5分の対話
「対話やな。1日5分の。」
僕がマネージャーになったとき、部下の評価をどうすればいいか、と聞いたときに彼が言ったことだ。
「評価は大抵の場合、結果で判断される。」
彼は机から紙を取り出して、僕に見せる。評価査定書のフォーマットだ。
「実力社会。成績が評価の8割以上占める。これが会社のシステムや。」
僕は評価書を手に取り眺める。
「だから、結果が重要や。これで給料や昇格が判断される。わかりやすいシステム。」
彼の声にどこかしら嘲笑を含んでいるように感じ、彼を一瞥する。腕を組んで、視線を下げている。
「だからシステム上の評価は簡単や。バイトでもええ。」
僕はなんと答えればいいかわからずに黙って聞いている。
「ただしシステムは時間が経つと不具合を起こす。それは、なぜこのシステムを作らなければならなかったかや。なぜやと思う。」
しばらく考え、評価に透明性が必要だから、と答える。
彼はそれもあるやろな、と息を吐くように言うと話を続ける。
「このフォーマットを部下に渡せばいい。透明も透明になる。それから今みたいに結果で決まる、って話せばいい。」
僕は、しっくりこない気持ちで心が支配される。そしてその気持ちを素直に告げる。
「これつくったんは日々、どの方向に向かって成長して欲しいかっていう指針のためや。実は2割の部分に会社側の想いが詰まっとる。
それを踏まえたうえで、キミの役目はよりよい結果をださせることや。ただでてきた結果を評価することやない。
結果をだすために何をするべきか、それが重要や。」
僕は頷く。結果の評価ではない、染み込ませるように頭で反芻する。
「ほんまは過程が大切やねん。その過程がどこに向かってるかも知らなあかん。
なにより過程について、相手にフィードバックすることが重要やねん。」
そこまで言うと彼は評価書を机に片付ける。それから水を一口飲み、一呼吸し、彼は言ったのだ。
「エエかぁ。大切なんは、対話やな。1日5分の。
相手の日々の変化を共有し続けることや。
イメージでいうと、向き合って絵を描くんやない。並んで同じキャンパスに絵を描くんや。
みえないものをみようとせな、みえんで。ココロの成長は特にや。
そうやって出した結果に評価するねん。その結果はキミと部下が出したもんや。一人のもんやない。」
余談
結果の評価ではない。
僕は傍観者ではない。僕は観客ではない。僕は部外者ではない。そう何度も言い聞かせて1日に一度、一人一人と対話をし続けた。
評価書に記入する時期が来たとき、僕はこの枠に収まらないほど訴えたいことが山ほどあった。
部下たちは、結果を出せなかったことに悔しく、次はもっといい結果を出すのでこれからも指導してくれ、と言う。
僕は自分の未熟さが悔しくて情けなくて、彼にもっと成長させてあげられる存在になりたい、と訴えた。
彼は「エエマネージャーに向かっとる。」と言い、僕の肩を叩いた。
僕は彼に叩かれた肩の温かさを未だに思い出す。
そして、隠さずに言うと、彼が去ってからは結果の評価をしている今がある。
※彼については同マガジンの「#1 語れる言葉を持っているか」をご覧ください。
※僕が彼のことを書く理由や僕の現状については同マガジン内の「不完全なことば」をご覧ください。
よろしくお願いします!