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「もうふるさとは100%元に戻らない」元町長が語る 故郷が放射能で汚染されるという現実

 福島県南相馬市小高(おだか)地区の自宅に、江井績(えねい・いさお)さん(74)を訪ねて話を聞いた。江井さんは、2006年に市町村合併するまで、小高町の町長を2期6年勤めた同町最後の町長である。地元高校を卒業後、18歳で町役場に就職し、54歳で助役になり、そのあと町長に当選した。江井さんの自宅は福島第一原発から北17キロの地点にあった。

 私が江井さんに話を聞こうと思った理由はいくつかある。

⑴江井さんのふるさとである「小高地区」は、南相馬市の中でも福島第一原発に最も近い南端部であり、全域が20キロ圏内の「警戒区域」に入った。住民約一万二千八百人が強制避難させられた。沿岸部は津波で破壊され、津波を免れた地区も屋内は家具や食器が散乱して大変な状態になったのに、その片付けもできないまま、3月12〜14日ごろには脱出を余儀なくされた。そのまま「立ち入り禁止」が一年間続いた。現在も「家に立ち入りしてもいいが、泊まってはいけない」という「居住制限」あるいは「避難指示解除準備」が続いている。しかし国は2016年春でこの制限を撤回しようとしている。

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(2013年12月13日付福島民報より)

⑵江井さんは東京電力を相手どって住民三百四十四人が2014年12月に起こした集団訴訟の「呼びかけ人」である。その訴訟の内容は少し変わっている。仕事を失ったことへの損害賠償ではなく「ふるさとを失ったことに対する慰謝料一千万円」と「将来避難指示が解除されて三年が経過するまでの月額二十万円」を原告一人ずつに求めている。総額は約60億円である。

 江井さんは、その人生を故郷・小高に捧げた人といえるだろう。また行政を職業として熟知する人ともいえる。その人が、どうして訴訟を提起するまでに決断したのか。「ふるさとを失ったことに対する慰謝料」の「ふるさとを失う」とは具体的にどういうことを指すのだろうか。除染が進んでもふるさとは戻らないのだろうか。元町長という立場も、原発事故の放射能汚染がどういうふうに地域を破壊するのか、住民がどんな気持ちでいるのか、話を聞く相手として信頼に足るのではないか。そんな風に思った(インタビューは2015年11月)。

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