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記紀物語:「神を畏み、神を祀る」

神を畏(かしこ)み、神を祀(まつ)る

第10代・崇神天皇は、天神(あまつかみ)地祇(くにつかみ)を篤く敬われた天皇でした。

崇神天皇の御即位5年目、国内に疫病が流行して民の大半が死に絶えようとしました。年を跨(また)いでも不穏な世情は収まらず、人々は土地を離れてさすらい、反乱を起こす者まで出ます。
天皇は朝な夕な政務に励み、神々に祈られました。また、アマテラスオオミカミとヤマトノオオクニタマノカミの神威を畏れ、それまで御殿の内で祀っていた二神を皇女らに託し、それぞれ外で別に祀ることとされました。

それでも治まらない国を愁(うれ)えた天皇は、この災異を神からの咎めと考え、御即位7年目の春に占いをおこないました。すると、オオモノヌシノカミの神託が下ります。
天皇はその教えに従ってオオモノヌシノカミを祀りましたが、それでも効験は現れませんでした。そこで今度はさらに身を清めて祈ると、夢のなかにオオモノヌシノカミが現れました。神は、自らをオオタタネコに祀らせれば祟りは鎮まり、国も安泰だろうと仰(おお)せられたのです。

天皇は国中に使いを出し、オオタタネコという人物を河内(かわち)(現在の大阪府)に捜し出されました。詳しく問えば、オオモノヌシノカミの子孫というではありませんか。
その冬、天皇はオオタタネコを三輪山のオオモノヌシノカミを祀る祭主とされました。さらにヤマトノオオクニタマノカミや八十万(やそよろず)の神々を祀り、天神と地祇を祀る社を定められると、ようやく疫病は終息して国は平穏を取り戻したのです。

翌年、皆は三輪山の社殿で宴を催して祝ったということです。

そして現代――

日本には現在、宗教法人としてだけでも8万社以上の「神社」があります。それらは地域の氏子や崇敬する人々に守られながら、神職によって祭祀がおこなわれ続けています。
こうした神々を祀る場所は、古くは自然のなかでした。次第に臨時に建物が設けられるようになり、時代を経るなかで恒常的な社殿が建てられていって、今のような祭祀をおこなう「神社」になったと考えられています。

崇神天皇はその名のとおり、ひたすら神を崇められた天皇でした。その御代の出来事として「記紀」に伝わるひとつが、現在の奈良県桜井市に鎮座する大神(おおみわ)神社に関する伝説です。
『古事記』はさらに、三輪山の大物主神と活玉依毘売(いくたまよりびめ)という美しい姫の恋物語として、意富多多泥古(おおたたねこ)の出自を語っています。

その他にも、さまざまな神社の由緒が「記紀」には見ることが叶います。また、「記紀」には現れないそれ以外の何万という神社にも、その歴史や伝承が1社ごとにあることでしょう。
そうしたものは、どれも歴史のどこかの段階でそこに生きた人々が偉大な存在を神と崇めたということ、そしてそのお祀りが今に続いているということの証なのではないでしょうか。

ちなみにの解説(または参考としての裏話)

オオタタネコは、『日本書紀』では大物主神の子とされますが、『古事記』では玄孫(大物主神から数えて5代目)とされています。
「記紀」の両説を折衷する『記紀物語』では、「オオモノヌシノカミの子孫」に留めるまでとしました。

崇神天皇の御代の疫病に関する件は『日本書紀』の方がより詳しく描かれており、『古事記』はダイジェストのようになっています。オオタタネコ捜索のきっかけも、『古事記』で夢を見るのは天皇だけですが、『日本書紀』ではその年の秋に同じような夢を他に3人も見たことで確信が持たれます。
見つけ出される土地も、『古事記』は河内の美努村(みののむら)、『日本書紀』は茅渟県(ちぬのあがた)の陶邑(すえむら)と異なっていますが、いずれも河内国に相当する場所と考えられるため、本文のようにしています。

『日本書紀』には、大物主神の神託を得る際に神が憑依した倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)が、その神の妻となったという「三輪山伝説」が語られています。
大物主神との神婚譚という部分が共通しているためか『古事記』で描かれる活玉依毘売の「三輪山伝説」と一部混同されることもありますが、内容はまったく異なる説話です。

ちなみに、現在8万社以上ある「神社」とは、あくまでも宗教法人の数として文化庁の統計に反映されている数字となります。
伊勢の神宮のように、1件の宗教法人に複数の「神社」が含まれていることは多く、またそもそも宗教法人格を持たない「神社」もあることから、実際に信仰の対象として拝まれている神社の数を把握することは難しいので、このような表現となっています。
一方、宗教法人格が残されていても存在の実態がつかめない神社もあるようですが。

※『記紀物語』のテキストは自由に使っていただけます。凡例などはこちらをご覧ください。

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操觚の人(writer, editor)です。歴史とか神社とか、日本のアレコレが主な領域。顕名・匿名さまざまに、時々駄文を世間へお示ししています。Twitterは@gengakuya_san。ひっそりブログも運用中(https://pedantry.hatenablog.jp)。

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