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この魔法世界において筋肉は最強Ⅱ

第二章「この炎だけが私を守る。そして私を証明する!」

第一章はこちらです。↓


【登場人物】

<カスミ>
巨大な杖を持つ少女。しかし魔法は使わない。
筋肉男に助けられて行動をともにする。

<筋肉おばけ>
縮めて筋肉男(きんにくお)。屈強な肉体を持ち、素性は謎に包まれている。
寡黙で、どんな状況でも落ち着いた声色で喋る。
世界を変えるために、王都グランマジックを目指しているらしい。

<オーデラン・リタリ>
メルト国王の1人娘にして、オーデラン王国魔術団の団長。
兵と違い、黒い隊服と赤い髪が特徴。
ランターン王国の王子、リヒターとの結婚が迫っている。

<オーデラン王国魔術団 魔術兵>
オーデラン王国直下の魔術団に属する魔術兵。
世界的に見てもオーデラン王国の魔術団はレベルが高いことで有名。そのため一般の兵士に比べ、質の高い人材が多い。
赤い隊服から赤魔術兵と呼ばれることもある。

<オーデラン・メルト国王>
オーデラン王国を治める国王。妻に先立たれ、1人で国を運営しているが、実際のところ娘のリタリが舵をとっている部分が大きい。

<ランターン・アンカーベルターチェーンザビ・クライゲル・リヒター>
ランターン王国の王子。自身の魔法がこの世で最も美しいと思っているナルシスト。

<ランターン王>
リヒターの父。

<コノバ>
盗賊団のボス。

<フータ>
盗賊団の一員。15歳の少年で、周りから可愛がられている。

【あらすじ】

ブリンデル26世の奴隷であったカスミは、筋肉男の登場によって人生が大きく変わる。そして彼女は筋肉男の旅へ同行することを決めた。

挿絵1

王都グランマジックを目指す筋肉男だったが、ブリンデルの屋敷に残された奴隷の少女たちの安全を確保するため、一度オーデラン城を目指すことにする。

そうしてたどり着いた城下町フレイヤラでは、リタリの結婚を祝うお祭りムードに包まれ盛り上がっている。
その一方で筋肉男とカスミは、草原で待ち構える王国魔術団と対峙していた。

0.旅の途中

オーデラン王国を出るために足を進めていたカスミと筋肉男。
しかし、カスミの提案から国外ではなく、王国の中心、オーデラン城を目指すこととなった。

理由は以下の通り。
ブリンデルが集めていた奴隷たちを保護すること。それのみである。
社会の歯車が奴隷の自由を許していないのだが、わずかな望みにかけて直接、城へ頼みにいくというのだ。これは筋肉男の提案であるが、カスミもそれ以外の方法を思いつかないので、2人はオーデラン城を目指すに至った。

カスミ「オーデラン城に行って、話を聞いてもらえるでしょうか?」
筋肉男「どうにか聞いてもらおう」
カスミ「どうにか、ですか」
筋肉男「うむ」
カスミ「いい人だといいですね」
筋肉男「一体だれがだ?」
カスミ「王様ですよ。あとその周りの人たちも」
筋肉男「ああ。願うばかりだ。人間を捨てていないといいが」

一方、オーデラン城内。
国王であるオーデラン・メルト国王とその娘、リタリが話している。
オーデラン王は指をくいとやると、護衛をしていた魔術兵がリタリへと歩みより、魔法を発動し、ある男性の姿が浮かび上がる。

メルト王「どうだ? そんなに悪くないだろう?」
リタリ「……はい」
メルト王「ふぃー、よかったよかった。これで心置きなくお前の結婚を祝えるよ」
リタリ「感謝いたします。お父様」
メルト王「明日の正午ごろ来られるからな。名前を間違えるんじゃないぞ。間違ったものはなんでも逆上のあまりその場で首を落とされるそうだ」
リタリ「無礼を働かぬよう気をつけます」
メルト王「さぁ、各自、手を抜かず、不備のないよう、引き続き準備にとりかかるのだ! いよいよ明日が、結婚式だ!」


1. フレイヤ草原の戦い

翌日の朝、カスミたちはオーデラン王国の城下町フレイヤラへ到着した。

カスミ「わぁ、ずいぶんにぎやかですね」
筋肉男「なにか催しでもあるようだな」
カスミ「わ! 見てください! こんなの見たことないです! あ、あれも……」
筋肉男「うむ。ここは炎のようにあたたかな町だ」

幾多の商人と通行人をかき分けて、2人は食事処へ向かう。
まだ太陽が昇っていることもあり、酒場には大勢の女性や子供、そして楽し気に飲んだくれた男たちでにぎわっていた。

そんな中、1人だけ酒場に似つかわしくないピンと張りつめた黒い隊服に身を包んで、勇敢な瞳をした女性が見える。明かりを照り返すような赤髪の彼女は、快活に笑いながら酒場の客たちと喋りながら闊歩していた。

カスミ「あの人もしかして……王国魔術団の人でしょうか?」
筋肉男「そのようだ」
カスミ「に、逃げましょう!」
筋肉男「待ちなさい」
カスミ「ぐえ」

背を向けて逃げるカスミのマントをつかんで引き止める。

筋肉男「顔を知られていたら、ここに来るのも簡単ではなかったはずだ」
カスミ「た、たしかに……。
それじゃあまだ私たちの顔はわからないということですか?」
筋肉男「おそらくそうだと思う。だから堂々としていればなにも怖いことはない」
カスミ「筋肉男さんがそう言うなら……。怖いのは苦手なので」
店主「あい、なんにするかい?」
筋肉男「おすすめを頼みたい」
店主「酒か? 飯か?」
筋肉男「もう腹ぺこだ」
店主「あいよ! すぐに満たしてやる。ちょいと待ってな」
カスミ「食べられるかな……」
筋肉男「無理に食べる必要はないよ。
しかし、しっかりと食べるのだ。人の体を作るのは、ほかでもない食事なのだから。それを忘れずにしっかり食べなさい」
カスミ「はい!」
リタリ「やぁ。ようこそフレイヤラへ」
カスミ「あっあっ、あの、えっと」
リタリ「すまない、ここへ来るのははじめてじゃなかったか?」
筋肉男「いや、はじめてだよ」
カスミ「はじめて、です……」
リタリ「私はオーデラン・リタリ。オーデラン王国魔術団の団長をしている」
筋肉男「私は筋肉おばけ。こっちはカスミだ。よろしく、おでん」
リタリ「おでんじゃない」
筋肉男「私は略称で筋肉男と呼ばれている」
リタリ「私は違う!」
カスミ「オーデランってことは、王女様なんですか?」
リタリ「一応ね。だが、今は進んで団長をしている。立場的にはほとんど魔術兵と同じさ。……それにこっちのほうが気楽でいい」
筋肉男「この国の魔術団はずいぶん優秀だと聞く。統率がとれて、精神的に強いと」
リタリ「まだまだだ。この国を守るためにはまだ及ばない。日々精進だよ」

伏し目でそうつぶやいたあと、振り返りこう言った。

リタリ「みんな! 喜ばしいことにこの町へ客が来たぞ!」
一同「おお!」
客の男「よく来た!」
客の女「ここはフレイヤラ、酒も食事も最高よ」
リタリ「そうとも。ここは炎の王国オーデランの城下町フレイヤラ、存分に楽しんでいってくれ!」
カスミ「すごい活気ですね」
筋肉男「彼女の人望だよ」
リタリ「騒がしいのは嫌だったかな? さぁ、存分に食べて飲むといい。すべて私のおごりだ」
カスミ「えっ、いいんですか?」
リタリ「客人をもてなすのは当然だろう? 気にするな」
筋肉男「ありがとう」
カスミ「ありがとうございます!」
リタリ「おおい! じゃんじゃん運んでくれ!」
筋肉男「そういえばなにか催し物でもあるのかい? 外がにぎやかだったもので」
リタリ「え? ああ。式がある」
カスミ「結婚式ですか? あれだけにぎわうなんて、誰の結婚式なんだろう」
リタリ「私だ。……照れくさいがね、私が今日結婚するんだ」
筋肉男「そうなのか。おめでとう」
リタリ「ありがとう。そんなわけで、実は今日で魔術団団長は卒業なんだ」
カスミ「そうなんですか」
リタリ「ああ。残念なことに今、対応している1件を引き継がなければいけない」
カスミ「1件、ですか」
リタリ「フレンダという町から罪人が逃げたんだ。
最後だから、私自身で解決したかったのだが……」
カスミ「えっ、そ、そうなんですか」
筋肉男「……私たちがそうだ」
リタリ「なに?」
筋肉男「私たちがフレンダからやって来た、君が追っている人物だ。
罪人というのはいささか不満があるが……。どうするかね」

彼女の視線は鋭いものへと変わり、勢いよく手を自分の肩に乗せた。これが彼女の臨戦態勢だ。

筋肉男「やめなさい。ここで戦っては大事な国民を巻き込んでしまうぞ」
リタリ「どうしろと?」
筋肉男「場所を変えよう。指定した場所へ向かうよ」
リタリ「……わかった。正直に白状した君たちに免じて信じる。
太陽が真上に射すとき、フレイヤ草原へ来い。王国魔術団のすべてを持って、捕らえてやる。覚悟しておけ」

リタリは酒場を出て行く。

カスミ「怖いのは苦手って言ったじゃないですかぁ……。どうして言っちゃったんですか?」
筋肉男「彼女はどうにも不服そうだったからね」
カスミ「結婚、ですか? たしかに町の人たちと違って、楽しそうじゃなかったです」
筋肉男「だから彼女の願いを少しでも叶えてはどうかと思ったのだ」
カスミ「捕まりに行くってことですか?」
筋肉男「もちろんそんなつもりはない。しかし、このまま逃げられては一生後悔するだろう?」
カスミ「自分の責任だと思ってしまうかもしれません……」
筋肉男「私からの祝儀だ」
店主「あいよ! おまち! たらふく食ってくれ!」

テーブルの上にこれでもかと肉料理が積み上げられていく。
肉汁なのか、タレなのか、どれもきらびやかに輝いている。

筋肉男「さ、食べようか。太陽が真上を射すには、まだ少し時間がある」

不安と緊張で呆然とするカスミをよそに、筋肉男は目の前に輝く肉を食べ始めた。

正午。太陽は真上から地表を照らしている。
城下町フレイヤラの少し外れにあるフレイヤ草原では、団長リタリを先頭に多くの赤魔術兵たちが隊列を組んだまま、静かに立っていた。

リタリ「……来たか」
筋肉男「嘘は言わない主義なのだ」
リタリ「その心意気は褒めてやる。覚悟できているだろうな」
筋肉男「カスミくん、うしろにいなさい」
カスミ「は、はい……」
リタリ「構え! ……撃て!」

赤魔術兵たちが杖から放つ光弾も、筋肉男の持つ厚い筋肉の前では無力。若干の動揺を見せる兵たちだが、リタリは微動だにしない。

リタリ「報告の通りか。私がやる!」
筋肉男「来なさい」
リタリ「ここがなぜフレイヤ草原と呼ばれているか知っているか?」
筋肉男「いや、わからない」
リタリ「かつてオーデラン国を守護した誉れ高き伝説の魔法使い、勇者フレイヤがここで召されたという伝承があるからだ。だからオーデラン王国に伝わる魔術のほとんどは彼が残したとされている。
これから貴様に見せるのは勇者フレイヤがもっとも愛用し、信頼を置いた我が王国の秘術! いくぞ!
岩を焦がす羽衣は太陽へ向かう道をも厭わない。勇者フレイヤを守護する力よ、いま出現せよ!
カスミ「え、詠唱です!」
筋肉男「うむ」
リタリ「とくとその目に焼き付けるといい! オーデラン王国に伝わる秘術、フレイヤの外套!」

そう叫ぶと、彼女は肩に乗せていた手を勢いよく振り下ろし、それに続いて炎が彼女を包むように出現する。そしてそれはマントのようにして、肩周りに定着し、風になびいていた。

リタリ「貴様の弱点はひとつ。魔法が使えないということだ。貴様にどれだけ魔法が効かずとも、これならば私が攻撃を受けることもない」
筋肉男「たしかに熱そうだ」
リタリ「これに触れれば一瞬で灰になる」
筋肉男「それでも、仕方がない」

筋肉男はリタリへ歩を進める。

リタリ「そうだろうな。貴様はそうすることしかできない」
筋肉男「そうだな。私は魔法が使えない」
リタリ「いまだ! 構え!」
筋肉男「……!」
リタリ「とても簡単なものだが、これが戦術だ」

リタリの背後で杖を構える赤魔術兵たち。その杖先は筋肉男ではなくカスミの方へ向けられていた。

魔法が使えない筋肉男にとって、この状況でできることは2つ。
カスミの盾になるか、リタリや赤魔術兵を倒すこと。しかし、今から走ってもカスミの元へは間に合わない。とうぜん、リタリへ駆けても同じことが言える。第一、赤魔術兵の元へたどり着いたとしても全員を倒すのは到底無理な話だ。
つまり筋肉男がリタリに向き合い決着をつけようとした時点で、彼女の作戦は成功し、この戦いの勝利を決定づけたと言える。

やがてカスミの後方に潜んでいた伏兵たちが、カスミを捕縛する。

リタリ「私たちの勝利だ。彼女はいただいていく」
筋肉男「私が代わりになろう」
リタリ「必要ない。貴様が危険なことに変わりはないが、捕らえよと命があるのはその少女だけだ」
筋肉男「なに?」
リタリ「結婚を前に祝いの花を有難う。城へ帰るぞ!」
赤魔術兵たち「は!」

オーデラン王国魔術団と団長リタリは作戦通り勝利を収め、城へ帰っていく。

筋肉男「しまった」


2. 風の少年と盗賊団

赤魔術兵3「やはりリタリ団長はすごい!」
赤魔術兵2「今回も作戦通りだったな」
赤魔術兵「マントの展開が作戦開始の合図とは、相手は気付くはずもない」
赤魔術兵3「しかし……今日で団長ともお別れか……」
赤魔術兵2「この魔術団はどうなってしまうのだろうか……」
赤魔術兵「おい、弱音を吐くな! 団長からなにを教わったんだ?」
赤魔術兵2「わかってはいるが……」
赤魔術兵3「なんといっても、結婚相手はあのリヒター王子だぞ? なにをされたかわかったものじゃない」
赤魔術兵「口を慎め」
赤魔術兵3「すまない」
カスミ「あの、詳しく聞かせてもらえませんか?」

牢の中からカスミは兵たちに問いかけた。

赤魔術兵「お前に聞かせることはなにもない」
赤魔術兵3「別にいいじゃないか」
カスミ「リヒター王子って人は悪い人なんですか?」
赤魔術兵3「さぁな。だがいい噂はないね」
カスミ「でもリタリさんはその人のことが好きなんですよね?」
赤魔術兵2「そうだといいがな」
赤魔術兵3「真のところは団長のみぞ知るってことだ」
リタリ「私はなにを知っているのかな?」
赤魔術兵「り、リタリ団長!」

突然現れたリタリを前に姿勢を正す兵たち。しかしリタリは茶化した様子で笑っていた。

リタリ「構わん。気を抜きたまえ。君もだ、カスミ」
カスミ「は、はい……」
リタリ「乱暴に連れて来てすまない。牢の中でできることがあれば、なんでも用意する。彼らに声をかけてくれ」
カスミ「はい……」
赤魔術兵「困惑しているようだな」
赤魔術兵2「至れり尽くせりでいいことだらけじゃないか。この牢をのぞけば、だけど」
リタリ「驚くのも無理はない。捕まったのに待遇の良くて違和感を感じるのだろう」
赤魔術兵3「そりゃ違いないですね」
リタリ「私たちはなにも悪人ではない。役目を果たしただけだ」
カスミ「なんの役目ですか?」
リタリ「国として、かな。国を保つためには、社会に馴染み、貢献し、周りの様子をうかがうのが利口だ。
そこにどれだけの悪意が潜んでいたとしてもだ。ただ足並みをそろえて行動するしかない。この広く大きな世界では、人間1人の力なんて大したことないんだ」
カスミ「……本当にそうでしょうか?」
リタリ「……」
カスミ「ある人に言われました。「自分を信じることは未来を確かなものにする」って」
リタリ「どういう意味だ?」
カスミ「幸運を呼び込むおまじないみたいなものです。大事なのは意思を見せることなんだと思います。……たぶん」
リタリ「あの男の言葉か?」
カスミ「はい」
リタリ「どういう関係か知らないが、引き離してすまない。それじゃあ私はそろそろ行くよ。色々と準備があるのでな。彼女を任せたぞ」
赤魔術兵「は!」
リタリ「……なにをしなくとも、未来はすでに確かなものだよ」
カスミ「リタリさん……」

リタリはそう言い残してその場を去った。カスミは檻の中。外の太陽はすでに傾き始めていた。

一方。筋肉男はカスミ救出のため、オーデラン城へ入る方法を模索していた。

筋肉男(少女たちの保護を頼む身……あまり大事にするのはよくないだろうしな……ふうむ)

町に戻り、情報を集めるが、ほとんどの人が結婚式への招待券を持っており、夕暮れには入城が可能だった。今すぐ入るためには、やはり正規の方法以外をとらざるを得ない。

話を聞いていくうちにとある盗賊団の名前があがった。
盗賊というが、町や旅人を襲ったりはせず、基本的には山奥に暮らしているだけらしい。町民たちからの信頼もあり、頼みごとをしたりするそうで、なんでも屋のようなものだと筋肉男は受け取った。
ただ彼らの行動すべてが法に基づくわけではないので、表向きは盗賊団とかかわりはない、というのが暗黙の掟のようだった。
町の外からやって来た自分がどれだけ話を聞いてもらえるかわからないが、筋肉男はその盗賊団の拠点を目指すことにした。

筋肉男「ここが……。もはや小さな村とでも言うべきか」
フータ「誰だ!」

木々の上部に目をやると、少年がこちらを睨みつけていた。

筋肉男(いや、彼だけではないか)

辺りを見回すと、大勢の盗賊たちが木の上から筋肉男を監視していた。ここへ来る途中、もっと早くに気づかれていたのだろう。

筋肉男「私は敵ではない。頼みごとがあって、それをお願いしに来たのだ」
盗賊の男「敵ではない証拠は」
筋肉男「ない」
盗賊の男「信用できないな」
筋肉男「城に入る方法を教えてもらえないだろうか」
盗賊の男「なに? どうしてだ」
筋肉男「友人が捕らえられてしまってね。穏便に救いたい」
盗賊の男「魔術団の団長をしているオーデラン・リタリに頼んでみろ」
筋肉男「それが、彼女に捕らえられてしまったのだよ」
盗賊の男「なにをしたんだ」
筋肉男「ふむ。奴隷だったのだよ。私が逃がした。おそらくそれだと思う」
コノバ「話を聞こう」
盗賊の男「コノバさん、いいんですか?」
コノバ「少し気になる。……俺はコノバという。ここのリーダーだ。あんたの話を聞こう。フータ、案内してやれ」
フータ「わ、わかったよ。ついてきな。本当に信じていんだろーな」
筋肉男「信じてくれとは言えないが、敵ではないよ」
フータ「ふぅん」

拠点の中央近くに生える、ひときわ大きな木の上に建てられた建物の中へと案内される。
ちょうど今しがた椅子へ座ったコノバに向かって、フータは筋肉男を前にやる。

コノバ「詳しく聞かせてもらおうか」
筋肉男「さっき言ったとおりだ」
コノバ「その友達は本当に奴隷だっただけなのか?」
筋肉男「私の記憶上ではそれだけだ」
コノバ「そしてリタリ団長が連れて行ったと?」
筋肉男「うむ」
コノバ「……」
盗賊の男「リタリさんがそんなことを……」
筋肉男「どういうことかね?」
コノバ「旅の流れ者に言う話ではないがな、我々にとっては飲み込めない状況なのだ」
筋肉男「なぜだ?」
盗賊の男「俺も元奴隷だ。フータも」
フータ「……」
コノバ「もちろん魔法を使える者もここにはおるが、高い才能を持った者はおらん。
オーデラン王国の魔術団ほどのものがどうしてこんな盗賊団を見逃すかわかるか? すべてはリタリ団長のおかげなのだ」
盗賊の男「この拠点の建設も、食料の援助もすべてリタリさんがやってくれたんだ。俺たち落ちこぼれや奴隷たちを守ってくれたんだ」
コノバ「そうだ。わかったか。これが俺の気になることだ」
筋肉男「私は嘘をつかないよ」
コノバ「だろうな。そういうタイプじゃないのは、言葉を交わしてわかった。だから余計にな……」
筋肉男「なにか事情があったのかもしれないな」
コノバ「それがなにかわかればいいのだが。
町の人たちも魔術兵たちも俺たちに温情をかけてくれている。それもリタリ団長の力なんだ。そんな人がなぜ……」
筋肉男「事情はわからないが、友人がどうなっているのか気になる。今すぐにでもオーデラン城に向かいたいのだが、頼めるかね」
コノバ「よかろう。我々からも1人同行させてもらう。おい、彼を白の中へ案内するんだ。可能ならばリタリ団長と話をしてみてくれ」
盗賊の男「わかりました」
筋肉男「助かるよ。よろしく頼む」
盗賊の男「任せてくれ」

「お、おい! 待ってくれ!」

盗賊の男「外からだ!」
筋肉男「危ない!」

盗賊の男が外へ一歩出した途端に光弾が彼を入り口ごと吹き飛ばした。

コノバ「フータ! さがれ!」
フータ「う、うん!」

床からばらばらに光弾が突き上げる。穴が増えていくごとに家のバランスが崩れていく。空いた穴から下に見えたのは、見慣れた赤い隊服の魔術兵たち。

筋肉男「赤魔術兵……」
フータ「だめだ! 崩れちゃう! コノバ?」

コノバは脇にいたフータを突き飛ばす。

コノバ「任せた」

その言葉を言ったあと、家と木がバギバギと大きな音を立てはじめ、家はほぼ90度傾く。
筋肉男はフータを抱えると、家を地面に落とす勢いで宙へ大ジャンプした。
木は折れ、家は大地へと崩れゆく。

赤魔術兵「全員連行する」
コノバ「う、ぐぐぐ……」
盗賊の男たち「コノバさん! どうしてこんなことを!」
コノバ「やめろ! 抵抗するな」
赤魔術兵「協力に感謝する」
コノバ「どうしてだ……」
赤魔術兵「答えることはできない」

長きにわたり生活した盗賊たちの拠点は壊滅し、そして信頼関係にあったオーデラン王国魔術団の手によって彼らは連行されていく。
フータを残して……。


3. 炎だけが

さかのぼること19年前。
リタリはこの世に生を受ける。しかしそれは望まれたものではなかった。

「女だと! この国はどうする」
「この国はおしまいだ!」
「どうすればいいんだ!」

オーデラン王国は世界的にも長い歴史がある数少ない国だ。
しかし、国土は狭く、優秀な魔法使いも多くはいない。やがて他国の成長に飲まれ、気付けば陽に当たらない国になっていた。
やがては国の存亡も危うくなり、王族たちは次に生まれる優秀な男を期待していた。

国王のもとへ嫁いできた女性は高い身分ではなかったが、とても優秀な魔法使いだった。それゆえに期待も高まったが、大きく裏切られることとなる。
母はリタリを生むと死んでしまい、リタリは母親の顔を知ることもなく成長する。

リタリが4歳のころ。自分が周りから愛情を受けていないことに気づく。父に冷たく接されることが当たり前じゃないことを、魔術兵の家族を見て理解した。
それを理想とし、リタリは家事に勉強、どれにも全力を出すことで、父からの愛情をねだった。しかし返ってくる言葉はいつも決まって「後にしないか」それだけだ。
父が口癖のように言っていたのは、いつだって国の存亡のことばかり。リタリは歴史書を読みあさって方法探った。これが父に認めてもらえるための答えなのだと、目を輝かせて本を読み進める。

そうして彼女が出した答え。それは国を強くするというものだった。
しかし、神は彼女を苦しめる。リタリに魔法の才能はなかった。少なくとも優秀とは言い難いものだった。
だが彼女は諦めない。努力し、足りない分を知識でカバーした。精神でカバーした。
なにより、弱者の気持ちを理解する彼女は、同じ境遇の国民に対して深い愛情を見せた。それに心が救われた者も大勢いる。
そして彼女に後押しされた者たちが団結し、今の王国魔術団を作り上げた。決して才能あるものが集う組織ではないが、個々の意識の高さが、リタリの優しさに応えようとする団員の優しさが組織を強くした。

そしてオーデラン王国は社会的地位を取り戻し始め、リタリがついに父から愛を受け取る。……はずだった。

メルト王「もっと人数を増やせ」
リタリ「増やしたとしても、訓練が必要です」
メルト王「なんとかするんだ! お前の仕事だろう! 他国が攻め入ったらどうする」


メルト王「ドミリ国が関税を引き上げた。どうにか脅しつけてくれ」
リタリ「むやみに刺激しない方が得策かと思いますが……」
メルト王「だめだ! 下に見られてはいかんのだ! もっと国を大きくしなくては」


口にするのは自分の欲と保身のことだけ。
リタリは失望こそしなかったが、言葉が出ない。またこれまでと同じく努力し続けるだけだ。そう思ってまた修練に励んだ。


現在。オーデラン城内。

メルト王「これははるばるよくお越しくださった。式をこちらで挙げていただけるとは有り難い」
ランターン王「オーデラン国は長い歴史がありますからねぇ。大事な結婚。やはりこちらで挙げることが安心でしょう」
リヒター王子「治安の悪さが少し気になるくらいです」
メルト王「盗賊ですかな?」
リヒター王子「ええ。そのことを言っているんです。先に通達があったはずだが?」
メルト王「ええ! もちろん存じております。きちんと駆除させていただきましたので、式は安全を約束いたします」
リヒター王子「なら、とりあえずは満足です」
メルト王「それで、ランターン王国魔術団の駐在の件ですが……」
ランターン王「ええ。お約束通り、我が国の15%の兵をこちらに駐在させましょう」
メルト王「不落の水壁とも呼ばれる魔法で名高いランターン王国魔術団の力があれば心強い」
ランターン王「そうでしょう」
リタリ「失礼します」
メルト王「リタリ、遅いぞ」
リタリ「申し訳ありません」
リヒター王子「実物はそれなりだな」
リタリ「リヒター王子、お初にお目にかかります。このような格好でのご挨拶、申し訳ございません」
リヒター王子「構わん」
メルト「それじゃあ式まで時間もない。行きなさい」
リタリ「はい。お先に失礼いたします」
ランターン王「我々はどこへ?」
メルト王「もちろん、最高のお部屋をご用意しております。
おい、案内するんだ」
赤魔術兵「は」


同じくして、城内、城壁のすぐそば。
フータと筋肉男の姿があった。

筋肉男「意外と簡単に入れるのだな」
フータ「……」
筋肉男「もしあの襲撃が私のせいならすまない」
フータ「みんな無事かな。死んじゃったりしてないかな……」
筋肉男「今は前を向こう。現状を打開するにはリタリくん本人からことの事情を聞くほかあるまい」
フータ「俺なんかじゃだめだよ」
筋肉男「なぜだ? 少年、君の力で私はここに入れたんだ」
フータ「知ってりゃ誰でも入れんだここは」
筋肉男「そうだ。私は知らない。君は知っていた。それにどれだけの差があるかわかるかね。
君はそう言って卑下するが、君は私の不可能を可能に変えたのだよ。どうして嘆くことがあるんだい」
フータ「……!」
筋肉男「だから今度は君の力に私がなろう」
フータ「え?」
筋肉男「これで私と君は友人だ。そうだろう?」
フータ「……俺、フータ。あんたは信用できるよ」
筋肉男「私は筋肉男と呼んでくれ。よし、行こうフータくん」
フータ「あ! 見てくれ!」

赤魔術兵たちに連れられる盗賊たち。中にはけがを負っている者もいるが全員無事の様子だ。

筋肉男「彼らについて行けば私の目的は果たせそうだ。君はどうする」
フータ「みんなは任せたよ。俺はリタリ姉ちゃんに会ってみる」
筋肉男「わかった。再度ここで合流しよう」

2人は同時に駆け出した。

一方、檻の前には変わらず3人の見張りが立っていた。
次々と横並びの牢獄に盗賊たちが収容される。兵たちは引き継ぎ事項を口頭で伝えるとその場を去っていく。

カスミ「あの!」
赤魔術兵「なんだ」
カスミ「出してもらえませんか?」
赤魔術兵2「そんなのは駄目に決まってるだろ」
赤魔術兵「本当のことを言えば、出してやりたいが仕方ない」
盗賊の男「魔術団はどうしちまったんだ! どうして俺たちを捕まえるんだ」
赤魔術兵「我々にも立場がある。だがそんなことよりも、リタリ団長の立場を重んじてほしい。ここにいる全員に俺から詫びよう。すまない。団長のためなんだ」
盗賊の男「……」
コノバ「やはり望まれた結婚ではなかったか……」
赤魔術兵「国王様はこの国をより強固にしたいという狙いがある。仕方のないことなんだ……」
カスミ「そんな結婚式なんて、あんまりです。私が止めます」
赤魔術兵3「本当か?」
カスミ「はい」
赤魔術兵「おい、なにをしてる」

カスミの檻は開かれる。

赤魔術兵3「すべての責任は俺にある。
嫌なんだ。この国がこれ以上良さを失うのはさ。めちゃくちゃになっても、この扉を開けるだけで少しは良くなる可能性があるかもだろ?」
赤魔術兵2「……」
赤魔術兵「俺は、なにも見なかった」
赤魔術兵2「お、俺も」

カスミは全員に向かって一礼し、走り出した。
明確なプランは当然ないのだが、まずはリタリと話をしたい。そう思って駆けた。
リタリは国を、国民を、兵を想っている。逆もそうだ。なにをもってそれを壊さなければいけないのか。カスミには疑問でしかない。
式の準備のためか、幸いにも城内には人が少ない。それに静かだった。

「この国も運がいい」

ある扉の中から声が聞こえて、カスミは不意に足を止めてしまう。

リヒター王子「この俺様と繋がりを持てるのだからな。メルト国王はあんな女でも育ててよかったと思っているだろう」
ランターン王「これ、口を慎みなさい」
リヒター王子「俺があの女に価値を与えてやるんだぞ? 慎む言葉などない」
ランターン王「それはそうですね。それよりはやく準備をしたらどうだ?」
リヒター王子「母様は来ないのだろう? ならば礼儀正しくやらなくてもいいだろ」
ランターン王「母様は小煩いからなぁ。
我慢するんだぞ。結婚さえしてくれれば広大な畑を手に入れることができるのだから」
リヒター王子「そんなにいいの?」
ランターン王「ああ、動植物を育てるにはあまりにも最適な場所だ」
リヒター王子「そのぶん狭いだろう」
ランターン王「あの国王は自分のことしか考えておらぬ。適当に町を潰して畑にすればよい。容認してくれるだろう」
リヒター王子「へっ、情けない国王だな」
カスミ(この人が結婚する相手だ! はやくリタリさんと話がしたい!)
フータ「くそう、こんなやつと……」
カスミ「ん?」
フータ「ん?」
カスミ「……」
フータ「……」
カスミ「ど、どうも」
フータ「どうも……」

一方。城内中庭。筋肉男は牢屋へ向かっていた。

筋肉男「式の準備か。人が少なくて助かるな。盗賊たちはあっちの方へ……」
リタリ「ここでなにをしている……?」
筋肉男「おや……?」

赤い夕陽が射すはずの時間だが、生憎の曇り空で陽はさえぎられている。しまいには小雨が降る始末だ。
しかしそれは今起こっている国の惨状そのものなのかもしれない。もしくは彼女の心の……。

リタリ「なにを、しているのかと。そう聞いたのだ」
筋肉男「カスミくんを助けに来た」
リタリ「それは叶わない」
筋肉男「どうしてだい」
リタリ「王都グランマジックからの要請だ。取り逃がせば、このオーデラン王国の信頼に関わる」
筋肉男「なるほど。そういえば私の旅の目的を話していなかったね」
リタリ「聞く耳はもたん」
筋肉男「私はこの世界を変えるんだ」
リタリ「世界を変えるだと?」
筋肉男「だから、私は事情がどうであれカスミくんを助けるよ。君が邪魔をするなら戦うし、意思がないなら私は行くよ」
リタリ「それが叶うとでも?」

リタリはフレイヤの外套を展開する。降ってくる小雨は触れるたびに音を立てて蒸発する。

筋肉男「ふむ……」
リタリ「私がどれだけの思いでこの国のために尽くしてきたか……貴様にはわかるまい!」
筋肉男「確かに私の知るところではない」
リタリ「なら黙れ!」

挿絵2

手から放つ炎が鞭のように伸び、しなる。筋肉男は右前方へ飛び込み回避する。

筋肉男「いいかい、自分を信じることは未来を確かなものにするのだ。現状がどうであってもだ」
リタリ「カスミに言っていた言葉か。それは間違いだ。
私はどうあっても、すでに未来は確かなものなのだ! 人の意思など存在していない!
筋肉男「いいや。人間には意思がある。自分にはこうするのだという意思が」
リタリ「黙れ!」
筋肉男「君はどうしたいのかね? 今、君は、なにを、したいのだ?」
リタリ「私は……お父様に……いや違う」
筋肉男「……」
リタリ「この炎だけが私を守る。……そして、私を証明する!」
カスミ「それは違います!」
フータ「リタリ姉ちゃん、そんなことないよ! 俺たちは姉ちゃんの力になりたいんだ。友達になりたいんだ」
カスミ「兵士のみなさんもそうです。みんなリタリさんのことを想っているんです!」
筋肉男「同意見だ。その炎が君を守ると言ったね。そして自分を証明してくれると」
リタリ「そうだ」

筋肉男はリタリに向かって進み始める。
抵抗を見せるリタリは炎柱を立てて、魔法を投げつけ、筋肉男を止めようとする。

しかし、彼は少しも止まらない。攻撃が当たるたびに衣類は焦げつき穴を空けるが、その肉体にはわずかな傷もつかない。
荒れ狂うように攻撃を続けるリタリ。気がつけば筋肉男は彼女の前に立つ。それから腕を突き出して、リタリの胸倉を掴み上げた。

リタリ「な、貴様……!」
フータ「筋肉男!」

丸太を燃やすように筋肉男の腕はバチバチと外套に燃やされる。それでも筋肉男は表情一つ変わらない。
むしろリタリがどれだけ暴れても決して手を離すことがないほど、力に溢れている。

リタリ「離せ! 貴様の腕が燃え落ちるぞ!」
筋肉男「君の炎は君を守れていないぞ。それじゃあ君は誰かね」
リタリ「なん、だと……?」
筋肉男「こんな炎が君を証明できるとでも思うかね。
君は君だ。こんなものがなくとも1人の人間だ。
そして君を慕うあの少年や盗賊、兵士たちが君という人間のすばらしさを証明しているのだ!」

プス、プスプス、と外套の火は弱まり、雨によって鎮火されていく。筋肉男は優しく手を離すと、リタリは力が抜けた様子でその場に顔をふせて立った。

リタリ「それでも、国の、みんなのためなんだ」
カスミ「リタリさんの望んだ結婚なんですか? 誰がそれを心の底から望んでいるんですか? 私は誰もいないと思います」
リタリ「結果的に、私がそう望んだのだ。
彼女でも誰でも連れて帰っていい。……だから式の邪魔だけはしないでくれ」
筋肉男「わかった。約束しよう。カスミくんや盗賊の全員を連れてここを出る」

覇気を失ったリタリはふらふらと何も言わずにその場を去っていった。

筋肉男「盗賊のみんなを開放しよう」
フータ「う、うん!」

フータは牢がある方向へ走る。

カスミ「筋肉男さん、だめです! こんな状態じゃ、リタリさんは幸せになれないんですよ!」
筋肉男「それは私がどうにかしていいものじゃない」
カスミ「……わかりました。私は行きます。筋肉男さんは王都へ向かってください。旅の無事を祈ってます」

礼儀正しく頭を下げて、カスミはリタリの後を追う。
雨は次第に強くなり、筋肉男に振りつける。結婚。という言葉が筋肉男の頭の中で遠い記憶を思い出させた。

筋肉男「結婚、か。ノーラ……君はどう思う」


4. ハッピーウェディング

森林の中。そこにぽつりと1軒の小屋が立っている。

筋肉男「本当に私でよかったのかい。私なんかで……」
ノーラ「ええ。あなたはとってもいい人だもの。もっと自信をもってよ」
筋肉男「魔術団に見つかれば私はきっと……。魔法が使える君だってどうなるかわからない」
ノーラ「死が2人を分かつまで、よ」
筋肉男「そうだね、ありがとう。君と出会えてよかったよ」
ノーラ「結婚式が挙げられないのが少し残念だけど、あなたの優しさでカバーしてね」
筋肉男「……やっぱり式を挙げたかったかい?」
ノーラ「もちろん挙げられるならね。女性にとっては一番じゃなくても、あこがれには変わりないわ」
筋肉男「すまない」
ノーラ「ふふ。一番、じゃないのよ。結婚式だけが女の幸せじゃないわ。大事なのは……


現在。
続々と開放される盗賊たち。

赤魔術兵「リヒター王子がそんなことを……」
赤魔術兵2「どう考えたってこの国への侮辱だ!」
赤魔術兵「しかし、我々はまだリタリ団長に仕える身。邪魔をしてはならんのだ……」
盗賊の男「俺たちはそうじゃねえ」
コノバ「俺たちは盗賊だ。式も盗賊の襲撃にあえばどうなるか」
赤魔術兵「お前たち……」
コノバ「檻に入れたことはチャラだ」
盗賊の男「結局、出られたしな」
コノバ「むしろ、城内に入れたぶん助かったと言える。お前たち、リタリ団長を、この国を守るぞ」
盗賊の男たち「おお!」
コノバ「お前はどうする」
フータ「もちろん行くよ」
コノバ「行くぞ! 最後の大仕事だ!」

盗賊団は結婚式会場を目指して一斉に駆け出す。

同じくして会場。野外にも関わらず、大きな舞台が組まれ大勢の人が集まっている。先ほどまで降っていた雨はやんだが、相変わらずの曇り空だ。
そしてついに新婦リタリが美しいドレス姿で登場する。

カスミ「リタリさん」

近くのテーブルからかすかに声が聞こえた。

リタリ「カスミ? 君か?」
カスミ「今、リタリさんの横にあるテーブル下にいます」
リタリ「どうしてまだここに?」
カスミ「結婚して、リタリさんは幸せになれますか?」
リタリ「……きっとそうではないな」
カスミ「相手がどんな人でもいいんです。でもリタリさん自身が幸せになれないとわかっているなら、それってすごく悲しくないですか?」
リタリ「国のためだ。私の幸せなど、それと十二分に釣り合う」
カスミ「私と逃げましょう。逃げるために道を確認してきました。今ならまだ逃げられます」
リタリ……! だが……」

「それでは新郎の入場です!」

リタリ「私にかまわず逃げてくれ」
リヒター王子「独り言か?」
リタリ「え、ええ。緊張して……それでおまじないを」
リヒター王子「ふぅん」

「それでは儀を取り行います」

リタリ「私、オーデラン・リタリは、ランターン・アンカーベルターチェーンザビ・クライゲル・リヒターの妻として生きていくことを……」

「な、なんだ!」
「お前たちは!」

コノバ「俺たちは盗賊だ! この式を占拠した!」
リヒター王子「この……! おい! 盗賊は捕えたのではないのか!」
メルト王「そ、そのはずなんですが……。おい、なにをしている! はやく捕まえんか!」

王の命令に赤魔術兵たちは動かない。そして生唾を飲み込んで答えた。

赤魔術兵「我々は団長の命があるまで動けません!」
リタリ「お前たち……」
リヒター王子「うざったらしいゴミどもめ。父上、もうこんな女も国もいらん!」
ランターン王「好きにしなさい」
リヒター王子「ランターン王族の力をなめるなよ!」

腰から抜いた水晶のような杖を構えると魔法を発現させる。杖先から飛び出す水は、鋭く触れたものをすべて切断していく。

コノバ「みんな、リタリ団長を守れ!」

盗賊たちが次々とリタリの前に立ちはだかり、壁となる。

リタリ「コノバ……」
コノバ「これまでのぶん、あなたを守らせてくれ」
赤魔術兵「お、俺たちもです!」

赤魔術兵までもがリタリを取り囲み始める。そして机の下からカスミも出てくる。

リタリ「やめろ、お前たち。死んでしまうぞ!」

前にいるものから水の刃を受けて倒れていく。リタリはどうしていいかわからず、涙を流すだけだ。

リヒター王子「斬り心地が良いなお前たち!
次! 次々! まるで丸太割りだぁ!」
コノバ「今のうちに逃げてくれ」
リタリ「で、できない……!」
コノバ「これまでの恩返しだ。気にしないでくれ。あなたが死ななければ、ここにいるみんな笑って死ねる」
リヒター王子「盾にしかなれない無能の守られて幸せかリタリ王女様!
こんな奴らがいなければ幸せな結婚式を挙げられたのになァ!

筋肉男「そうじゃない」

リヒター王子「なに? ……誰だお前は」
筋肉男「なにも結婚式が一番幸せなことではない。大事なのは……誰と居るかだ
リタリ「き、貴様……」
筋肉男「リタリくん、すまない。ひとつだけ嘘をつかせてほしい」
リタリ「なに……?」
筋肉男「私は今から君の結婚式の邪魔をする」
カスミ「筋肉男さん……! リタリさん、どうしたいですか? あなたは今……」
リタリ「私は……私は結婚したくない! 助けてくれ!」
筋肉男「もちろん。そのために来たのだ」
リヒター王子「この……、俺様を誰だと思っている!」
筋肉男「誰かね?」
リヒター王子「俺様はランターン王国のランターン・アンカーベルターチェーンザビ・クライゲル・リヒターだ! 知らんとは言わせないぞ」
筋肉男「知らん」
リヒター王子「なに!」
筋肉男「ランターン……長くて覚えられん。いいからかかって来なさい」
リヒター王子「き、きさまぁ……! 俺の高貴な名前を侮辱したなァ! どれだけ考えた名前だと思ってる! ふざけやがって! こいつらは後回しだ! お前! お前からだ! お前から死ね!」
筋肉男「名前と同じで話も長いのか」

筋肉男はふいに足元に落ちていた皿を1枚拾い上げる。
そしてそれを勢いよく投げつけた。皿は縦に回転しながらリヒター王子の元へ飛んでいく。

どんどん勢いを増して回転する皿は、遂には空にかかる雲さえ切り裂いて、大地を分かち、リヒター王子のわずか左を通り抜ける。
まるで地球を切り分けたように、自分とその左側が別れたのを確認して、リヒター王子は気を失った。

ランターン王「り、リヒター! かわいそうに!
お、お前たちなにをしたかわかっているのか。リタリ王女! あなたのせいです」
メルト王「どういうつもりだリタリ!」
リタリ「丁重にお帰りいただけ」
赤魔術兵……! は!」
コノバ「これだけのことをしてしまったんだ。誰かが責任をとらなきゃだめだろう。……リタリ団長、この1件は俺たち盗賊団の責任にしてくれ」
町民「いや、俺たちはなにも見ていない!」
「私も」
「俺も」
「あんたちはよくやった」
「これからみんなで国を建て替えりゃいいんだ!」
「そうだ!」

リタリ「みんな……」
メルト王「リタリ……お前のせいですべてめちゃくちゃだ。
ど、どうしてくれる! 明日から私はどうすればいいんだ!」
リタリ「……知りません。好きに生きてください。オーデランに国王は必要ないことがわかりました」
メルト王「お、王がいらないってどういうことだ!」
リタリ「そのままです。必要なものはそろっている」
メルト王「そ、そんなの認めないぞ!」
リタリ元・国王には牢で頭を冷やしてもらえ」
赤魔術兵「は!」
リタリ「礼を言う。ありがとう」
筋肉男「いや、いいんだ。君が助け、そして助けられた友人たちに感謝してくれ」
カスミ「なんかめちゃくちゃにしたままで申し訳ないんですけど……実はブリンデルの屋敷にいる少女たちを保護してもらいたいんです」
リタリ「ブリンデルをやっつけたのかい?」
筋肉男「うむ。迷惑だったかな?」
リタリ「いや、すっきりしたよ。わかった。少女たちの安全は約束しよう」
カスミ「ありがとうございます!」
リタリ「礼を言うのは私だ。ありがとうカスミ。
最後まで私の幸せを案じてくれて。……私は幸せになるよ。私自身の方法で」
カスミ「はい!」
筋肉男「それじゃあ私たちは行くよ。
この国の行く末は君たちが幸せかどうかにかかっている」
リタリ「最後にいいか」
筋肉男「?」
リタリ「お前が言っていた世界を変えるというのは本当か?」
筋肉男「嘘は言わんよ」
リタリ「そうか。成就を祈る」
筋肉男「ありがとう」

そうして波乱の結婚式は幕を閉じ、カスミ、筋肉男は再建を始めたオーデランをあとにふたたび王都へ足を進め始めた。

カスミ「そういえばどうして来てくれたんですか?」
筋肉男「昔のことを思い出したのだよ」
カスミ「昔のこと、ですか」
筋肉男「うむ」
カスミ「その筋肉と関係あることですか?」
筋肉男「そうだな。そろそろ話しておこうか。私の過去を。なにがあったのかを


【あとがき】

てらきたです。第2章をお読みいただきありがとうございました。

今回は結婚式のお話です。
女性の幸せ=結婚(式)、みたいなイメージがありますが(自分だけ?)、昨今は結婚しないカップルも増えていますよね。
今回書きたかったのはそんな感じです(ザックリ)

あとは、自分がどうしたいかが人生において重要だったりするんじゃないかなぁって思って書きました。

次回、第三章は6月21日(日)公開予定です!
第三章では2人の死神が登場します。
ご期待ください!
(第三章公開済みです!)


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それでは次回、またお会いしましょう! てらきたでした!


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