起業して裏社会に引きずり込まれた若者の話・脱サラ体験談
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起業して裏社会に引きずり込まれた若者の話・脱サラ体験談

うまし@note小説家

起業して裏社会に引きずり込まれた若者の話・脱サラ体験談

「起業」

多くの若者が夢見て挑戦し、ほとんどが夢破れて退場していく世界。

僕も起業という言葉にあこがれた若者の1人だった。結果的に僕は周りの大人に振り回されて、裏社会に引きずり込まれ、そして何もかも失った。

これからご紹介する話は全て現実に起こった出来事だ。一握りの成功者の影には僕のような「地獄に落ちた者」がいるという現実を知って欲しい。

26歳の時、僕はエンジニアとして会社に勤めていた。

「1度は起業をしてみたい」

しかし具体的なビジョンもなく、漠然とした願望を10代からずっと持っていた。

IPOで億万長者誕生
年商10億円
秒速1億

成功者=金という分かりやすい式をメディアがもてはやす時代だった。手を伸ばすと僕も成功者の仲間入りできるんじゃないだろうか?そんな、あこがれを抱いていた「夢見る夢男」だった。

その年のゴールデンウィーク。僕は衝撃的な体験をした。1人で高速道路を走行中に大渋滞に巻き込まれた。

(事故かな?)

ゴールデンウィークということもあって、ただでさえ交通量が多いのに事故なんてたまったもんじゃない。迷惑だなぁと思いながら車をちびちびと進めていった。何やら人だかりができている。警察の方が数人、渋滞の原因になったと思われる場所に集まっていた。だんだんと事故現場が見えてきた。そして僕は目を見開いた。

(・・・人の死体だ)

親族の葬式で遺体を見たことはあるが、葬式の遺体は棺の中に収められたきれいなものだ。しかし、この時見た遺体は全く違う。何度も車にひかれたのだろう。頭と手足がもげてマネキンのように横たわる無残な遺体だった。後からニュースで知ったが高速の陸橋から飛び降り自殺があったらしい。僕は衝撃的な光景をみて、こう感じた。

(僕もいつかは死ぬんだ)

自分自身も「死」というものからは逃れられないということを悟った。無限のように感じるが人生という残された時間は有限なんだ。そして、決断をする。

今年絶対に起業に挑戦しよう

そして、ありふれているけど、重みがある言葉が僕を突き動かした。

「たった1度の人生だ」

ひとりぼっちの挑戦者

そのゴールデンウィークに僕は起業するための事業を考えることにした。いくつか出した案から将来性や僕1人で行えるものを選別した。その中から1つ良さそうな案が残った。フリーペーパーで店舗や塾の広告をするというものだ。

僕が当時住んでいた市はフリーペーパーが弱かった。リクルートのタウンワークやホットペッパーもあるにはあったが、隣にある大きな市のおまけとして後ろにちょっと紹介があるくらいだった。僕はそこにビジネスチャンスを感じた。リクルートからすると小さな売り上げしかなくて手薄になっている地域でも地域密着型のフリーペーパーを発行すれば個人が得るには十分大きな収益が見込めるかもしれない。

今までぼんやりと蜃気楼のように漠然としていた「起業」が僕の中で少しずつ具体性を帯びていくのを感じた。

今挑戦しないと一生後悔する
最悪バイトすれば生活はできる

しかし、いきなり会社を退職するのはさすがに無謀すぎる。平日の昼間はサラリーマンを続け、夜と休日は起業の準備を行い、僕の事業に対する世間の反応を少しずつテストすることにした。

広告のサンプルを家庭用のインクジェットプリンターで印刷し、2つ折りにして数枚重ねてホッチキスで留めた。その中には

新しくフリーペーパーを立ち上げます。最初は無料ですので協力してもらえるお店を募集しています

と記載し、住んでいた地域の飲食店、エステや美容室、ネイルサロン、塾のポストに直接投函しまくった。100件くらい投函しただろうか。

本当にうまくいくだろうか。僕は期待しないで待っていた。1日経ち、2日経ち・・・1週間くらい経過した頃だったかな。なんと1件連絡があった。

家庭用のインクジェットプリンターで作ったサンプルで反応はゼロではなかった。まずはこのことが衝撃的だった。

連絡をくれたのはエステとネイルサロンを経営している50代の女性だった。この方をAさんとさせて頂く。Aさんは有料は難しいが無料のフリーペーパーであれば掲載に協力しても良いと言ってくれた。

そして、僕にこんな言葉をかけてくれた。

あなたみたいな若者は今まで見たことがない。でも、あなたはまだまだ粗削りすぎる。きっと40代くらいですごい成功者になりそう

何の実績もなくて、夢だけを追いかけ、不安と戦っている僕をこの言葉は震えるほど勇気づけてくれた。僕は心の底から確信した。

「絶対に成功できる」

「根拠なき自信」だけしかなかった僕。でも、絶対にこの事業はうまくいくと信じて疑わなかった。

Aさんはさらにご自分の娘がバイトしているスナックを紹介してくれた。僕はそのスナックにアポを取り、当日お店に行って驚いた。

全身タトゥーのママ、紫色のライトで照らされた店内。こんなスナックがこの地域にあったのか。僕は自分の世界がいかに狭かったかを痛感した。

このスナックのママ、Bさんは30歳くらいだっただろうか。全身タトゥーの見た目とは対照的にとても優しい方だった。弱い自分を強く見せるためにタトゥーを入れているような印象の方。Bさんは初対面で僕を気に入ってくれた。そして、「私も人を紹介するよ」と言ってくれて、Cさんを紹介してくれた。

夜の案内人Cさんとの出会い

先に説明しておくと、このCさんはこの地域の「夜の世界」に広い人脈を持っており、ここから僕の人脈が爆発的に増えていくことになる。Cさんが僕の名前を売ってくれたおかげで夜の世界を中心に口コミで僕は一気に有名人になった。口コミのすさまじさを思い知った。見ず知らずの僕のような男を信じる人は少ないが、「信頼の厚いCさんが紹介してくれた僕」はCさんという担保のおかげで初対面でも大きな信頼を得ることができた。

Cさんは1人でバーを経営していた。面倒見が良くて人望が厚く、居酒屋の店員さんやキャバクラの女性が仕事帰りに立ち寄るため、広い人脈や情報を持っていた。

Cさんは僕をとても気に入ってくれて、「全面的に応援するよ」と言ってくれた。Cさんはいつも僕にアドバイスをくれた。

誰と誰がもめている
あそこはやばい店だ
あそこはバックに誰がいるから注意しろ

Cさんは夜の世界の案内人として僕が迷わないように道を示してくれた。Cさんに出会ったことで、居酒屋やスナックを中心に僕のフリーペーパーに掲載予定のお店がどんどん増えていった。

ある日、Cさんが僕にこう言った。

「君と同年代にすごいやつがいる。人材派遣業と服のセレクトショップを展開している社長を紹介するよ」

Cさんは僕に「X社長」を紹介してくれた。X社長は当時30歳くらいで、誰が見ても超が付くほどのイケメン。身長も180cmくらいあり、スタイルも良くて「イケメンのやり手社長」として有名な人物だった。実はこのX社長が、今まで表の社会しか知らなかった僕を裏社会へと引きずり込んでいく。

引きずり込まれた裏社会

X社長から電話があった。

「Cさんから聞いたよ。1度話してみよう。夜の11時に人材派遣会社の事務所に来てくれ」と。

僕は指定された時間に会社を訪問した。入った直後は夜ということもあり薄暗いという以外は普通のオフィスのように感じた。しかし、数分後にここが普通の会社ではないことを思い知らされる。従業員の電話応対の声が漏れてきた。こんな時間に取引先からかなと思ったが、話の内容を聞いて僕は耳を疑った。

はい、今ならアンナちゃんを手配できますよ。美人でおっぱいも大きくてとても優しい子です

なんだ、ここは?「人材派遣業」って・・・デリヘルなのか?

従業員を見て、僕はこの事務所に入ってしまったことを後悔した。1人は歯が全てなかった。別の人は首とシャツの手首から和彫りの入れ墨が見えていた。他にも顔を刃物で切られたような跡のある方もいた。

ドクン、ドクンと音が聞こえそうなほど心臓の音が高鳴っている。手に汗がにじんでくる。

(やばい・・・これはやばい)

X社長を紹介してくれたCさんもこのことは知らなかったようだ。X社長は別にウソはついていない。ただ、昼ではなく夜の世界で「人材派遣業」をやっていたんだ。そして、X社長が僕にこう言った。

怖いものを見てしまったかな?大丈夫だよ。安心していい。僕は今は裏家業の人間ではないから。僕の言う通りにすると君は絶対に成功できるよ

僕はいろいろな思いが浮かんだ。

「関係者がやばくても成功出来ればいいじゃないか」
「成功者も裏社会の方と1人や2人は関わりがあるだろう」
「ここまで応援してくれたCさん達の期待に応えたい」

そして、深呼吸をして気分を落ち着かせた。

(・・・大丈夫だ。成功したらX社長とは手を切ればいい)

そう思いながら、X社長と行動を共にする覚悟を決めた。

深夜の公園

ある日の深夜2時。突然電話が鳴った。

X社長の従業員からだった。僕は近くの居酒屋でそこのオーナーと広告の打ち合わせをしていた。従業員はそのことを知っていたのだろう。X社長に届けてもらいたいものがあるから事務所に来て欲しいとのこと。別に苦ではなかったから事務所に向かった。

事務所に入るとデスクの上に小さな段ボールが1個置かれていた。サッカーボールくらいの大きさだ。そして、従業員の方が

とても重要な商品が入っています。これをX社長に届けてもらえますか?

僕は、「はい、分かりました」と返事をして小さな段ボールを受け取り、X社長に電話した。すると、ある公園に来てくれとのこと。

(なんで深夜の公園なんだ?)

僕は深くは考えずに車を走らせた。すぐに待ち合わせ場所の公園に到着した。深夜なので当然人の気配はない。そこでX社長は僕が来るのを待っていた。

僕は預かった小さな段ボールをX社長に手渡した。すると、X社長は血走った目でその段ボールを開け、あわてるようにガサガサと中身を確認し始めた。僕はそのX社長の様子を見て動揺した。中身を確認して安心したのだろうか。X社長は冷静さを取り戻して僕にこう言った。

「中を見たかい?」

僕は、いいえと答えた。本当に見ていない。するとX社長は、ニヤッと笑ってこう言った。

君が知らなくてもいい世界がある

ありがとうね、と付け加えてX社長は立ち去って行った。

(一体・・・あの段ボールの中身は何だったんだろう)

今でも分からない。ただ、昼間に堂々とやり取りできるものではなかったようだ。僕は深夜の公園に1人で立っていたが、背筋がゾクゾクとしてきて、X社長との関係を続けることに恐怖を感じた。しかし、僕は自分に言い聞かせた。

「大丈夫、成功したらX社長とは手を切ればいいんだ」と。

退路を断って独立

そうこうしているうちに、フリーペーパーの掲載を希望するお店が順調に増えていった。無料だからというのはもちろんある。しかし、応援してくれる掲載店が増えると喜びが増す。そろそろ、1冊目を出版しようと考えて、僕の貯金を使って出版することにした。ネットの印刷業者が製本までしてくれるので僕はデータだけ用意すれば良い。実はフリーペーパーの発行は意外なほど簡単だ。

地域のコンビニや施設に念願のフリーペーパー1号を無事に設置し終わった頃、X社長が真剣な表情でこんなことを言い出した。

「君からは本気を感じない。なぜなら、サラリーマンとの兼業だからだ。平日の昼間は電話もできないし、本気でやるなら勤めている会社を辞めて本気という意思を示して欲しい」

実は、僕もそれを感じていた。サラリーマンをしていることで平日の昼間は営業できないので掲載できるお店が制限される。本来はもっと拡大できるのにチャンスを逃しているように感じていた。僕はいつも親切にアドバイスをくれるCさんに退職しようと考えていると相談してみた。すると、Cさんは

「まだ会社を辞めない方がいいと思う。うーん、でも君が退路を断って本気でやろうっていう気持ちが強くなってきたのであれば止めはしないけど」

僕は会社を退職することに決めた。

これはX社長に言われたからではない。このフリーペーパー事業を絶対に成功させるんだ。中途半端な気持ちで向き合って後悔したくないと考えたからだ。

そして、その年の9月に会社を退職した。ゴールデンウィークにゼロからスタートして4か月でここまで来た。

もう後には戻れない。前に進むしかないんだ

しかし、残念ながら「前」もなかったんだけどね。

ある日のことだ。X社長から、あるスナックに来てくれと連絡があった。ドラマとかに出てくるような小さなカウンターがあるだけのシンプルなスナックでご夫婦で切り盛りされていた。とても腰の低い男性のオーナーYさんを紹介してもらった。X社長はこう言った。

「Yさんが君のフリーペーパーに載せたいって。Yさんはめちゃくちゃすごい人なんだよ」

Yさんはとても穏やかな方で話し方も柔らかい。身長185cm以上はあっただろう。とても高かった。Yさんの隣にはとても綺麗な女性がいた。この女性もYさんと一緒でとても穏やかな方だった。

誰が見ても幸せに満ちあふれたご夫婦

しかし、このYさんとの出会いが僕の起業の大きなターニングポイントになる。X社長がYさんを紹介するときにこう言った。

Yさんはめちゃくちゃすごい人なんだよ

なんと驚くことにYさんは有名な暴力団の幹部の方だったんだ。X社長からこう頼まれた。

「Yさんの店をフリーペーパーに載せてくれるよね?」

知らない僕は「はい、もちろんです。よろしくお願いします」と即答した。この後『あんな出来事』が起こるとは予想すらできずに。

束の間の栄光

その頃くらいから周囲の変化もあった。Cさんに人脈を紹介してもらい、繁華街で僕の名前と顔が明らかに売れていった。僕が繁華街を歩いていると

「○○ちゃん!(○○は僕の苗字)」
「○○ちゃん、頑張れ!」

とか、知らない方にも声をかけてもらえることが多かった。ちなみにX社長もこの繁華街で超有名人だった。だから、

「あの2人が組んでるんだって!」
「2人で街を変えてくれよ!」

そんなことを言われることも多くなった。僕は自信に満ちあふれ、輝ける未来に向かっていく自分に完全に酔っていた。

僕は絶対に成功できる

そう確信していた。ただ、

「X社長はうさんくせーんだよ」
「X社長はなんか信用できねーな」

という声も耳に入ってきた。しかし、僕はそんな言葉を見て見ぬふりをした。

束の間の時間だったけど、自分が夢に向かって輝いていると実感できた頃。だけど、そんな輝いた時間は長くは続かなかった。

ある日、Cさんに呼び出された。Cさんは真剣な顔で怒りも混じった口調で僕に聞いた。

「Yさんをフリーペーパーに載せるのか?」

僕はそうですと答えた。Cさんは声を荒らげて激怒した。

「Yさんの店を載せるなら俺が紹介した店は全部引き上げさせるからな!」

僕はCさんの怒りに驚いた。その時、初めてYさんが有名な暴力団の幹部であることを聞いた。裏社会の方でも震え上がるような「裏社会の大物」だった。僕はその事実に頭が真っ白になった。

関わってはいけない世界の人に関わってしまった

僕は気持ちの整理ができず、うまく言葉が出ない。

ちなみに、Cさんが怒ったのは僕を心配してではなかった。Cさんが僕に人脈を紹介してくれた理由、それは僕のフリーペーパーを利用して自分が好きな人達の店だけを紹介している「思い出のアルバム」のようなものを作りたかっただけだった。だから、印象が良くないYさんを載せることに猛反対した。しかし、Cさんの言う通りにすると何もしていないのに裏社会の方というだけでYさんを傷つけることになる。Yさんとの筋を通そうとするとフリーペーパーに協力してくれる店はほとんどなくなってしまう。

Cさんは僕に忠告した。

Yさんを外せ。Yさんの店がフリーペーパーに載るとお前も困るだろう?

基本的に僕は決断力がある方だけど、今回は決めることができない。裏社会の方だからといって理由もなくお断りするのも失礼だろう。Cさんとのやり取りから数日が経過したある日、こんなうわさを聞いた。

Yさんが激怒して僕を探している

僕は頭が真っ白になった。

(なんで、Yさんが・・・なんで、僕が暴力団の幹部の人に追われることになったんだ)

すぐにCさんに電話して、Yさんが僕に激怒している理由を知らないかとたずねた。すると僕が知らないところでいろいろなことが起きていた。

X社長が、Yさんと相談してフリーペーパーで使う写真撮影の日時を決めていたが、X社長は僕にその日時を伝えることを忘れてしまっていた。Yさんは自分のお店をPRしようと盛大なパーティを開催して、モデルを何人も呼んでいた。しかし、そのことを知らない僕は当然そのパーティの撮影に来ない。Yさんはすっぽかされたと感じたんだ。裏社会の方は「メンツ」を極めて大事にする。

さらに、Cさんが周囲に「フリーペーパーからYさんを外すべきだ」と漏らしていたらしいが、人望が厚いCさんを周囲の方は無意識のうちにかばうように、

僕がYさんを良く思っていないから外すらしい

と、うわさが加工されていた。そして、パーティに僕が来なかったことが重なり、「僕がYさんを良く思っていないからパーティをすっぽかした」と広まっていた。

運命を決める2つの選択肢

メンツをつぶされた。あのガキに

Yさんの怒りは収まらない。「僕からするとなんで?」という状況だけど、そんな言い訳が通用する相手ではない。言い方は悪いが全てをなすりつけられていた。

X社長は自分に非があることは認めたが、Yさんを恐れていたため「俺は関わりたくない」という態度だった。Cさんのお店でX社長と僕の3人でこれからの話になった。そして、2人からこう言われた。

逃げろ

CさんもX社長もYさんはさすがにやばい。お前じゃどうしようもないから、とにかく逃げるしかないと2人とも意見が一致していた。だけど、僕は逃げる気は1%もなかった。

「Yさんに謝ろう」

X社長が勝手に撮影の予定を入れて、僕に連絡し忘れたことで、Yさんに大変なご迷惑をおかけすることになった。Yさんはたしかに裏社会の方だし、怖い方なのは間違いない。でも、今回は完全に被害者だ。パーティにいくらかかったか分からないし、慰謝料を高めに要求されるかもしれない。でも、今逃げたら一生逃げ続ける人生だ。

(ぶん殴られてもいいじゃないか)

僕は本気でそう思い覚悟を決めた。X社長にYさんの携帯の番号を聞いて、CさんとX社長に見守られながらYさんの携帯に電話をかけた。

誰や?ほう、お前か?XXXXX!!

とても、ここに書けない恐ろしい内容をすさまじい迫力でおっしゃった。だけど、お怒りはごもっとも。

電話越しではあるが、ひたすら、ひたすら、平謝りを繰り返した。数分経っただろうか。Yさんの言葉の途切れたタイミングで僕はYさんにやっとの思いでこう伝えた。

「本当にすみません、お店に謝りに行かせてください。僕もパーティのこと聞いてなくて。Yさんにご迷惑をかけてしまって」

すると、Yさんはこう答えた。

ほう、うちの店に来る気があんのか?準備して待っとくから3時に来い

そして電話が切れた。説明するまでもないが深夜3時だ。この時間帯になるとキャバクラも居酒屋も閉まってしまう。しかも、その日は平日なので本当に閑散としていて、Yさんのお店で何かあっても周囲には誰もいない。CさんとX社長にそのことを伝えると

「絶対に行くな。これはやばい」

と、2人の意見はやはり一致していた。僕が知らないYさんの過去を2人は知っていたのだろう。でも、僕はYさんから一生逃げ切れるとは思えなかった。

やっぱり謝りに行こう

その気持ちは揺るがなかった。だけど、本当は怖かった。Cさんから「もしもYさんに謝りに行くのであれば、終わったら店に寄れ」と言われた。最悪のことになっていないかを確認するつもりだったようだ。深夜に激怒した裏社会の方に謝りに行くというのはさすがに怖い。怖すぎる。

深夜2時55分

Yさんのお店が入っているビルの前に僕はいた。遅刻は最悪だけど、早く行くのも迷惑だろうと思って1時間以上、ビルの近くをうろうろして時間をつぶしていた。

携帯が2:59と表示したのを確認して、Yさんのお店の扉を押した。お店に入った瞬間に圧倒された。

めちゃくちゃ怖い方が5人くらい僕をにらみつけた。

その真ん中にYさんがいた。初めてお会いした時に感じた穏やかで優しい雰囲気はカケラもなかった。暴力団の幹部として君臨するYさんがものすごい威圧感を出して、そこに立っていた。僕はやっとの思いで

「本当にすみません」

とだけ言葉を出すことができた。ずっと頭を下げていた。

10秒くらい時間が流れただろうか。長い長い10秒。自分の心臓の音が聞こえる。手に汗がにじむ。

なぐられるだろうか
怒鳴られるだろうか
それも覚悟してきたはず

・・・だけど、ひたすら怖い。

すると、Yさんが口を開いた。

お前、よくここに来れたな

絶対に怒鳴られると身構えていた僕は、Yさんの口調が穏やかで逆に驚いた。

逃げようと思わなかったのか?

顔を上げるとYさんの表情が少しだけど明らかに優しくなっていた。そして、僕は少しずつ冷静さを取り戻した。ご迷惑をおかけしたことを謝った。

とにかく、とにかく、謝った。

必死だった。ただ、うわさが加工されていることと、僕はすっぽかそうとした訳ではなかったと付け加えた。Yさんは「そうか」とつぶやいて、こうおっしゃった。

イモ引くやつは一生イモを引く。俺は1度もイモ引いたことはない。1度もだ

イモを引くというのは、イモのツルを引っ張る時に後ろに体重をかける様子がおじけづいているように見えることから、「逃げる」という意味だ。

「これからもお前はイモ引くなよ。絶対にな」

Yさんが贈ってくれた「イモ引くな」という言葉は強烈に僕の心に刻まれた。さらにYさんにパーティの費用を弁償しますとご提案したが、

「金は一切いらん」

と、1円も受け取らなかった。そして、Yさんはグラスに入った生ビールを僕に手渡してくれた。僕は震えながら生ビールを頂いた。怖い人たちにジーっと見られながら。飲み干したグラスをYさんに手渡すと同席していためちゃくちゃ怖い方々の中のお1人が

「お前良かったじゃん」

と、口にされた。めちゃくちゃ、ドスの聞いた声で。

僕は深々と頭を下げてYさんのお店を出ようとした時にYさんがこの言葉をかけてくれたのを忘れない。

・・・頑張れよ

Yさんはすさまじい恐怖の中に「情け深さ」を感じる裏社会の方だった。Yさんは筋を通すと情けをかけてくれる真の任侠の方だった。

Yさんのお店を出て携帯を確認したら3:05だった。なんて長い5分間だったんだろう。

Yさんのお店を出たらCさんのお店に寄ると約束していたので、そのままCさんのお店に向かった。

夢の終わり

お店にはX社長もいた。僕がYさんに謝罪を済ませて帰ってきたので安心してくれたようだ。しかし、この2人は口をそろえて、こんなことを言った。

なあ言っただろう。俺達がアドバイスしたからお前はYさんに許してもらえたんだぞ

僕の中で張りつめていた糸がプツンと切れた。別にその場で感情的になったとかではない。

Cさん、周囲に「暴力団の幹部のYさんがやってるお店は印象悪いし、フリーペーパーから外すらしいよ」と、変なうわさを広めてYさんの怒りに油を注いだのは、あなたですよね?

そして、なによりもX社長、あなたが勝手にYさんのお店の写真撮影の日時を決めて、僕に連絡せず、僕が結果的にすっぽかすことになったんだ。

なにが俺達のおかげだ。もうこの人達とはやっていけない。

僕の中でこの2人に対する嫌悪感が芽生えた。僕は掲載の募集を締め切り、集まった分だけで薄っぺらいフリーペーパーを業者に手配し、コンビニや施設に置かせてもらった。ある美容院では僕のフリーペーパーを見て新規のお客様が増えた、このフリーペーパーは効果があっていいぞと言ってくれた。デザインもこだわっていたので若い人達の間ではちょっと話題になったとも聞いた。

でも、僕は決めていた。

応援してくれた方々のためにとりあえず今回までは発行する。でも、これで打ち切ると。

僕にお礼としてお金を払うよと言ってくれたお店もあった。僕はありがたく受け取るつもりでいた。しかし、僕はそのお金を受け取ることはできなかった。なぜか?

X社長がお店をまわり、僕に渡すと言って全部自分のものにしたからだ

50万円くらいはあった。僕はX社長に電話して「なぜそんなことをしたんだ」と聞いたがとぼけていた。だから、僕はX社長にこう告げた。

「もう2度と俺に連絡するな」

X社長は最後の最後まで狡猾で汚い男だった。こうして、27歳の無職の男が1人誕生した。

その後は再就職先がなかなか決まらず、どん底の日々だった。将来が見えず絶望もしたが、今では再就職もでき、理解してくれる妻と出会い、子供も4人恵まれた。

27歳で何もかも失ったけど、1つ1つ取り戻してきた。

それぞれの後日談

X社長とはその後は1度も会っていない。ただ、服のセレクトショップは順調らしく都市部の繁華街にも店を広げて繁盛しているとか。もしかすると「別の方法」で儲けているのかも知れないが、彼なりに楽しくやっているのだろう。X社長とは2度と会いたくない。

夜の世界の案内人としてお世話になったCさんは38歳という若さで亡くなった。仕事帰りに飲酒運転して自損事故を起こしたらしい。誰も巻き込まなかったことが幸いだ。お世話になった方がこのような形で亡くなるのは悲しい。

Cさんとは長い間連絡を取っていなかったが、実は亡くなる半年くらい前にお店に1人でお邪魔した。すると、Cさんはこんなことをおっしゃった。

俺がお前を振り回して、お前の可能性をつぶしてしまったのかと後悔していた

僕は、「Cさんは本当に良くしてくれました。つぶれたのは自分の力不足です」と返した。この時、心の底からそう思えたから。お店を出る時、Cさんは

「お前とは一生もう会わないと思ってた。でも・・・うれしかったよ」

と涙ぐまれていたのを忘れない。いろいろとあったが、僕はCさんにはとても感謝している。黙とうだけではあるが、Cさんのご冥福をお祈りした。

実はその後、Yさんを偶然見かけた。たまたま見かけて、遠くから見てただけ。Yさんと奥さんが2人でイオンの食料品売り場で総菜を買っていた。

暴力団の幹部のYさんがスーパーの総菜を買うんだ・・・

と、ギャップに驚いた。普通に考えれば裏社会の方だってイオンで総菜くらい買うだろうし、TSUTAYAでDVDも借りるだろうし、コンビニのおでんも食べたい時があるだろう。

何が言いたいか。裏社会の方は僕達のすぐ近くにいるということだ。上手に溶け込んで僕達と同じ社会を生きている。この記事を読んでくれている方が、この後コンビニに行ってレジに並んだ時、前の人がYさんのような裏社会の方の可能性もあるということを伝えたかった。

その後、Yさんに関する強烈な話を聞いた。Yさんにご迷惑をかけて逃げた若者がいたらしく、Yさんはその若者を金属バットでボコボコに殴って逮捕されたそうだ。

その若者は頭も殴られていて障害が残ったと聞いた。容赦ない。やはり、裏社会の方だった。僕がもしあの場で逃げていたらどうだったのだろうか。想像するだけで恐ろしい。

起業にあこがれる若者へ

35歳になった今振り返ってこう思う。このチャレンジは本当に良かったと。

本当にお金では買えない経験だった。「海外留学」や「プログラミング学習」も自己啓発としてはとても良いと思う。でも、「社会の厳しさ」を教えてくれる人生経験としてここまで効果的なものがあるだろうか。

この話は僕の中でだけ、とどめておいて、墓場まで持って行っても良かったけど、起業に挑戦する若者に失敗談を話すことで何か得てもらえればと思い、思い出話を書かせてもらった。

最後に起業にあこがれる若者に一言だけ言葉を贈りたい。

「絶対にイモは引くな」と。


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うまし@note小説家
エンジニアで4児の父です。2021年11月からnoteを始めました。書くことが好きで自分の過去の失敗談や社会問題などを執筆していきたいと思います。基本的にはフォロバ100%です。 よろしくお願いします(^-^)