僕の最悪な足


僕は意を決してその店の自動ドアをくぐった。犯罪を犯すわけではないのに、まるで犯罪者のような心境だった。
知り合いに見られるわけにはいかなかった。そのために縁もゆかりもないこの土地にあるこの店を選んだのだから。
断っておくが、この店は、やましい店ではない。看板には、「足つぼマッサージ」の文字がオレンジ色に点滅している。
ただ、倫理的に僕はこの店に来るべきではない。僕と足つぼマッサージは、正反対というか、正反対ではないな、ヘビとマングースというか、スマホと水というか、とにかく不穏な関係なのだ。
そう、僕の足は殺人的に臭い。
自動ドアの音を聞きつけて、奥から店員さんが出てくる。僕は心の中で謝った。この人が今回の犠牲者か。
前回行ったお店で僕を担当した人は、とても人当たりの良いおじさんだったが、途中から露骨に目を閉じ、最後は濡れたハンカチを口に当て、火事場で煙に巻かれた人のように赤い目で僕をにらんでいた。


「イラッシャイマセー!」

お店の人は中国人の青年だった。

「私の名前はチンです!!ヨロシクデス!」と満面の笑みを見せ、「そこのイスに座ってクツを脱いで待ってクダサイネ!」と店の奥に消えていった。


僕は足が臭い、それなのにか、そのせいか僕は足つぼマッサージを定期的に受けないと体がだるくてしょうがないのだ。店の奥からチンさんの鼻歌が聞こえる。僕の知らない中国のポップスだった。


僕はイスに腰を下ろし、心の中で謝罪してから両足の靴を脱いた。
「中国四千年のワザをお見せするアルヨ!」

チンさんは、光沢のある赤地に金の龍が刺繍された民族衣装に着替えていた。さらに、カンフーのステップのような足運びで私に近づくと足を手に取った。
いや、手に取ることはできなかった。チンさんは足に触れる直前で透明人間にアッパーカットでもされたかのように「ガッ!」と頭をのけぞらし、2、3歩後ずさった。
チンさんが、鼻と口を押え、最愛の恋人がスパイだった時にするような目で僕を見つめる。


「え?今の足の匂いですか?マジっすか??」

チンさんの口から、流暢な日本語が流れ落ちた。


「いやあ、ちょっと、ごめんなさい。無理だ。俺、お客さんの気分盛り上げるために。本場中国の人の振りをしてたんですけど。ちょっと、無理だ。一瞬で心が折られた」


チンさんはただの日本人だった。
「これは逆に臭いって言わないと失礼だ。そんなレベルで臭い」

チンさん、というか元チンさんは僕の足から目を逸らさずに喋っている。
確かに、今日の僕の足はいつにもまして臭い。僕は足つぼマッサージを諦めて、立ち上がろうとした。


「待ってください。これは試練だ!自分今まで全部中途半端だったんです。この店だけは成功させるって、親にも約束してるんで。最後までやります!自分横山っていいます。横山たもつです!」

チンさん改め横山さんはそういうと、鼻の穴にティッシュを詰め込んで、私の足を掴んだ。横山さんの親指がブルブル震えながら、私の足の裏にめり込んでいく。

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