賊らしき人」に「マグロ漁の技術的な指導や加工技術を教えているところ」の写真はないようですね。

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ところで、「ジブチからソマリアに入った」とさらっと答えられていますが、ジブチとソマリアの間の陸路は、民間の外国人が旅行をできるような治安状態にありません。この一文を読んだだけで、アフリカのことに詳しい人ならば誰でも、「これは嘘だ」とわかります。

飛行機でソマリアに入るとしても、ソマリランドを除いて、国際機関など現地で活動している団体の受け入れ先もなしに、防弾チョッキなどもなしに、単独で行けるような安全な場所ではありません。

また、万が一ほんとうにジブチからソマリアに入って、現地で海賊らしき人と話をしたならば、入国も旅も一筋縄ではいかないですから、こちらは実際にソマリアにでかけて「謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア」を書いたノンフィクション作家高野秀行氏(上でツイートを取り上げた人)並みの、本が数冊書ける一大冒険旅行だったと思います。

なのに、社長はソマリアでの旅路についてはこれまで何も語っていません。ソマリアの写真の一枚もありません

2013年に当時の安倍首相がジブチを訪問した際に、社長はジブチで安倍首相に会っています。2011年にソマリアのことを聞いてから、おそらく日本にあるジブチの大使館を訪れるなどされソマリアの情報を集め(ソマリア大使館はないため)、記事が出た2016年の3年前にあたる2013年にジブチを訪問された。

そこで、ソマリアの海賊の話をジブチの人たちから聞いて(もしくはソマリア出身の人がジブチにいたのかもしれません)、漁を教えればよいのではないか、自社にできることがあるのではと、ソマリアの海賊に思いを馳せた。

とはいえ、ソマリアに行くことはできないので、同じソマリア沖に面するジブチに中古船を送った。そして、ジブチ政府から勲章を受けた。

実際に起こったことは、こういうことかなと思います。朝日新聞の取材で、すしざんまいの人は対応に困って、つい公式ページにも書いていない、ソマリアに行ったようなことを言ってしまったんだろうと思います。

社長がジブチに行かれたのも、おそらくこの1回のみでしょう。ソマリアの海賊どころか、ジブチの漁師さん(海賊でない)に漁を教えるほどの時間もなかったはずです。

(3)すしざんまいはソマリアの海賊からまぐろを買い取っているのか

弊社は、コンサルティング業務のかたわら、日本企業がアフリカでどのようなビジネスを行っているのかを一覧にまとめて、「アフリカビジネスに関わる日本企業リスト」として無料で配布しています。

3年に1度更新しており、作成作業を行う中で、すしざんまいさんに直接連絡をとって、ソマリアで何をされているのか尋ねたことがありました。2016年の記事がでた後です。

その時のお話では、ソマリアにはまぐろを陸揚げできるような漁港がなく、また冷凍設備や加工場などもないため、ソマリア産のまぐろは輸入していない。セーシェル船籍の船を仕立て、ソマリアの沖合でまぐろをとり、それを日本の店舗で出している、とのことでした。

つまり、船で沖合にいきまぐろをとって、ソマリアには上陸せずそのまま日本に運んでいるので、海賊やソマリアの漁師からまぐろを買い取っているわけではありません

また、冷凍設備を設置したり、船を仕立てたりといった活動を含め、ソマリアでは事業は行っていないと話されていました。

いまも、すしざんまいのメニューには、ソマリアまぐろというものがあります。お話した際に、魚は陸揚げした港かその船の船籍が産地になるルールので、産地をいうなら実はセーシェル産のまぐろであるともおっしゃっていました。

よって前述の「日本企業リスト」でも、株式会社喜代村を「セーシェルでのビジネスに関わっている企業」として分類しています。いま店舗ででているまぐろも、このセーシェルまぐろではないかなと思います。

(4)なぜみんな信じてしまったのか

以上から推察するに、実際にあったことは、次のようになリます。

・社長はソマリアに行ったことはない。訪れたのは、隣国のジブチのみ
・ジブチでソマリア海賊に思いを馳せ、解決の一端になればと、ジブチに船を送ったものの、ソマリアはもちろんジブチでも、仕事を与えたり、漁を教えたりはしていない
・海賊の減少に、すしざんまいはまったく関与していない
・すしざんまいがソマリアまぐろとして日本の店舗で出しているのは、ソマリア沖でとったセーシェルまぐろ

きっと、社長はジブチにいって海賊の話を聞いて、とても感銘を受けられ、なんとかできないかと思われたのだろうなと思います。自社のビジネスを使って課題が解決できるかもしれないと思いつき、とてもわくわくされたのでしょう。

漁を教えて日本に輸入すれば、いま海賊として世間で非難されている人たちがまっとうに働けるようになる。すしざんまいがやってきた事業の意義を改めて確認できるような、すばらしい機会だと思われたことでしょう。

ただ、実際に行動はしていない。

ジブチはソマリアの隣国ですが、日本の自衛隊を始め各国に基地を提供し、エチオピアなど内陸国への貿易拠点となっており、ソマリアと比べれば、治安や経済状況はずっと良好です。

ソマリアと違ってジブチに船を送るのはそれほど大変なことではなく、ジブチだって漁業の振興を行うために諸外国から協力を募っている国ですから、ホームページに書かれていたジブチにスリランカ船籍の中古船を持ち込まれたことも、社長が話されているジブチから勲章を受けたという話も、確認していませんが、十分ありえる話だと思います。

また、ほんらい、それだけでも素晴らしいことです。

ただ、ジブチに船を送ったという事実と、ソマリアで海賊に技術を教えた、漁師にした、船を送った、さらには海賊問題を解決したという嘘は、国も違い、海賊にも関係せず、同列に扱えることではありません。

ジブチもソマリアもよくわからないし、どっちでもいいじゃないか、と思う人もいそうな気がしますが、日本も中国も同じような国だと言われたら、多くの人は違うと言いたくなるだろう、その気持ちを思い出してもらえればと思います。どこの国の人も、自国へのアイデンティティというのがあるのです。

今回もこれまでも、多くの人が信じてしまったのは、ひとつには「アフリカや海賊のことをよく知らない」というのがあるでしょう。なので、ありえる話とありえない話の区別がつきづらかったのだと思います。

逆に、「アフリカのような未開の土地ならば、このような荒唐無稽なこともありえる」「日本とアフリカの差を考えれば、日本企業がこれくらいのことを達成するのもありえる」という思い込みがあったといえるかもしれません。日本と置きかえて考えてみれば、外国の民間人が急に訪れて別の仕事のやり方を教えたとして、その集団が一気に職替えして働きだすことなど、ありえませんから。

またなにより、ストーリーとして魅力的すぎた。なので信じたい気持ちが働いたのだと思います。

すしざんまいがこれまで事実誤認とわかっていながらも、あえて否定しないままできたのも、やはり世間が大絶賛したからでしょう(単純に社長に逆らえなかったのかもしれませんが)。

メディアも、これは面白いぞと事実確認をしないまま、既存の報道を孫引きしてきた。いい話なんだから多少?違ってもいいという甘えもあったのだろうと想像します。

アフリカは、今回の海賊や漁業振興のような、日本だと解決されたような課題がまだ多く残っており、いいかればビジネスのチャンスがたくさんあります。

また、実際に諸外国の資金により、漁場に恵まれたソマリアを世界有数の漁港とするべく、冷蔵設備や加工設備を設置したり、若者をトレーニングするプロジェクトは何年も行われています。

すしざんまいの社長がすべて解決したというのに比べると地味で気が長い話ですが、残念ながら、実際に問題を解決するのは、地味で気が長い活動です。そして、もしほんとうに、どこかの日本企業がソマリアで陸揚げされたまぐろを輸入し現地に雇用を作り出すことを目指すならば、その実現は夢ではありません。

アフリカに関わっている人たちは、冷静に腰を据えながらも、社長が感じたようなわくわくする気持ちを常に感じています。私にとっては、そういうわくわく感を、すしざんまい並みに伝えていけるような情報発信を(かつ正確に)、行っていきたいと思わせるできごとでした

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この記事のサムネイルに使った上の写真は、弊社が以前、ソマリアで日本企業(東レ株式会社)の農業資材の販売の可能性を探るべく、テストを行った際のものです。リアルソマリアの写真です。

ソマリアは、治安が決してよい場所ではないのですが、漁業資源に恵まれ、農業の可能性もある国です。さまざまなできごとがありながらも少しずつ政府による統制も治安も改善してきています。

この記事を読んで、自社もソマリアで事業をやってみたい、と思う方がいるかどうかはわかりませんが(逆効果だったかも)、ソマリアに限らず、アフリカでの事業展開を検討されている企業の方は、以下からお問い合わせいただければと思います。事実をしっかり押さえつつ、全力で支援させていただきます。


追記(2023年9月24日)

予想通りというか、2年の月日を経て、すしざんまいがまたバズる日がやってきました。

社長がAbemaに出演し語ったとのことで、Yahooの記事にもなっています。

「海賊撲滅ってほどのことじゃないけれど」「よし行ってみようと現地に行き、海賊らしき人と話をしたら」「みんな涙を流して大感動」

https://times.abema.tv/articles/-/10096640?page=1

本人の口から語られたということで、「フェイクだと思っていたけど(本人が言うなら)事実だったんだ」という反応もあるようですが、この話は当初からすべて、社長が語ったことしかソースはありません。社長が行ったことを証明する第三者は、はじめから誰もいないというのが特徴です。

「こんなすごい話、なぜもっと知られていないのか」「ノーベル平和賞ものでは?」というのがなぜなのかというと、少しでも調べてみれば本当の話ではないとわかるからです。

「海賊を撲滅した」「海賊と会った」とはいわず「海賊らしき人」と話したとし、あえて「現地」と国名をぼかしながら話すことで、聞き手が「ソマリア」の海賊に「漁や加工技術を教えた」と勝手に誤解するように匂わす。この後に及んでこの戦略的な発言、確信犯ですね。

ただ、当初の「ソマリアの海賊はすしざんまいが退治した!」という論調からは少しずつニュアンスを後退させているので、あと20回くらい語ったときには、事実に近づくのかもしれません。

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