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映像のはなし

Keita Uchino

予算が100万あったらどんなMVを作りたい?

そんな質問をされることがたまにあります。

僕らはお金に悩まされてばかりですね。


いつもその質問に上手く答えられないでいます。

というより回答がコロコロと変わってしまうので

まとまった定型文がずっと見当たらないのです。

僕は毎分毎秒つくりたいものがまず前提にあって

それを再現するための手段として

映像がたまたまちょうど良かっただけなんだと思います。

一喜一憂したときに踊りたくなる人もいれば

綺麗な景色と出会っなとき音楽をつくりたくなる人もいます。

それと同じように僕は映像をつくるだけです。

ステーキを眺めていると、何故かお腹が空いてくるみたいなアレと似ています。

僕はつくることをただ続けるだけです。

ひたすら繰り返す。吸うと吐く。



だから予算100万ってのはifのお話でもなんでもなくて

別にお金は100万だろうが1万だろうが

僕は僕のゲームを楽しめれば、それが全てです。

予算は課金アイテムでしかないわけで

プレイヤーの遊び方はそれぞれですから。

別にあなたの質問がナンセンスだなあと言いたいのではなくて

予算がたとえ100万円あっても今と変わらない気がするだけです。

昨日と同じように重たいカメラ機材を担いで街中を走り回って、撮影中にパトカーと遭遇すれば大慌てで場所を変えるような日々が僕にとって素晴らしいのです。

それ以上も以下もない。

僕は幸せなことにお金を理由に作ることに対してなにかを諦めたり、

作品に妥協しなければいけないような仕事をした経験がないので

「予算が100万あればなあ…」とため息をつくことが一度もなかったのです。




すべての価値の本質は体験にあると考えています。

音楽ならLiveで、スポーツなら試合でしょうか。

一瞬が更新され続けていくうえでの緊張感の駆け引き。

映像はその一瞬を切り取って何度も繰り返し再生できるようにするという性質があります。

お互いが水と油のようにも思えるんですが、実はそうでもなくて。

ミュージックビデオにおいては、逆に繰り返し再生することを想定して一瞬を準備する面白さがあります。

ややこしいですね。

どんなに綺麗な桜もやっぱり枯れるじゃないですか。

それを理解すると反射的に写真に納めたくなるというか。

花が枯れるのを見越したうえで、種を植えるということです。

枯れる一瞬をただ撮影することは簡単ですが

陽の向きや時間の経過、その構図全体での木々の並びを熟考したうえで

種をいつどこに埋めるかがディレクションの面白さです。

いつか忘れてしまうからこそ残したいという人の願いが反映されているようで

素敵だな思ったりもします。

映像の価値と体験の価値とはシーソーのようにお互いを作用し合っているのです。


「音楽と映像が相利共生の関係であればいいな」は僕がカメラを握るうえでのコンセプトのひとつです。


ミュージックビデオってとても面白いです。

制約はないけどカルチャーがあってトレンドがある。

ファッションっぽい側面もあるけど、ドキュメントっぽい生々しさもあって、映画やテレビとは別の歪なプロセスを辿っています。

なにより自由でユーモアがあります。

あと映像は非言語表現でありながら、楽曲での歌詞というセクションが言語部分をすこし補っていたりしていてハイブリッドです。

ドラマの台詞とは違う解釈の自由度や、またミュージカルとはまた違うリズムの制限を生かした遊びがあります。


そのうえでやっぱりMVがYouTubeというフォーマットで完結してしまうことが、窮屈だなと感じてしまうのも本音で。

本当は廃墟のプールをそのままスケボーパークに転用したり

廃ホテルをアートギャラリーやポップアップストアとして活用したいなって実は思っていて。

ただ土地の利権問題や実現するための工程を考えると頭が痛いので、

まだしばらく時間がかかりそうです。

大きな資本が必要です。

たくさん勉強をして賢くなって

まっすぐお金を稼いで

社会からの信用を買い取りたいのです。

僕1人で背負える責任を少しずつ大きくしてあげたい。

もちろん独りよがりはなしです。

誰かに頼ることも許せるようになりたいです。

その手段のひとつがミュージックビデオという共同作業です。

すべてその予行演習なのです。


申し訳ないけどたかが100万の札束じゃ、大真面目なスクリーンをぶち破ることはできないでしょう。

最後に。

冒頭の質問に対して今のぼくが思う回答が見つかりました。

時間が経てば、変わる前提です。

もしいま予算が100万あって自由にMVを作るなら

アーティストが会いたいと思う100人に1万ずつ渡してその人と一緒に1日を過ごしてほしいです。

でも会わなくてもいいです。

贈り物とかでも。

恋人でも家族でも卒業アルバムの誰かでもいい。

バトン形式もいいな。

それを映像として記録させてほしい。

1曲を100通りの映像にしましょう。

別にMVは1つじゃなきゃいけないってルールはありません。

使い道の条件はマスクが必要ない場所やモノにしましょう。

しばらくはこう答えようと思います。

時代がそうじゃなくなるときまで。

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Keita Uchino
ミュージックビデオを作って暮らしています。not_120fps