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はじめてのインターネット3 sakuraのお話

20世紀も終わる頃、シリコンバレーにいた。日本とのつながりはインターネットだった。
チャットが流行っていて、ヤフーやエキサイトのチャットを覗いたりしていた。
人のチャット部屋で話すこともあったけど、自分で部屋をたてることもあった。
日本とは時差があって、カリフォルニアは午前でも日本は真夜中、まさに丑三つ刻。
そんな夜中にチャットしてる人は多くないが、夜更けが過ぎるほど変な人率が上がってくる。
その頃、たてていた部屋の名前はおはようロバくんドットコム。
チャット部屋のルールは部屋主が決める。会話に加わらず、こっそり聞き耳だけの参加者は退室させるとか、初めて来た人は挨拶必須とか、結構厳しめの部屋も多くて、その頃から、なんとなくそういうのは窮屈だなぁと感じていた。
だから、おはロバは部屋のルールとかは一切作らず、誰でも好きに来て好きにしゃべって好きに落ちて、って感じのゆるい部屋にした。
(今思えばつねよし百貨店のコミュニティの原点もそこにあるような気がする)
さて、そんなゆるい部屋で、変なヤツが増える真夜中だもんだから、当然、変わり者、ネカマ、荒らしもやってきた。
でもそもそもそんなに人も多くない夜中だから、荒らしも荒らし甲斐がなく、しばらくすれば出て行く。
ネカマはネカマで話すと面白い(ときもある)。ネカマとは男なのに女性のふりをしてチャット部屋にやってくる人のこと。チャットの部屋では文字の会話だけが唯一の人格。現実の人がどんな人かわからないから怖い、と大抵の人は言う。
だけど顔も性別も年齢も、そういった情報が一切なくて、ただPCの画面通しての文字だけのコミュニケーションだからこそ、その人の人格そのものが研ぎ澄まされて伝わってくる。顔がみえなくても、ネットで繋がった向こうには人格を持った人がいるのだ。
たとえネカマでも、うわべだけでなく、普段のライフスタイルから考え方まで女性のネカマはもう人格は完全に女性だ。
某外資企業で働く研究者だとかいう人がやってきたりする。(しかも若い女性で)
現実社会では本物かどうかわからないけれど会話の中では紛れもなく賢い。知識のあるふりができるのは間違いなく知識があるということ、賢い会話ができる人は間違いなく賢いのだ。
ネカマもくれば賢人も来る、荒らしもくれば部屋を手伝ってくれる人も来る。なんだか今のつねよし百貨店も似たようなもの(笑)

さて、そんなおはロバにある時期、sakuraというハンドルネームの子が来るようになった。名前が女性っぽいこともあり、周りからちょっかい出されることが多かった。部屋にいながら裏でダイレクトメッセージでナンパされるのだ。
でも(オレは男だよ。男にナンパするなよ!)って部屋で晒しものに。会ったことはないけど、ぶっきらぼうでちょっと突っ張った10代の男の子、という感じだった。部屋にいてもそんなに会話に加わるでもなく、真夜中にふっと来ては静かに潜んで、何も言わずにふっと出て行く。そんな感じなので、部屋主が厳しい部屋からは疎んじられて、まだおはロバは居心地がよかったのかもしれない。ある時期はほぼ毎晩のようにやってきて、じっと居座ってはみんなの話を静かに聞いて、静かに落ちた。
そんなsakuraがある日を境にぱったりと来なくなった。まあいつも来てたわけじゃないし、気まぐれな感じだったので、チャットに飽きてやめちゃったかなぐらいに思っていた。まあまた気がむいて部屋を見つけたら遊びに来てくれるかなと。

そうこうして、sakuraのこともすっかり忘れかけた半年後ぐらいのこと。おはロバに初めての人が訪ねてきて、「sakuraさんのことご存知ですか?」と聞いてきた。
わー、懐かしいなあと思いながらどういう関係なんだろうと聞いてみると
「少し前にsakuraさん亡くなったんです」と。
彼の話によると、sakuraも彼も難病で終末医療の施設にいる仲間だったという。ずっと病院で外に出ることもできず、わずかにできるネットの時間が彼の楽しみだったらしい。sakuraはそんな仲間のリーダー的な存在で、仲間内で新聞を作って回していたそうだ。その中でsakuraがおはロバのチャット部屋のことも書いてくれていて、それを読んだ彼がsakuraが亡くなったこと伝えようと来てくれたらしい。病気が進行してからは激痛に耐えながらもベッドでチャットを覗いていたらしい。

sakuraのことも彼の話も本当のことはわからない。PCの画面を通した文字だけのお話。
ネットは相手の顔も見えず、どんな人がいるかわからないから怖い。
sakuraにとってはそんなネットの世界が人とつながる唯一の手段だったのかもしれない。
真実が何かはわからないけれど、あの時、ネットを通して日本とアメリカで繋がっていたことは事実。
会ったこともないけれど、忘れられない1人の友人のお話でした。
#はじめてのインターネット
#日記 #エッセー #思い出 #note


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