赤雲
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赤雲

原井浮世

それを話したところで一体誰が信じるのだろうか。

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古い公営団地がわびしく立ち並ぶ迷路のような道を、男は寒風かんぷうに逆らうようにしてせかせかと歩いていた。

「本当に見たのか?」
「本当に聞いたのか?」
「そんなはずはないだろう」

随分とそんなやりとりをしてきたもんだ。全く飽き飽きする。

もちろん信じるか信じないかは個々人ここじんの勝手である。たとえ、目の前にいる人よりも、遠くの他人を信じたとしても構わない。

しかし、当人が「見た」と言っているものを、どうして他人が「違う」などと否定することができよう。科学も人間が行うものである以上、絶対ということはあるまい。

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ああ、寒い。昨晩の嵐が去って、ようやく午後から陽が差してきた。だが、団地の壁は男の行く手に陰を落とし、冬のてつく空気は容赦なく体の中心を突き刺す。

ふと、臙脂色えんじいろのブロック舗装の上に、褐色かっしょくの枯葉が勝手気ままに飛んできた。男はいらつきながら素早く右足を前に出し、道に居座いすわる枯葉を踏みつけた。パリッと乾いた音がただ聞こえた。

理不尽の洪水はいったい何を運んでいるのだろうか。見えない川底に、いつわりでにごった灰色の雪が降り積もるのならば、きっといつか氾濫はんらんする。

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男はようやく迷路を抜け、街外まちはずれの高台に出た。視界がひらけると、凜凜りんりんとした寒空さむぞらが広がっていた。眼下には戸建こだての住宅がせわしなく並び、三角屋根の方々ほうぼうが夕焼けの光に照らされていた。

男はそこで歩みを止めた。息をのむほどに美しい赤雲あかぐもが見え、その色の世界に吸い込まれそうになったからだ。

*****

まさかと思った。今、真っ白な鳩が視界を横切ったように感じた。慌てて目で追いかけると、やはりどうみても鳩に違いはない。ただ、その姿は雪よりも白い。あまりにも白い。その白さを見て、男は思わず笑った。

白い鳩は笑う男を見下ろすように、しばしあざけて旋回すると、そのまま暮れゆくあかねの空へと消えていった。

おそらくこの瞬間、あの白い鳩を見た者は他にいないだろう。それはまぼろしだと言われても返す言葉は見つからない。だけれども、白い鳩はたしかに空を飛んでいた。いつの日かわざわい終焉しゅうえんを知らせに戻ってくるに違いない。濁った灰色の雪もきっと溶ける。

*****

師走しわすの日没は早い。街の明かりがともり始めた。よい西空にしぞらひとつ星ひとつぼしが誇らしげに輝いていた。

「あれ、金星じゃない?」

人の声がしてハッと男は振りかえる。小さな男の子が母親の手を握り、無邪気むじゃきに見上げて話しかけていた。

「先生がね。今日の西の空に見える1番星は金星だって言ってたんだよ!」

*****

母親がく。

「サンタさんには何をお願いするの?」

「あのね、僕、赤いスーパーカーのラジコンが欲しいんだ。もうサンタさんにはお願いしたもん!」

男の子は続ける。

「ねえ、ママ」

「なあに?」

「僕ね、去年のクリスマスイブの夜、鈴の音が聞こえたんだよ。夜、寝ていたらね、サンタさんの鈴の音がたしかに聞こえたんだよ!」









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原井浮世
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