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宇宙工学技術者として研究者から英国スタートアップ企業へ

氏名:荻 芳郎(おぎよしろう)
職業:英国Oxford Space Systems・シニアメカニカルエンジニア

 イギリスは宇宙開発を重要な成長産業の一つとみなしており,ロンドンから電車とバスで1時間ほどのところにあるHarwellキャンパスにはSpace Cluster という名で様々な宇宙関連企業や研究機関が集まっています.私が勤務しているOxford Space Systemsは2013年創業の比較的若い宇宙機器開発企業です.じつはイギリスに来る前は日本の大学で研究職をやっていました.どういうつながりでここにいるのか,これからお話ししますが,まずは専門分野である宇宙構造物工学・展開構造物について紹介したいと思います.

宇宙構造物工学?展開構造物?

 なにがしかのモノを作ることになった場合,軽くて丈夫であることが大方よしとされるというのは誰でも賛同できると思います.人工衛星やアンテナ等の搭載機器において,それは必須要求であり,ロケット打ち上げ時の加速度・振動に加え,修理しに行くことが容易ではない宇宙空間の過酷な環境に耐えられるものを作るのは容易なことではありません.それでも,地上の空間制約や重力から解放されるフロンティアでは新しいアイデアが尊重される風潮があり,モノ作りとして宇宙構造物は大きな魅力といえるでしょうか.

 宇宙構造物の特有形態であり,私の海外転職のキーワードにもなっているものとして,打ち上げ時は小さく収納しておき,軌道上で大きな構造物に変形する「展開構造物」というものがあります.折り畳み傘のようなパラボラアンテナが分かりやすい例かと思います.展開構造物は大きな研究分野です.日本も数多くの先進技術の実績を残していますし,伝統文化である折り紙が海外では「Origami」として展開構造物の原理に用いられているのもすばらしいことです.ちなみに,博士課程の研究テーマは「スピン衛星のスピン軸方向に伸展する棒状アンテナの挙動推定」でした.構造的には似ている巻き尺が5 m伸びているのを想像してみてください.これを衛星に載せるため地上で開発するには重力の影響が強すぎます.この研究の価値をなんとなく分かっていただけますでしょうか?

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博士課程在学中の研究室に飾ってあった可変形状骨組み構造(Variable Geometry Truss)

海外就職への道筋?

 さて,イギリスに来る前までのキャリアをざっと説明すると,大学修士卒業後に日本のプラントエンジニアリング企業に5年間勤務,退職後に宇宙航空研究開発機構(JAXA)・宇宙科学研究所にて博士課程学生,博士号取得後に航空宇宙とは他専攻の建築工学の大学助教・特任講師をしていました.一貫性が無いようにも感じられますが,学問も開発プロジェクトも好きであったこと,また成長願望のようなものが,その時その時の決断を後押ししていたのだと自分では納得しています.いっぽうで博士課程在学中,学内での海外派遣留学制度を利用して米国バージニア工科大学で3か月間研究留学しました.生活面での苦労や喜びはもちろん経験しましたが,研究成果を残して帰国するつもりが,ほとんど何も残せずに帰国してきた悔しさのような心残りが海外就職の動機の一つになったのかもしれません.

千載一遇

 Oxford Space Systemsに就職する機会を得ることができたのは,たまたま日本で技術紹介のプレゼンした創業者兼CEO(当時)への直談判でした.当時,自分は大学の特任講師で任期満了に向けて転職活動中でした.正直言うといくつか日本国内の大学のポストに申し込んだもののだめで,なぜか「それならば」という気持ちで,海外で宇宙開発エンジニアになれる方法を探すようになりました.ただ,海外で働くことは就労ビザの問題や雇用側が取るリスクから現実には簡単ではありません.今はソーシャルネットワーキングが就職転職ツールとして普及しているから話は違うかもしれませんが,知り合いもいない海外の雇用先に日本から連絡しても相手にされない場合がほとんどでしょう.

 そのような状況での宇宙展開構造物をビジネスにしている会社のプレゼンです.

 彼は小さなワークショップの後に大きな会議と2日に分けてプレゼンしていました.大企業でもないので名刺交換だけしておいてよく下調べし,後日コンタクトを取るという方法もあったかもしれません.ですが1日目のプレゼンを聞いた後で「直接話をする機会はもう来ない」と思って採用依頼を決断し,2日目のプレゼン直後にお願いしに行ったのを今でも覚えています.そこからは時間はかかりましたがすんなりと話は進みました.

渡英して5年 ~ そしてこれから

 以上,渡英就職前までの話しかしませんでしたが,イギリスに移住してもう5年が経ちました.海外で働き始めるのに適した年齢があるか分かりませんが,私は博士課程に加え前職がのべ10年以上あるので遅い方だと思います.実際,社内では年齢が平均より上ですし,自分の適応性の遅さを感じることもあります.ただ,自分が追求してきた研究テーマがスタートアップ企業の必要技術と合致したことが採用の直接要因と思いますし,働いてみると日本で蓄積した知識・経験が強みとして活用できるのを実感することが多々あります.いつの日か日本に完全帰国することがあるとは思いますが,キャリアとしてしばらく続けていくのは悪くないと思っています.


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