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【208】この輝かしい才能:ピアニスト藤田真央さんの「チャイコススキーピアノ協奏曲第1番」「モーツァルトピアノ協奏曲第24番」「ラヴェル亡き王女のためのパヴァーヌ」まるで「ピアノの森」のカイ君を思わせる自由な伸びやかさ 2024.5.29


1 藤田真央さんのチャイコススキー ピアノ協奏曲第1番

 先日、ユーチューブを見ていてこの動画を見つけ、この曲が好きだったのでちょっとだけのつもりで覗いてみて、結局最後まで聴き通してしまいました。 

 まだ少年としか思えないこのピアニストは何かのコンクールでの演奏のようなのに緊張の色が全く見えず、音楽が好きで好きで、ピアノを弾けることが楽しくてたまらないという様子で、むしろ無邪気というような無防備な表情で音楽に没入しきってピアノを弾いているのでした。

 しかし、その音楽は外見からは想像できないほど堂々としたもので、圧倒的なテクニックに支えられた自由で力強く繊細なダイナミズム、その美しい音色は心を奪い、テンポの自在な伸縮が音楽の表情を鮮やかに映し出していて、次に何が出てくるか期待させ、そしてそれを越えてくるスリリングで、しかもそれはわざとらしさのない正統的なやむにやまない心の表白であるのでした。
 こんなに面白い魅力的なこの曲の演奏は他に聴いたことがありません。
 過去の名演を思い出してもそれらに一歩も譲らない魅力を持った演奏だと思いました。

 この動画は第1楽章だけだったので慌てて続きを探しました。
 
 その過程で分かったことは、これは2019年のチャイコフスキー国際コンクールのファイナルで第2位を受賞したときのもので、この時藤田真央さんは若干20歳だったのでした。

 探し当てたのが下のリンクで、コンクールの決勝戦で真央さんが弾いた、チャイコフスキーのPC1番と、ラフマニノフのPC3番が全曲収められています。
Replay - TCH16 Competition - medici.tv

2 第27回クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールでのモーツァルトピアノ協奏曲第24番、2017年18歳の演奏

 調べてみると真央さんは先ほどのチャイコフスキーコンクールの2年前の2017年に行われた第27回クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで18歳のときに優勝しているのでした。

 そのとき決勝で弾いたのが、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番でした。
 下に示したリンクの上は真央さんの協奏曲の部分だけを抜き出したもの。
 下の動画は決勝戦全体、3人のファイナリストの演奏、それから表彰式の模様などのすべてを収録したものです。

 下の決勝戦全体の動画を見ると、真央さんの音楽が審査員や観客に支持され愛されていることがよくわかりました。
 司会者の質問にとまどう18歳の真央さんの初々しい姿なども見られて幸せで得した気持ちになります。

 決勝戦でのモーツァルトピアノ協奏曲第24番の演奏

 決勝戦3人のファイナリストを含む全体の模様

 このモーツァルトの演奏は、18歳の時点ですでに素晴らしいです。
 この曲がこんなに面白かったなんて初めて知りました。

3 「蜜蜂と遠雷」と「ピアノの森」

  藤田真央さんは2019年に映画化された恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」において主人公 風間塵のピアノ演奏を担当したそうです。
 国際ピアノコンクールを舞台に、4人の天才ピアニストたちの戦いや成長を描いたこの作品の主人公の演奏に真央さんを起用したのはよい目の付け所だったと思います。

 けれど実は、私は真央さんは一色まことさんの青年漫画「ピアノの森」の主人公である 一之瀬海(カイ)君の方にそっくりだと思ったのでした。

 「蜜蜂と遠雷」と「ピアノの森」は、どちらも国際ピアノコンクールを目指す若き天才ピアニスト達の青春群像を描いた物語で、そのストーリーや設定が酷似していると一時話題になりました。
 私は先に「ピアノの森」の方を読み、その後で「蜜蜂と遠雷」を読みましたが、どちらがより面白くて感動的だったかをいうならば、直木賞と本屋大賞をダブル受賞した「蜜蜂と遠雷」よりも「ピアノの森」の方が圧倒的に上だったと感じています。

 1998年より連載開始された「ピアノの森」が休載や掲載紙廃刊などの紆余曲折を乗り越えてついに完結したのが2015年のことでした。
 一方の「蜜蜂と遠雷」が出版されたのは2016年9月でその後なのです。
 
 恩田陸さんはとても好きな作家さんなのですが、類似の仕方が偶然とは思えないほどで、「ピアノの森」の存在を知ったうえで、これを書いたのだとしたら、ちょっと何なのだろうと疑問を感じます。恩田さんの言葉を聞きたいものだと思います。
 といっても独立して読めばどちらも面白いのですからこの話はここまでにしましょう。

「ピアノの森」を知ったのは温泉に行ったときに休憩室の漫画コーナーに並んでいたのを手に取ったのが始めでしたが、主人公カイ君の弾くピアノの音楽、それを絵と言葉で本当にその場で聴いているかのように思わせてしまう一色まことさんの表現力の臨場感には驚かされました。

 カイ君の弾くピアノがどんなものかというと、作中では、このように言っています。

ショパンコンクールファイナルで、カイの直前に、最大のライバルのピアニストが圧倒的に完璧で凄すぎるピアノを弾いて満場を沸かせます。
 その演奏を聴いての友人たちの会話ですが
「カイ君がこの演奏に勝てる勝算はあるのだろうか?」
「ないかも・・・  でも勝つ必要もないわよ」
「えっ?」
「カイのピアノは順位なんて付ける意味がないもの!」
「えっ?」
「何て言えばいいのかな  カイのピアノを聴くと・・とにかくあたしは最高に幸せな気分になれるの!  だから順位なんてバカバカしいのよ」

そしてカイの演奏するショパンのPC1番を聴いて、ライバルは思うのです。
「どうして・・
 どうしてこのピアノは心に響くんだろう!?
 どうしてこんなにも遠慮なく・・  人の心の中に入ってくるんだ!?」 
「どんどんヤツのピアノの世界に引き込まれてゆく・・
 まるで身体から魂が抜けだして・・ 今自分がどこにいるかもわからなくなる」

 第3楽章コーダに入り、カイはピアノのパートが終わったあとも弾き止めずにオケの後奏と一緒に和音を弾いてオケと一緒に曲のラストを迎えるのです。

 読んでいるときには何か本当に頭の中にこの演奏が響いているかのように錯覚してしまうのでしたが、実際どんな演奏なのでしょう。

 藤田真央さんの演奏スタイルは自由で伸びやかで、すっと人の心に入り込んで真央さんのピアノの世界に引き込んでいく点、何よりも聴く者の心を幸せにする点で、カイ君の演奏スタイルにとてもよく似ているように感じて、聴いたときにああこの演奏は知っているという懐かしさを感じたのでした。

 真央さんは今までの所ショパンはあまり取り上げていないようですが、 いつの日かショパンのPC1番を聴ける日を楽しみにしています。

4 亡き王女のためのパヴァーヌ

 もう一つ、ピアノ独奏曲を紹介します。
 ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」です。

 この美しい曲を私は本当に好きでどこかで書こうと思っていました。
 この曲はピアノだけでなく色々な楽器やオーケストラで様々な形で数限りない演奏が為されています。
 この中からベストな演奏を見つけ出したいというのが長年の私の願いだったのですが、今回、真央さんが演奏しているのを見つけてしまい、聴き通したときに、私の探索はここで終わったのかもしれないと思ったのでした。
 なんて心に沁み入る美しい演奏なのでしょう。
 この曲の詳細は別稿にする予定です。

5 モーツァルトピアノソナタ第16番からアンダンテ

 当初書く予定外だったのですが、今ユーチューブで「亡き王女」を確認し終えたときに引き続いて流れてきたこの曲。
 なんてチャーミングで幸せな幸福感溢れるピアノなのでしょう。一瞬で虜になってしまいました。

6 あとがき

ということで、藤田真央さんの演奏について書きました。 

 私はベートーベンやブルックナーなどロマン派の交響曲を聴くことが多く、真央さんの存在を先日まで恥ずかしながら知らなかったのですが、こんな人が居たんだとびっくりしました。
 
 ヴァイオリンの吉村ひまりさんといい、世界に誇る天才が同時に二人も日本に生まれたことは奇跡のようで嬉しい限りです。

 お二人とも今後さらに大きく真直ぐに育って行って欲しいものと心より願います。

 真央さん情報について補足ですが、1998年11月28日生まれで今年25歳です。
 デビューアルバムが2013年11月26日の14歳の時にリリースされていることからして、すでにその頃からその才能が認められていたことが解ります。

藤田真央デビューアルバム 

 真央さんの世界での活躍は前述のように、
 2017年、弱冠18歳で第27回クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール優勝。併せて「青年批評家賞」「聴衆賞」「現代曲賞」の特別賞を受賞。
 2019年のチャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞し、審査員や聴衆から熱狂的に支持され世界の注目を集めました。

 その後は、次々と世界の舞台に招かれ、2022年にリリースした<モーツァルト:ピアノ・ソナタ全曲集>は、ドイツのクラシック音楽界で最も権威のある賞のひとつ、オーパス・クラシック賞2023にてYoung Artist of the Yearに選出されています。
 同賞の受賞は近年の目覚ましい活躍と、将来を嘱望されるピアニストとしての世界各地で高まる評価を裏付けたもので、今世界でも最も注目されるピアニストの一人であることは間違いありません。

詳しくは下記真央さんの公式HPをご覧ください。

 また長い記事になってすみません。お付き合い有難うございました。

7 補足 マリア・ジョアン・ピレシュさんのこと 2024.6.26

 最近になってマリア・ジョアン・ピレシュさんのことを知り、下の記事を書きました。

【221】音楽が溢れて零れ落ちるドビュッシーの「アラベスク第1番」「月の光」:マリア・ジョアン・ピレシュさんのピアノは何て素敵なんだろう 2024.6.23|宇治海鳳:すべての美しいもの、笑えるものに目がないあなたへ (note.com)

 一旦は引退をした後にステージに復帰されたピレシュさんはこの演奏をしたとき75歳でした。
 
 若さ溢れる、怖いものなしの自由奔放な藤田真央さんの演奏の楽しさ、
 一方でその対極とも言える長い長い期間の不断の努力によって到達したピレシュさんの崇高ともいえる澄み切った音楽世界の境地。

 この演奏を聴きながら私は、音楽の幅広さ不思議さを考えていました。

 真央さんが好きな方、是非是非ピレシュさんの演奏も聴いてみてください。 

 


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