駐車場のネコはアクビをしながら〜「H2」の最終話における、「夏色」は誰に向けられた歌なのか〜

夏が終わるような気がした深夜4時。
青春の半券を握りしめたまま、飲み会とカラオケを終えた僕たちは、24時間営業のラーメン屋へと足を運ぶ。

ずっと、こんな夏が続けばいいのに、なんてことは、毎年、思って、毎年、忘れる。
今年の夏は、海にも行けなかったし、花火を見ることもなかったし、ビアガーデンにも行かなかったし、沖縄旅行にも行かなかった。
去年の夏と比べると、ただ、エアコンの効いた部屋でゴロゴロとしてるだけに思えて、また一歩、つまらない階段を登ってしまったような気がしてしまう。
だから、決めていたのだ。
せめて、最後に夏らしいことをしようと。
そう、あだち充漫画「H2」を読み直すということを。

あだち漫画の最高傑作はと言われると、やはり、「H2」なんだと思う。もちろん、「ラフ」は気持ちいいぐらいにムダを排除して、最高級のラブコメを展開するし、いやいや、「タッチ」以外ないだろと、言う人もいるだろうし、でも、やっぱり「H2」がどうしようもなく最高すぎるのだ。

そんな「H2」のラストの解釈は未だに賛否両論だし、数々の考察をネットで見る機会も多い。
英雄との勝負に勝った比呂がひかりとくっつかないこと、突如として空気になってしまうような春華の存在、2人のヒーローとヒロイン、そんな「H2」を読み直して、思うのは、恋という一方通行な思いの切なさだ。

ヒーローになる前からずっと一緒だった、ひかり。
ヒーローになってからずっと一緒だった、春華。
この2人のヒロインはあまりにも対極に描かれている。
ひかりは、従来のあだちヒロイン、ツン要素、高スペック、幼馴染という、まさに当時、ヒロイン界の王道たるキャラクターだ。
たいして、春華は、素直、高スペックだけど、どこか抜けている、代打ヒロイン。という、これはどちらかというと現代の漫画コンテンツにおけるキャラクターだと言える。
いつのまにか、幼馴染は終わったコンテンツと呼ばれているわけで、空から降ってくる女の子や、異世界少女には敵いやしない、当時では、圧倒的に強かった幼馴染ヒロイン、ひかり。というかあだち作品における、幼馴染は圧倒的な強さを誇るのに、今作では、主人公、国見比呂とくっつくこともない、ある意味あだち作品では異色のラストだ。

ただ、明確に、春華と比呂がくっつくシーンも描かれることもないが、屈指の名シーンである。
「I love you ちがうか?発音。」

「ううん。」

の時点で、比呂は春華に対して、告白をしていると捉えれるし、そこから付き合ってる描写が描かれていないだけで、お互いが両思いであるのは明白だ。

だからこそ、この作品を初めて読んだときから、ずっと疑問を持っていたのは、最終話で国見比呂が歌うゆずの「夏色」は誰に対して向けられた歌なのかという部分だ。

明るいメロディとほんの少し、夏の思い出が匂ってくるような歌詞、夏色に出てくる、男女は付き合っているのか、そして、この歌は別れの歌なのか、まず、ゆずの夏色を紐解く必要がある。

駐車場のネコはアクビをしながら
今日も一日を過ごしてゆく
何も変わらない 穏やかな街並み
みんな夏が来たって浮かれ気分なのに
君は一人さえない顔してるネ
そうだ君に見せたい物があるんだ
大きな五時半の夕やけ 子供の頃と同じように
海も空も雲も僕等でさえも 染めてゆくから…

by 「夏色」

もう、この歌詞、完全に2人は幼馴染というわけですよ、そう、比呂とひかりの関係をそっくりそのまま歌っているわけでありまして、チビで子どもぽい、比呂がちょっと大人ぽくなったひかりがさえない顔をしてると、「ちょっと、見せたいものがあるんだ」って、海に映る夕日を見に行ったわけですよね、きっと。多分、小学校6年生ぐらいのときに、なんならそこの海岸で比呂が転んで頭に傷でも作ったりしちゃったわけですよね。うんうん。

この長い長い下り坂を 君を自転車の後ろに乗せて
ブレーキいっぱい握りしめて ゆっくりゆっくり下ってく

by 「夏色」
で、このサビがですね、比呂はできてないんですよ、多分。ひかりに身長が追いついた頃には、もう英雄と付き合ってて、2人の恋仲はブレーキいっぱい握りしめて ゆっくりゆっくり下ってくわけですよ。
でも、きっとこのサビを歌っているとき、ふと頭の中にそんな、来ることがなかった、運命をこそっと浮かべて、比呂は歌ってると思うと、なんだか、とっても切なく思えるわけで。

休日でみんなもゴロゴロしてるのに
君はずいぶん忙しい顔をしてるネ
そうだいつかのあの場所へ行こう
真夏の夜の波の音は不思議な程心静かになる
少しだけ全て忘れて波の音の中 包みこまれてゆく
この細い細いうら道を抜けて
誰もいない大きな夜の海見ながら
線香花火に二人で ゆっくりゆっくり火をつける

by 「夏色」

2番なんか、潰れちゃった空き地だったりだとか、そんないろんな思い出がふっと出てくる。あのとき、的当てに使ってた壁も、いつもキャッチボールを付き合ってくれてたひかりも、そう初恋だったんだ。遅れてやってきた初恋。少しだけ、ひかりにふさわしくなった比呂は、もう1人のヒーローに勝てないことを察して、身を引いてしまう。

いつか君の泪がこぼれおちそうになったら
何もしてあげられないけど 少しでもそばにいるよ…

by 「夏色」

お母さんが亡くなったときですら、人前で涙を見せない強いひかりも、比呂の前では、泣いてしまう。そして、一方通行の恋は終着して、終わりのない愛へと変わっていく。

この長い長い下り坂を君を自転車の後ろに乗せて
ブレーキいっぱい握りしめて ゆっくりゆっくり下ってく
ゆっくりゆっくり下ってく
ゆっくりゆっくり下ってく

by 「夏色」

下り坂をゆっくり下るのは、多分、きっと背中に当たっている温もりを、すこしでも長く感じたかったから。

あのとき、甲子園のマウンドで、英雄を三振に取ることで、試合には勝ったけど、恋愛の勝負はやはり負けてた。
もしかしたら、打たれていたら、ひかりは比呂になびいたのかもしれない。
でも、そんな展開は、野球の神様も、ラブコメの神様も許さない。
ホームラン性の当たり、空には強く吹く風。
切れるボールはファール。
最後はスライダー、逃げるように投げたはずの球は、渾身のストレート。
空を切るバット。

「あんな球……二度と投げられねぇよ」

そう、この瞬間に、比呂はひかりへの思いを完結させた。逃げるということではなく。まっすぐに向き合って、完結させた。
だからこそ、思い出の人となった彼女に、もうそこにはいない、ひかりに「夏色」を歌ったのだ。

「本当にうれしかったのね。今日の勝利」
「あ、そうだね」

春華が言ったことに何かを察したように同意する野田。
比呂とひかり、そんな2人をずっと見ていた野田だけが、この歌を誰に向けられた歌か知っている。

君を自転車の後ろに乗せること、もう叶わないんだろうけど、そんな夏色の思い出を胸に、国見比呂は、高校3年生、最後のマウンド、甲子園決勝戦へのバスに乗り込む。

描かれることのない決勝戦。
そりゃそうだ。2人のヒーローと2人のヒロインの恋物語は終わっても、人生は続いていく。もうこれ以上あだち充が描く必要はない。

そんな、風に乗せて、紙飛行機は飛んでいく。

きっと、そこには、大リーグに挑戦する、国見比呂と古賀春華が乗っているのだろう。

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