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別れの日

守秘義務があるので
内容は少し事実と異なります。

仕事へ行くと午前中は
お風呂当番を担当する日が多い。

いわゆる入浴介助。
高齢者施設なのにうちの施設のお風呂は
普通の一般的家庭のお風呂程度の広さしかなく、とにかくせまい。

老健とかだと大浴場で

職員も数名で次々誘導して

次々に脱がせて、浴室へお連れして、洗っては次、という流れ作業的な方法で午前中に数十人入浴できる施設もあるけど


うちの場合は職員ひとりが入居者のお年寄り1人を付き切りで入浴させる。という方法をとっている。なのでとにかく時間もかかる。ひとり入浴していただくのに職員付き切りで1時間はかかる。午前中に入浴できる人数もかぎられるので、効率悪いのだけど

その分、入居者さんとゆっくりと関わることができる時間になっていて、それはとてもよいところだとも思っている。

入居者の85歳のAさんは
「わたし、ごはんの次にお風呂が好き。お風呂が大好き。」とたびたび言う、明るい女性だった。
お風呂大好きでもうちの施設でお風呂に入れるのは
週2回だけ。
湯船につかるのは長くても5分までと決まっていた。(長風呂は身体の負担になるため)

一緒にお風呂へ行くと
「ねぇ、みて、わたしのお腹。こんなお肉がついちゃって。妊娠8ヶ月くらいのお腹だわ。年取るとこんなになっちゃう」と笑う。

そんなとき
「わたしAさんより若いけど、Aさんと同じくらいのお腹だわ。」と服の端をちょっとめくってお腹を見せて、二人で笑った。

お風呂場でAさんとわたしは
たくさん話しをしたけど
だいたいいつも同じ話しの繰り返しだった。
お腹の肉の話。
Aさんが若いとき働いていた職場の話。若いとき楽しかった話。
最寄り駅までいつもお父さんと自転車で通っていた話。

リフトで釣り上げてから、ゆっくりお湯に入ったら
「ああ、幸せ。お風呂大好き」と嬉しそうだったAさん。
そう言っていただけると
わたしはとても嬉しかった。

夏の時期のお風呂は
とにかく暑くて介助する側は滝のような汗を流し介助する。
湯船に入っていただいている間に
タオルで汗を拭っていたら
「あなたも、ここに入ったらいいじゃない」と湯船で足を曲げてスペースを作ってくれたことがあった。
「ほら、ここ。はいれるわよ。はいっちゃいなさい。」
Aさんは大真面目だった。

嬉しいのとちょっと面白いのだけど

「ありがとうーー。わたしもAさんと一緒に入りたいけど
職員が入ってたら、わたし怒られちゃうから辞めておきますわ」とか言ってお断りしたと思う。

「あら、そう?わたしだけ入って悪いわねぇ」Aさんは少し残念そうだった。

元気なAさんだったけど
冬になった頃くらいから
腰が痛いから薬ちょうだい。と頻繁に訴えるようになった。
そのうち、だんだんと起き上がるのが難しくなり、そしてだんだん食べれなくなっていった。
春すぎた頃からは本当にほとんど食べれなくなった。
無神経な職員が
「すっかり痩せちゃったねー」とAさんの前でヘラヘラと笑いながら言ったことを
注意できなかったわたしも同罪だったとすぐに後悔したし、いまも後悔している。

少し元気だったときは
「うちに帰りたい。いつに帰れるの?」
「おとうちゃんはわたしがここにいること知ってるの?いつ迎えに来てくれるの?」
とたびたび言っていたけど
体調が悪くなってからは
「痛い、痛い。もう死にたい。」
「わたし、どうしてこんななっちゃったんだろう。」ばかりだった。

こういう状態でも
おうちには帰れないし
コロナ面会制限もあり、家族も自由にあいには来れなかった。

Aさんが看取り期間になって
やっと家族が施設内に入ることが認められた。

看取り期間でも
わたしはまだまだAさんは
大丈夫だと思っていた。
お風呂も通常通りに入っていただいていた。

シーツ交換に入った部屋の隣から
「おねえさん、おねえさん。ちょっときてー。」とAさんが呼ぶ声が聞こえた。

ちょっと待っててね、他の職員さんに言っておくからねー。
と部屋の外から伝えて去った。
そのときが
わたしとAさんは最後になった。

次、出勤したとき
Aさんはもういなかった。

夜間に息を引き取られ、
早朝、ご家族と一緒に施設を旅立ったと聞いた。

こうしたお別れは施設では、くり返し起こる事だけど、慣れることはないし、わたしは慣れてしまいたくない。

この職につくまでは、最後にどんな話をしたか、最後に笑顔で別れたか、死に目に会えるとか最期に立会うとか、そういうことをすごく大切に思っていた。

大好きな祖母が亡くなった日に、母(祖母の娘)が夕飯のカボチャを煮ていたために、病院到着が遅れて、祖母の死に目に会えなかった時は、母の事を許せないと思ったし、ずっと許せなかった。

だけどいまの職場で働きながら、いくつかのお別れの形を見てきたら、最期のときのことよりも、日々を大事に生きることが大切だと思えるようになった。

いまを大切に。1日1日を大切に。




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