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学問の街ボストンで創薬研究を駆け抜ける

宍戸英樹
所属:Cystic Fibrosis Foundation(CFF)
職業:米国民間企業の創薬研究者
役職:Scientist I
専門:創薬研究、希少疾患、Assay Development, High-Throughput Screening (HTS), タンパク質の構造解析

今のご職業に就くと決めた時期は?

 ここでは現職についてではなく、なぜアメリカで研究者になりたいと思ったかについて話したいと思います。私は中高一貫教育の創価学園に在学していたときに、「いつか海外、できればアメリカで研究者として成功したい」と夢見るようなりました。そう思うようになったのには、3つのきっかけがありました。一つ目は、在学中に海外の大学教員の講演を何度か拝聴する機会があり、日本ではなく世界という大きな視野をもつようになったこと。二つ目は、仲の良かった同級生10人くらいがアメリカの大学や大学院に進学したこと。三つ目は、休み時間の楽しみの一つが「図書館で科学雑誌のNewtonを読むこと」だったことです。当時は折しも2000年代の前半で、遺伝子治療や再生医療そして人工臓器など非現実的で夢物語のような内容をNewton誌から学び、驚きと同時にとても感銘を受けました。高校では化学と物理を選択し、生物は履修してなかったのですが、これからは医療に関する研究だと思い、今の職業である生物系の研究者になりたいと思いました。
 できれば研究の本場であるアメリカで大学進学をしたかったのですが、高額な学費等を考慮し、創価大学で博士号取得後にポスドク研究員としてアメリカ挑戦をすることにしました。私がポスドク先として選んだのはアメリカ西海岸ポートランド市にあるOregon Health & Science University(OHSU)医学部のスカッチ研究室でした。研究室主宰者のDr.スカッチとはコネも面識もなく、さらに研究分野も博士課程の内容と異なっていましたが、幸いなことに約100人の応募の中からオファーを得ることができました。これが私がアメリカで働く第一歩でした。

今のご職業に就くためにどう動きましたか?就職に成功した秘訣は?

 日本ではあまり主流ではありませんが、アメリカでは博士号取得者の多くは民間企業に就職します。とくに製薬企業の博士号取得者の給料は高く、とても魅力的です。一方、日本で主流のアカデミック分野に就職する博士号取得者は、アメリカでは約7%しかいません。その大きな理由の一つは、アメリカのアカデミックは日本以上に競争が激しいからだと思います。私がこれまで得てきた知見によると、アメリカでテニュアトラック採用のAssistant Professor以上の職を得るには、NIHグラントであるR01やK99などの大型研究費を獲得するか、超有名科学雑誌でたくさん論文を発表して、傑出した実績をつくる必要があります。私の当初の目標はアメリカで研究室を運営することでした。そのためにK99の獲得を目指していたのですが、ポスドクとして2年が過ぎたころ、K99の申請資格である博士号取得後4年以内のうちに、研究費獲得に必要な実績(複数の傑出した論文)を積むことが難しいとわかり、キャリアパスの変更を余儀なくしました。ちょうどそのときに、研究室主宰者のDr.スカッチが私の現所属企業であるCFFにヘッドハンティングされました。CFFの本社はワシントンDCエリアですが、創薬研究所がボストン近郊にあったので、私は「これが次の道だ」と思い、Dr.スカッチに懇願して今の職に就くことができました。通常は複数回、そして10人くらいと面接を重ねてやっとオファーをもらえるのですが、私の場合はポスドク時のメンターであるDr.スカッチがCFFのSenior Vice Presidentだったこと、また数年前から何度かCFFの研究所のメンバーと個人的に親交を深めていたこと(学会で仲良くなって、バーに一緒に行くとかです)、そしてポスドク時の研究内容が創薬開発だったことが決め手となり、幸いなことに面接なしで就職が決まりました。私が見聞きした感じですと、アカデミックと民間企業の研究職のキャリアパスは完全に異なっており、民間企業で働きたいのであれば博士号取得者後できるだけ早く就職活動を始めたほうがいいと思います。長くてもポスドク2-3年くらいが望ましいと思います(私は4年間もポスドクしたのでかなり長い方です)。長くアカデミックにいると、そのぶん民間企業での採用を勝ち取るのがどんどん難しくなります。これはアカデミックと民間企業では研究に対する考え方や進め方が全く異なることが一つの理由だと思います。

他の進路と比べて迷ったりしましたか?

 当初の目標はアメリカで研究室を運営することだったので、民間企業の研究員になることには、やはり迷いがありました。しかしなぜそもそもアメリカで研究室を運営したかったかというと、「社会の役に立つような革新性がある研究がしたかったからだ」ということを思い出しました。実はそのような研究は創薬分野の民間企業でも行われています。しかもアカデミックよりも患者により近い立ち位置で、そして社会に直接還元するかたちで研究をすることができるので、今ではこの選択をしてよかったと思っています。また現職で働き始めてわかったのですが、実は民間企業の方がアカデミックよりも研究に費やせる時間がはるかに多いと思います。まず研究費の申請書作成をしなくてもいいのがとても大きいです。チームでプロジェクトを進めているので、研究費関連は専門の職種の人が行います。OHSUに所属していたときのDr.スカッチは、週末も含め常に研究費の申請書作成に追われ、さらに研究費の審査員長としてもNIHを頻繁に訪れ、学部会議に時間を取られ、なんとか時間を作ってやっとポスドクの研究進捗状況の確認と論文の手直しをするといった感じで、本当に忙しそうでした。私が思い描いていた教授職とアメリカの実際の教授職はあまりにも異なっていましたので、自分の一番やりたいことは、実は民間企業の創薬開発研究員なのだとわかりました。したがって今は本当に現職に転職して良かったと思います。

今のご職業を含め、生活の満足度は?やりがい?夢?

 アメリカに来て約10年。今はとても充実した毎日を送っております。コロナ禍に伴うリモートワーク開始を機に、夫婦でランニングの趣味をはじめました。共働きなので、子供が起きる前の早朝に交代で走ります。この7月に初めてのハーフマラソンを1時間51分で走り、10月には初マラソン4時間切りに挑戦します。子供たちも私たちに感化され、先日地元の子供ランニング大会に参加して1マイルを走りました。家族全員健康でメリハリある生活を送れることに幸せを感じております。また私たちが住んでる地域は、全米でトップレベルの教育水準であり、さらにボストンエリアは世界で一番製薬会社が多い地域なので、家族を持つ研究者としてボストンエリアは最適な地域だと思います。
 現在の仕事にやりがいと充実感を感じているので、当面は今の会社にいる予定ですが、Assay DevelopmentとHTSに特化した創薬研究者として業績を重ねた結果、ここ数年は様々な製薬会社から仕事のお話をいただくようになりました。この業界は2-5年で転職してステップアップするのが当たり前なので、私も数年以内にキャリアアップ目的の転職をしたいと思っております。このキャリアプランについては、上司にも伝えており、応援してくれてます。夢はいつか自分のスタートアップ企業を立ち上げることです。そのためにも今は様々な会社で働いて力をつける段階だと思っております。
 実はポスドク時代から約10年一緒に働いてきたDr.スカッチが今年でリタイア(定年退職)します。彼と出会ったおかげで現在の私があると言っても過言ではありません。またその他にもこれまで本当に多くの素晴らしい出会いがあり、様々なところで助けていただきました。この場を借りて皆様に御礼申し上げます。



宍戸さんの創薬研究に関する記事はGazette4号でお読みいただけます。イントロを少しだけご紹介します。

   希少疾患の創薬研究―アメリカの民間企業で働いてみて―
今年Nature Communicationsに発表しました、致死性の遺伝子疾患として欧米においてよく知られている嚢胞性線維症(cystic fibrosis)に関する新しい知見をこの場を借りて紹介させていただきます。オープンアクセスなので、ぜひ、原著論文(DOI: 10.1038/s41467-020-18101-8)も読んでください。嚢胞性線維症の新薬開発がどのように始まったのか、そして、私が渡米してからの8年間の話も合わせて紹介したいと思います。
新しい新薬開発モデル
嚢胞性線維症の患者は、現在、アメリカに3万人以上、世界に7万人以上います。白人に多い遺伝子疾患で、出生直後から様々な臓器に症状を認めます。特に肺において粘り気の強い分泌物が細い気道をふさぎ、慢性的な細菌感染症や炎症を起こし、肺機能の低下により死にいたることが多い病気です。1950年代は平均寿命が10歳以下でしたが、抗生物質をはじめとする対処療法の進歩により、1990年代には20代後半まで延びました。しかし、嚢胞性線維症の疾患原因タンパク質であるCystic Fibrosis Transmembrane conductance Regulator(CFTR)に直接作用する薬がなく、最終的には肺移植に頼るしかないため、嚢胞性線維症は、不治の病と考えられていました。
新規創薬ターゲット「新生鎖」
タンパク質の異常構造が原因となる疾患は多くあり、「タンパク質ミスフォールディング病」と総称されます。代表的な病気として、アルツハイマー病、パーキンソン病、嚢胞性線維症があります。嚢胞性線維症など多くのタンパク質ミスフォールディング病は、遺伝子変異によるタンパク質の「折り畳みの誤り(ミスフォールディング)」が原因となります。タンパク質の異常構造が、リボソームによるタンパク質合成の最中に起こる(新生鎖の時点で異常構造となる)のか、それとも、生合成後リボソームから引き離された後に引き起こされるのか、確認されていませんでした。CFTRの構造異常を修復することで嚢胞性線維症に効果のある、Trikaftaの成分TezacaftorやOrkambiの成分Lumacaftorは、CFTRの生合成中に一時的に存在するCFTRタンパク質の生合成中間体に作用すると考えられています。したがって、タンパク質の異常構造が起こるメカニズムの解明は、創薬研究にとってとても重要となります。タンパク質の生合成中間体である新生鎖は、リボソーム、生合成速度、細胞内の分子密集、シャペロン分子など多くの因子によって影響を受け、生合成の最中に構造を何度も変化させるため、タンパク質の生合成中間体の研究はとても複雑で実験的に難度が高いです。私たちの研究室は、タンパク質の生合成中間体を研究する独自の手法を開発し、Nature姉妹紙やCell姉妹紙に多くの論文を発表し、今回の論文の前段階研究として私が関わった研究結果を2015年にScience誌に掲載することができました。以下、私たちが実験的に初めて示した「リボソームから生合成される最中のタンパク質の構造中間体に与える遺伝子変異の影響」について紹介します。
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全文はGazette4号でどうぞお読みください。


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