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シストレのススメ第6回 トレードする市場を選定する

ストラテジーを作る正しいプロセスは、期待値、標準偏差、トレード数の目標値を決めた後に、どの市場(もしくはどのアセット)でトレードするか決めることです。しかし一般にはそうではなく、市場ありきでストラテジーを決めてしまいます。全く悪いというわけではないのですが、正しいプロセスを知っておくことが重要です。

例を挙げると、市場を東証1部の大型銘柄と決め付けてしまうと高利回りを実現することが難しくなってしまいます。逆に暗号通貨をアセットと決め付けてしまうと運用成績の安定(=低σ)を実現することが難しくなってしまいます。

この章では本来あるべきプロセスである、第2章で導出したストラテジーの要件(期待値、標準偏差、トレード数)からトレードする市場(アセット)を選定する方法について説明します。


1.市場の母集団とサンプル

トレードする市場(アセット)を選定するためには、その市場の性質をよく理解しておく必要があります。市場の性質を定量化するためには、まず母集団を定義しサンプルを集めなければなりません。

ここで母集団の定義は、以下のようにアセットの種類と保有期間、新規建て・決済条件を固定したリターンとします。スキャやデイトレの場合は保有期間を短く、スイングの場合は保有期間を長く設定します。

母集団の例)東証1部全銘柄の2000年~2018年における日次リターン
 ri=(当日終値-前日終値)÷前日終値×100[%] (東証1部全銘柄)


2.市場の性質を定量化する

市場の性質を把握するためには、サンプルに対する基本統計量を分析します。以下は最も基本的な日経平均の前日比のヒストグラムと基本統計量です。

ここで4つの基本統計量の意味は、以下の通りです。

1次モーメント:いわゆる平均値です。分布の中心傾向を示す尺度となります。健全な株式相場は右肩上がりに成長しているため、若干プラスの値となります。どちらかへ偏っていた場合、そちら側のトレードが有利となります。

2次モーメント:いわゆる標準偏差です。2次モーメントは1次モーメント周りの分布のバラツキを示します。東証1部などは小さく、新興市場は大きくなります。収益のばらつきに影響します。

3次モーメント:歪度と呼びます。3次モーメントは1次モーメントに対する左右の対称度を示します。歪度が正の場合、「急に上がり、ダラダラ下げるような値動き」が多いことを意味します。歪度が負の場合はその逆となります。即ち、「コツコツ上昇した後、急落するような値動き」が多いことを意味します。歪度とトレードスタイルとの関係は非常に重要となります。一般的にポジティブスキューはトレンドフォロー寄り、ネガティブスキューはカウンタートレンド寄りの相場と言われます。

4次モーメント:尖度と呼びます。4次モーメントはリターンの分布が正規分布に対してどれだけ尖っているかを示します。尖度が正であれば中心が尖り裾野が長くなるファットテールな分布となります。尖度が負であれば中心が丸く裾野も短い分布全体がまとまった形状となります。尖度はトレンドとレンジの比率を示し、フィナンシャルデータの分布の殆どは正となります。これは「市場の値動きの8割は2割の期間で発生する」という格言を示しています。

基本統計量を確認するだけでもどのようなストラテジーが有望そうであるか、当たりを付けることができます。


3.市場による特性の違い

以下はTOPIX100の大型銘柄とJASDAQ銘柄の日次リターンヒストグラムおよび統計量です。市場が異なると標準偏差や歪度が全く異なることが分かります。

TOPIX100銘柄に対して新興市場銘柄は、以下のことが読み取れます。
・標準偏差が大きい、即ちリターンのバラツキが大きい
・歪度が大きい、即ち急騰後にダラダラ下がることが多い(仕手株)
・尖度が大きい、即ち普段の値動きは小さいがイベントにより激しく動く


4.ストラテジーの要件と市場の性質を照合する

以下、市場の選定が重要であることを説明します。システムトレードとは、「母集団の持つ分布(ここでは市場分布と呼ぶことにします)に対して投資指標を用いて新たに分布(トレード分布と呼ぶことにします)を再抽出すること」です。当然ながらどのような投資指標を使っても元々の母集団の分布を変化させるということはできません。従って元々の市場分布から逸脱するようなトレード分布を得ることはできません。ストラテジーの検討を始める前に、所望の期待成長率E、標準偏差σ、トレード数Nについて、対象市場が適合しているか調査を行うべきです。

以下に、ある市場分布に対して期待値1.0%、標準偏差5.0%(SR=0.2)の目標分布、期待値0.5%、標準偏差2.5%(SR=0.2)のトレード分布を書き込んだ図を示します。これを見ると前者はどう考えても実現性はなく、市場選定の時点で間違っていることに気付くでしょう。


5.トレードに有利な市場

ここまでに市場の性質を分析してきましたが、更に重要なテクニックとして「プロファイル毎に観察する」ことが挙げられます。プロファイルとは以下のようなものがあります。

シーズナリティ:時刻(北米時間、欧州時間など)、曜日、月末月初
マクロ指標  :前日のUS株式市況、国債市況など
財務指標   :時価総額(大型・小型)など
業種     :セクター
値動き    :前日比、20日騰落率など

このような観点からサンプルを分割して統計量を観察すると、大きく特徴のあるグループを発見できることがあります。


以下はBTC-FX(bitFlyer)の1時間足リターンのヒストグラムです。これをプロファイル毎に分けて観察します。今回挙動を確認したプロファイルとは「直近18時間の騰落率」です。
プロファイル毎に観察すると、歪度の値がプロファイルで大きく変化していることが分かります。特に18H騰落率が負の場合は、視覚的にも分かるほどポジティブスキューになっており、この分布の歪みがトレンドフォローの収益に大きく貢献した可能性があります。このように特徴的な分布の発見がストラテジーの収益へ繋がる場合があります。


ここまでに述べたとおり市場の性質を確認して選定することは、単に収益の目標値を達成しやすくするだけでなく、市場の性質と合致した堅牢なストラテジーの構築を実現することが可能となります。

ここまでに市場の選定が完了したため、次はようやくストラテジー構築プロセスの花形である、「投資指標」を使って市場分布からトレード分布を抽出する過程に移ります。ここで、どのような投資指標が有利か「指標の持つ能力」を定義する必要が出てきます。これが投資指標の能力を示す「情報係数(スキル)」と相場の逸脱状況を示す「スコア」の概念であり、アクティブ運用の基本的な考え方(つまり利益の源泉)となるのです。

次章では、アクティブ運用がどのようにして今日の理論まで成熟したのか、その歴史を紐解きます。