note_箱根駅伝

続く物語としての箱根駅伝

2019年の箱根駅伝が終わって2週間。
当日の写真や報道記事などでしばらく賑わっていた私の駅伝用Twitterアカウントも、すっかりいつもの静けさとなってしまいました。

寂しい…。今年は、「#箱根ロス」というハッシュタグもかなり盛り上がったようですが、今の私はまさに箱根ロス。

でも、そんな情報量が少ない時こそ、積極的に発信をして、興味を持ってもらい、陸上長距離観戦の裾野を広げたい!そんな勝手な使命感の元に、noteを書いていこうと思います。

さて、駅伝は基本的にテレビ観戦をメインにしている私。2区手前の第一京浜まで徒歩圏内に住んでいた2年前までは、最終10区は第一京浜沿いにある友人宅前で応援するのも恒例行事ではありましたが、選手が通らない間は、友人の家のテレビを見せてもらっていました。

目の前をものすごいスピードで駆け抜けていく選手の生身感と勝負のリアリティも捨てがたいのですが、やはり私は2日間に起こるストーリーをできるだけ漏らさず見ていきたいという思いが強いのです。それが、テレビ観戦(+ラジオ)を選ぶ最大の理由です。

そんなテレビ観戦派の私ですが、今年はアメリカ居住で一時帰国もしなかったため、リアルタイムでの観戦は諦めていました。IT力のある夫のおかげで、復路の後半はかなり途切れながらもネット観戦することができたものの、今回は基本的にネットの速報とTwitter頼み。

その後、YouTubeで往路・復路の動画をチェックし、関連動画やニュースなどをチェックし、ようやく今年の箱根駅伝観戦はひと段落したところです。

でも、今年「リアルタイムで見られない」ために「当日も事後も情報を貪欲に探す」ことをした結果、自分がどんな風に箱根駅伝を楽しんでいるか、ということがわかってきました。

私の箱根駅伝の楽しみ方、それは「続く物語」であるところにポイントがあったのです。

例えば1区。
各校がエースを惜しみなく配置してくる中で、私が一番注目していたのは、関東学生連合チームの近藤秀一選手(こんどう しゅういち、東京大)でした。近藤選手は3年次だった昨年も連合チームにエントリーし、1区を走ることが決まっていたものの、インフルエンザ罹患により当日メンバーを外れた、という経歴を持つ選手です。

健康管理も含めての実力という見方もあるでしょうが、各大学から一人ずつという特殊なチームの中で、取材対応など他のチームであれば担当者がいるような仕事も引き受け、学業・競技と並行してこなしていたという近藤選手。その負担を想像すると、「仕方ない」とはとても思えなかった昨年1月2日の記憶は、1年後の今もしっかりと覚えています。

4年生となった今年が、近藤選手にとって最後のチャンス。学生連合チームに選抜され、1区を走ることが濃厚という報道を見るたびに、「今年は無事スタートラインに立てますように」と、勝手に身内のような感覚で祈っていました。

ちなみに近藤選手、今年も学生連合の広報担当として大活躍。箱根1週間前の12月25日から、自身のTwitterアカウントで学生連合チームのメンバー紹介などと一緒にカウントダウンをしてくれていました。(関東学生連合のアカウントがないから、メンバーで自発的にやっていたそう。)

今年は無事、1月2日の朝、大手町に立ち、スターターとして走った近藤選手。途中から集団についていけず22番目に鶴見に到着、という結果は本人にとって納得のいくものではなかったかもしれません。

でも、箱根常連校のような生活面でのサポートがほとんどないような中で、主体的にトレーニングをし、自炊(で栄養管理)をし、予選会で結果を残して箱根の舞台に立ち、走りきった姿は、きっとずっと私の記憶に残っていくと思います。

昨年から続く物語として、彼の走りを見られたことが、私の1区ハイライトでした。

そして、これから続いていく彼の物語にも注目!
4月からGMOアスリーツに所属する予定の近藤選手。
このGMOアスリーツには、彼と同じ静岡出身、同い年で、高校時代に切磋琢磨してきた、青山学院大OBの下田選手(✳︎)が昨年入っているのですよね。
高校は違ったものの、県駅伝などで競い合って近藤選手と下田選手が、実業団の同じチームになり、お互い刺激しあって活躍する姿を楽しみにしているのです。

✳︎下田 裕太(しもだ ゆうた)選手
青山学院時代、2年〜4年の3年間、箱根駅伝8区を走り、3年連続区間賞。2年次に出た東京マラソンで、マラソン10代最速記録を更新。オタクランナーとしても有名(褒め言葉)な、通称・下田P


そして、1区でもうひとつ私の記憶に残ったもの。
2年連続で1区区間賞を獲得した選手のお話です。

昨年、2018年の箱根駅伝。
1年生で重要区間の1区を任され、他校のそうそうたる猛者たちの駆け引きにも負けず、六郷橋付近からスパートをしてそのままトップで鶴見中継所に飛び込む。
実にドラマチックな箱根駅伝デビューを飾ったのが、東洋大の西山和弥(にしやま かずや)選手でした。

その年の日本インカレで、10000メートルの日本人トップ(全体3位)に輝くなど、箱根前からすでにルーキーとして注目を集めていたものの、1年生で1区の区間賞を獲得したのは、昨年マラソン日本記録を塗り替えた、大迫傑選手(早稲田OB・ナイキオレゴンプロジェクト)以来ということからもわかるように、簡単なことではありません。

注目が集まる中、渡辺康幸さん(1号車解説、住友電工陸上競技部監督・元早稲田大学監督)や、ちょうどゲスト解説だった大迫選手も絶賛するようなフォームで駆け抜け、笑顔でゴールに飛び込んだその姿は、本当に印象的でした。

余談ですが、この2018年の箱根駅伝1区では、1区の集団の横をずっとアンパンマンの形をした目立つ車が、ずっと並走していたことでも注目でした。西山選手が頬を赤くして走る姿とシンクロしていたのも話題になってたのも懐かしい思い出。

さらに印象的だったのが、ゴール直後の彼の様子が、とても無邪気で1年生らしかったこと。競る覚悟で前に出てきたら、他の人がついてこなくて、そのまま1位で来れちゃった、というような意味のことを、迎えてくれたチームメイトと興奮気味に話している映像を見て、なんて元気で勢いのある1年生なんだ、という印象が強烈に残ったのが、その後ずっと気になっていた理由のひとつでもあります。

そんな華々しいデビューがあっての2年目。
彼の続きの物語をワクワクと、そしてちょっとドキドキと(東海大を応援していたので強力なライバル校の主力という目線で)、待っていたのですが、出雲駅伝、全日本大学駅伝という箱根の前哨戦は、彼にとって苦しい戦いとなっていました。

出雲駅伝は2区で区間3位、東洋大学は総合2位
全日本大学駅伝は2区で区間14位、東洋大学は総合3位

打倒青学を掲げて挑んだ東洋大学でしたが、東洋大・酒井監督の言葉を借りると、「両駅伝で、東洋大学は一度も青山学院の前を走っていない」という結果となりました。この結果に対して、「自分の走りのせいだ。」と自身を責めたという西山選手のエピソードが、箱根駅伝解説の中で何度も出てきましたが、その話を聞かずとも、彼がそう感じるであろうことは、ただの駅伝ファンの私でも容易に想像がつくことです。

「箱根は彼らしい走りが見られますように。」
そんな思いでスクロールをし続けたTwitterで「1区区間賞:東洋大 西山」の文字を見たときには、またまた身内のような気分で、喜びと安堵感に包まれたものです。(本当に「お前は誰なんだ!」と自分でもツッコミを入れたくなるほどに…)

箱根1区には、「読売新聞本社前をスタートして、最初のコーナーを先頭で曲がった選手が区間賞」というジンクスがあります。西山選手は昨年このコーナーをトップで曲がり、見事区間賞だったわけですが…

今年もまた、トップでコーナーを曲がっていました!
彼がこのジンクスを知っているのか、知っていたとして意識してトップを取りに行ったのか、それはわかりませんが、最初の勢いとともに彼の強い意志のようなものを勝手に感じてしまった私です。

2年目の区間賞インタビューでは、昨年よりずっと大人びた受け答えをしていた西山選手。秋の不調を乗り越えて、箱根で結果を出し、これからもっともっと強くなっていくだろう、そんな予感をさせてくれる姿でした。
あと2年、彼がどんな続きの物語を見せてくれるのか、勝手身内気分でまだまだ楽しみにしています。

さらりと書くつもりが、気づけば3000文字を超えてしまった「続く物語としての箱根駅伝」。しかもまだ1区…。

熱量は保ちつつ、文字量は考えつつ、2区以降も綴っていきたいと思いますので、お付き合いいただければ嬉しいです!
そして、スポーツ観戦の選択肢として「陸上長距離」を!

明日は、都道府県対抗男子駅伝(天皇杯 第24回全国男子駅伝)がありますよ〜!
箱根のヒーローも、箱根から世界を目指す実業団のヒーローも、箱根を目指す若者たちも走るという、実に贅沢な駅伝!ぜひ!

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行動のふり返りと思考の言語化がライフワーク。ベンチャー企業での技術リサーチ&ライター(医療・介護分野)という複業フリーランスで働き方を模索する二児の母。お茶と陸上競技観戦について語りたい。
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