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『八甲田山 4Kデジタルリマスター版』 ひたすら面白い映画に会いたくて 〜94本目〜

 普段カフェなどで過ごしているとき、必要以上にエアコンの風当たりが強い席に座ってしまった経験はないだろうか。私はそういう場合、「寒いなあ」と耐えきれなくなり、その空間から逃げ出してしまいがちだ。

 実は、本作の上映中に私はその席を引いてしまった。よりにもよって、『八甲田山』を観ているときにどうしてこんなにも寒い席を選んでしまったのか。しかし、エンドロールが流れるまでは席を絶対に離れたくない。いや、離れてたまるか。そんな私の中にある熱い映画魂が『八甲田山』との勝負を引き受けた。

 物語が進めば進むほど、目の前の「雪」が私に寒さの追い打ちをかけてくる。私の体感温度は下がるばかりであった。しかし、寒さのおかげか、いつも以上に物語へ没入している自分に気づく。隊員がどんどん脱落していくのを観ていて、まるで自分の仲間が失われていくような悲しみが生まれてきたのだ。そう、私はいつの間にか、4D映画のような体験をしていたのである。その日ほど、『八甲田山』の登場人物たちに共感できた日は恐らくないはずだ。このように本作は、観る者にも「雪」の寒さを体感させてくれる恐ろしい作品であった。

『八甲田山 4Kデジタルリマスター版』

原作 : 新田次郎
脚本 橋本忍
撮影 : 木村大作
監督 森谷司郎

【主な出演者】
徳島大尉 (高倉健)
神田大尉 (北大路欣也)
倉田大尉 (加山雄三)
神田はつ子 (栗原小巻)
徳島妙子 (加賀まり子)
滝口さわ (秋吉久美子)
山田少佐 (三國連太郎)
村山伍長 (緒方拳)
斉藤伍長 (前田吟)
三上少尉 (森田健作)
児島大佐 (丹波哲郎)

                         「白い地獄」

物語の概要

 明治35年(1902年)に 冬の八甲田山で雪中行軍演習をしていた青山連隊が遭難し、210名のうち199名が命を落とす事件が起きた。これを題材にした新田次郎の小説『八甲田山 死の彷徨』を橋本忍×森谷司郎のタッグで映画化。実際に冬の八甲田山でロケを敢行し、3年もの時間をかけて完成させた超大作である。

 高倉健を筆頭に北大路、加山雄三、三國連太郎らの豪華俳優陣が出演しており、1977年には配給収入26億円という当時の日本映画史上最大のヒットを記録した。

 本作は、撮影監督の木村大作監修のもと4Kデジタルリマスター版が制作され、「午前十時の映画祭10」で初上映された。映画館で本作を観れた私は幸運であったとしか言いようがない。4Kリマスターで蘇る冬の八甲田山はまさに「白い地獄」であった…。

本作の魅力

 「雪」って一体何なのだろう?「寒い」とはどういうことか?人間は極限まで追い詰められると、そんなことまで考えてしまうのかと衝撃を受けた。青山第5連隊の隊員たちが、次から次へと雪の上に倒れていくシーンは、とてもじゃないけど見ていられないほど辛かった。何でもかんでも凍ってしまう描写の数々に、こちらの背筋が凍らされたものだ。特に、手袋をしていた手がすっかり凍ってしまって、手袋と手がくっついて離れなくなってしまったシーンなんてトラウマものだ。トイレすら自分1人ではできない状態になるのは本当に恐ろしいよ。

 極限状態の中、昔見た美しい春の景色や夏の情景を幻想として見ている人が多かった。この描写が妙に現実味があって恐ろしかったのだ。私であれば、冬の八甲田山で何を思い浮かべるだろう?やはり、夏の情景を思い浮かべるんじゃないかなと思う。「ミンミンミン」と数多くのセミの声が鳴り響く雲一つない青空が頭上に果てしなく広がっている。そんな、ある夏の情景。考えただけで、暑い気分になってくる風景だ。しかし、寒いときにはこの夏の暑さが恋しくなることが本作を観てよくわかった。

 また、神田大尉の最後のシーンも圧巻であった。吹雪により徐々に姿が見えなくなってしまう神田大尉。しかし、彼は最後まで進軍を続けたのである。最後の最後まで諦めずに進み続ける彼の勇姿は観客の手に深く焼き付けられた。徳島大尉と八甲田山で顔を合わせた場面には感動したなあ。その時の演出がまたたまらなくいいのだ。徳島大尉の涙をカメラのレンズを用いて上手く表現していたのである。これは泣いてしまうよ。ニクい演出であったなあ。

青森第5連隊と弘前第31連隊

 徳島大尉と神田大尉。この2人がそれぞれ率いる弘前第31連隊と青森第5連隊との対比でストーリーは進んでいく。これは観る側にとっても非常にわかりやすいチーム分けであり、なによりもこの対比を通して「雪」の恐ろしさが嫌というほど伝わってきた。

 青森第5連隊に総じて言えることは、「冬の雪山を甘くみすぎていた」。この一言に尽きる。彼らは、冬の雪山行軍訓練を遠足気分で遂行していたのだ。それは、彼らの装備を見ていても一目瞭然であった。この先の彼らには地獄が待っているんだろうなとすぐわかってしまう。

 一方で、徳島大尉率いる弘前第31連隊は自然や周りの人たち (村人たち) へのリスペクトを持ち続け、歩みをゆっくりとではあるが確実に進めていった。このわかりやすい両軍の対比によって、冬の八甲田山の恐ろしさが浮き彫りになってくる。

 死と隣り合わせの危険がある場所へ行くときには、自分自身が念入りに準備をすること、そして、その土地に精通しているプロに案内をしてもらうことが何よりも重要であることがよーくわかったものだ。

私の1番好きな場面

 私の1番好きな場面は、徳島大尉率いる弘前第31連隊の案内役を務めた「可憐な村の女の人」に対して、感謝の意を最大限に込めて敬礼を行うシーン。このシーンに1番グッときた。高倉健の演技が心に沁みる。

 あの案内役の女の人を軍隊の先頭に歩かせたまま次の村へと入っていくところに徳島大尉の人柄がよく現れていて素晴らしかった。村人に対しても傲慢な態度を見せることは一切なく、1人の人間としてリスペクトの気持ちを忘れない。このまっすぐな徳島大尉の行動に胸が熱くなってしまったのだ。

最後に

 本作の撮影自体、非常に過酷な作品であったに違いない。役者陣もすこいが、実際に雪山で撮影したという本作のスタッフ全ての人たちがものすごい。役者陣・撮影スタッフ含めた全員が「もう2度とやりたくない」と思っているんじゃないかな。

 「雪山は危ないぞ」というのは聞いたことがあったが、実際にこうした映像で見せつけられると唖然とするばかりだ。危ないなんて騒ぎじゃない。本作を観てしまうと、雪の登山がしたいという気持ちが1ミリも湧いてこなくなるだろう。もし登ることがあったとしたら、自然の脅威についての知識を蓄え、念入りな準備を忘れずに挑むしかない。山田少佐は、私たちに自然の恐ろしさを見せつけてくれるいい反面教師となってくれた。

参考文献

キネマ旬報社編 (2019)『午前十時の映画祭10-FINAL プログラム』キネマ旬報社

関連作品

新田次郎 (1978) 『八甲田山 死の彷徨』新潮文庫

『日本沈没』(1973)
原作 : 小松左京
脚本 : 橋本忍
監督 : 森谷司郎

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