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第5回.場を整えるということ

1.「場を整える」とはどういうことか

プロジェクトは多様な個性が集まる場
プロジェクトとして進めるということは、多様なメンバーが関わってくるということです。
そこには「アイデア創造」に関わったことがあるかどうかといった経験値の差もあれば、引っ込み思案な人・社交的な人・思ったことをすぐに口に出す人・じっくり考える人といった個性による差もあるでしょう。

5回①

そのような差異を活かすため、アイデア創造の場で多用されるのがワークショップです。

ワークショップやファシリテーションに関する著書を多く執筆されている中野民夫氏は、ワークショップについて以下のように仰っています。

・ワークショップに先生はいない
・「お客さん」でいることはできない
・初めから決まった答えなどない
・頭が動き、体も動く
・交流と笑いがある
(『ワークショップ-新しい学びと創造の場』p.13)

ワークショップは一方的に誰かが指導するものではなく、参加者が主体となってその場に参画することが必要なのです。
そしてそこには、冒頭にも書いた通り多様な人々が集います。その多様な価値観がまじりあうからこそ、様々な化学反応が生まれ、結果として創造性が生み出されるのです。

中野氏は「『お客さん』でいることはできない」と言います。とは言え、前述したとおりそれぞれのメンバーで得手、不得手があります。発言が苦手な人が意見を出せなかったり、声の大きな人の意見に左右されてしまっては、せっかくの創造の場が活かされているとは言えません。

そこで大切なのは、各々が能力を発揮できるように「安心して参加できる場」が整っているかどうかです。

2.「安心して参加できる場」とは

安心に関わる要素
突然ですが、みなさんは思ったことを躊躇せず発言できますか?
「いつでも問題なくできる!」という人、「気心の知れたメンバー内なら」という人、「自分の答えに自信がある場合は大丈夫」という人など様々でしょう。

よくワークショップに必要な要素として「安心・安全な場であること」が挙げられます。
ここでいう「安心・安全」とは”みんなが同じで仲良し”ということではありません。お互いが尊重されているということです。上下関係のようなものが持ち込まれたり、否定・批判をされないということが原則です。
お互いの意見が尊重される場であれば、遠慮することなく発言でき対話も活発に行われます。

これはアイデア創造においても同じこと。
前述したとおり、創造性に「差異」は大歓迎です!そして「差異」が現れる個々人の発言・発表も大歓迎。その発言が、誰かのアイデアにつながるかもしれません。せっかくのひらめきを埋もれさせてしまってはもったいないんです。

いつでも、各々の能力を最大限発揮してもらうためには、「自分の思ったことを自由に発言してもいいんだ」と思ってもらえること、そのために不安を感じさせない・否定されることはないと伝えること、はとても重要な要素となります。

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しかしながら、「ここは安心・安全な場ですよ」と宣言すれば参加者がそう感じてくれる、といった単純なものではありません。宣言することももちろん大事ですが、参加者の状況に応じて場を整えるという臨機応変さが必要になります。
今回、先生方が「安心安全」な場に整えていくシーンが沢山見られたので、いくつかご紹介したいと思います。


3.「状況に合わせた臨機応変なリード」で不安を払拭

まず先生が振れ幅を示す
アイデアブレストはニーズの構造化で出てきたテーマに対して、各々が商品やソリューションにつながるようなアイデアを出していくワークです。

5回②

このワークは私たちUCI Lab.は不参加だったため、現場に配置された固定カメラの動画を後日観察しました。デザイン学科の学生さんたちですので、さぞやアイデアが飛び交っていることだろうと思って見ていたのですが、序盤はなかなか動きがみられません。
「アイデアってどんなものを出せばよいの?」「こんなレベルのアイデアかと思われたらどうしよう」と牽制しあっているようにも見えます。
そんな時、最初に動いたのは櫛先生でした。「例えばこんなのどう?」と自らのアイデアを共有されました。

後のインタビューでも
「ファシリテートしている側が『例えば…』『逆に…』とあえてはずした例を挙げたりするとすすむ気がする。最初は教員二人で(アイデアを)出していて、そのうち学生たちがついてくる感じ。スタートダッシュは遅い。だんだん『こういうのはありですかね?』と出してくる。みんなプロではないので仕方ない。」
とおっしゃっていました。

場を動かすために、まず先生が率先して例を示す。ただし、先生の例がアイデアの枠を狭めてしまったり、ハードルを上げてしまってはいけません。どの程度まで遊んだ(はずした)アイデアを出してよいのか、アイデア自体の精度(作り込み)はどのくらいラフでよいのか、絵のクオリティはどのくらいを求められているのか。学生たち(参加者)が考える際の指標となり、かつ「だったら自分もできる!」とメンタル面の枠組みを緩ませる絶妙な例を出す必要があります。つまり櫛先生は参加者の状況に目配せしながら、臨機応変に対応をしていくということを行っていたのです。

コメント力で場を活性化
『アイデアブレスト』は、テーマに基づくブレインストーミングなので、面白ければ何でも良いというわけではありません。アイデアが拡がっていくことが望まれます。アイデアを拡げるといっても言うは易く行うは難し。どうやって場を作っていくのかと見ていると、次のような特徴的な発言が見られました。
「このアイデア面白いね!この部分が良い」「例えば、このアイデアを〇〇したらどうなるかな?」「いいじゃん。だったら〇〇の場合どうなる?

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「このアイデア面白いね」「いいじゃん」とまずは受容することで発表者に自信を持たせます。そのうえで、「〇〇だったら…」とさりげなくアイデアを拡げる方向性も示していたのです。すると、みんな次の方向性が見えるので「だったらこれはどうかな?」とアイデアが活発に出てくるようになりました。

あまりに些細なことで、説明されると当たり前のように感じるかもしれませんが(実は難しくて、影響力も大きい)、状況に合わせた臨機応変なファシリテートが「安心してアイデアを出して良い」場を作り出していた良い事例だと思います。

4.エクササイズで心理的ハードルを下げる

「絵」を描くことへの抵抗感
引き続き、『アイデアブレスト』からの事例です。

今回の場合は、デザイン学科の学生たちなので問題はなさそうでしたが、私たちが仕事でよく見かけるのは「絵」を描くことに心理的な抵抗を示すプロジェクト参加者たちです。

子どものころは無邪気にお絵かきをしていたはずなのに、大人になると上手い・下手という意識が出てきてしまい「私は下手だから…」と描くのをためらう人が多いように感じます。また、真っ白な紙に「絵」を描くこと自体、恐怖を感じる人もいるようです。

でも、アイデアブレストにおける「絵」は精密なものである必要はありません。ここで絵にする目的は、文字でアイデアを説明するより、「絵」で表現されていたほうが直感的に伝わりやすく、その後でアイデアを拡張しやすい側面があるから「絵」を用いているにすぎません。

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…ということを説明しても、やっぱり絵を描くことには抵抗があるのも事実です。畔柳先生が企業に出向いた際も、しばしば絵を描こうとして固まってしまう参加者に直面するそうです。そんな時にはエクササイズが効果的だと教えてくださいました。

例えば『お絵かきスプリント』というエクササイズ。お題をいくつか出してみんなに描いてもらうのですが、時間制限があります。(1個に対して30秒くらい!)

さらに、お題の中には「未来」とか「季節」といった抽象的なものも含むと効果的。それぞれ描く絵が違っても「(上手い下手に関わらず)意外と伝わる」ことがわかると、「絵」を描くことに対するハードルがグッと下がります。

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口で説明しても伝わりにくいことは、エクササイズなどを通じて実体験で感じていただくというのも場を整える工夫なのです。

5.場を整えることの意味とは?

なぜ場を整える必要があるのか?
それは、参加者たちの能力を存分に発揮していただくためです。
そしてそのためには「安心安全な場」であると感じていただく必要があります。
そのような場を整える工夫として今回ご紹介したのは以下の2点です。
・「状況に合わせた臨機応変なリード」で不安感を払拭する
・エクササイズで心理的ハードルを下げる

「安心安全な場」は勝手にできあがるものではありません。
また、今回ご紹介したの場の整え方は一例にすぎません。
その時々の参加者たちの状態に合わせて臨機応変に場を整えていく柔軟さが
アイデア創造の場をよりよいものにしていく大切な要素なのではないでしょうか。
次回は、「メディアを変えるということ」についてご紹介したいと思います。

大石瑶子
UCI Lab.所長補佐(株式会社 YRK  and)。
チーム内では「共感する人」として主に定性調査やワークショップを担当。
■全米・日本NLP協会認定マスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー、ワークショップデザイナー、リフレクションカードファシリテーター

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