カフェ誤算

誤算(ショート小説)

いつものカフェの自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ」
レジ前の女性店員は笑顔を向けるが、となりの男の店長はなぜかむすっとしていた。
このカフェは2階の奥の席で電源が利用できる。
ニート3年目の俺はスマホのバッテリーが足りなくなると、電気代を節約するためにこのカフェで充電していた。

レジを素通りして俺は階段を上る。
満員かどうか確かめ、席を確保してから1階のレジで注文するのがこの店のお決まりになっていた。

階段を上り、返却台が目の前に現れた。店内を見渡すと、人はまばらだった。一番奥の空いている席に文庫本を置き、席を確保し階段のほうへ歩いた。階段の手前の返却台には飲み終わったひとつのコーヒーカップがトレーに乗っていた。うしろを振り返る。客たちはだれも見ていない。
よし、いまだ!
そのコーヒーカップが乗ったトレーを持ち、踵を返した。確保した席に急ぐ。本を端にやり、持ってきたトレーを置いて着席した。ポケットからスマホと電源ケーブルを取り出し、スマホを充電する。
よし! ちょろいもんだな。
いつも他人が飲み終えたトレーを置き、自分が飲んだふりしてタダで電気を頂戴してきた。
なんて頭がいいんだろう!
俺は文庫本を開いた。

スマホの充電が終わり、すべてをしまいトレーを片付けに返却台へ向かう。返却台の手前で階段から人が上ってきた。店長だ。
「ありがとうございます」
店長の手が伸び、俺はトレーを渡した。
「ごちそうさま。おいしかった」
俺は階段を下りようとする。
「ちょっとお待ちください!」
背中で店長の声がした。振り返ると、店長はいぶかしげにコーヒーカップを見つめている。
「これはあなた様がお飲みになったコーヒーですか?」
「もちろん」
バレるわけないという思いとは逆に、心臓がキュッと縮み上がったような気がした。
店長の眼光が鋭くなった。
「どの席をご利用になられましたか?」
「奥の席で本を読みながらスマホの充電してましたけど?」
「それならあなたは電気泥棒ですね。ちょっと事務室に来ていただけますか?」
「はあ? 冗談じゃない。客を泥棒呼ばわりすんのか!」
他の客たちがこちらを見た。
「前からやってましたね? これ、飲んでないでしょ」
店長はコーヒーカップの取っ手をくるりと回してこちらに見せた。
カップの縁には真っ赤な口紅が付いていた。
しまった!反対側は見落としていた!
俺は事務室に連れていかれた。


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