そもそも世界は・・・1元多現(量子もつれ的)生命宇宙生成から の 未来は 今ここ
私を
もぐって
もぐって
むいていくと
最後に 空っぽ が あいている
その 空 が たましい かもしれない
そこに実体は無いが 死ぬとその空は無くなる
空っぽ は 誰のところにもあって 通じているというか
実は同じ 空 だ
もしかすると背景の 空 とも 通じあっていて
私 は 全 にも通っている
この通路(通じた経絡)があるので
万物は分離はしておらず
波のように たゆたっている
一つ(1元 空としてある一)でありながら
多様(多様に現る 多現)
例えば
僕が赤 で あの子は黄色 父は青で 母は緑 だとして
それぞれ素敵で
同時に 同じ魂(白)がある 同じだけど(空)だから実体は無いんだけど、
その空に、意味はある。
そこを通じて全てが繋がっていて とか
その空のおかげで流れたりできる とか
そこを中心に回ることができる とか
意味がある。
そして 「いのちが私を生きている」というその命は
移り変わり生成し続ける Becoming な動的存在。
器 としての 空 という面では Be-ing でもある。
ちょうど
私 が 移り変わり生成する存在だけど 私 であるがごとく
器 としての 空 かもしれない。
(視覚的には 器は外側 が自然だけど 中心点にあるのは変かもですが)
さて だから何?
すべてが無意識下で繋がっていて相互に影響を与え合っているとするなら
私が変わることで 世界が変わる
私が変容することで 世界が変容する
かもしれない
私というものへの認識が変わることでも 世界が変容するかもしれない
下手な操作は反感を招く これ、武道の道理
最上の武道は 愛の如し
相手が 心を開き 明け渡す
そのくらいの魅力的な私であること
やわらくて ふんわりとして あたたかく キャパ大きく 叡智に満ちている
私が 愛であり 挑戦を見守る力場であること オキシトシン的な空
多様な生成素材が元気なこと ドーパミン的な中身
愛ある 空 であること
あ:空・合・阿・会・荒・上・当・安・昂
わ:環・輪・和
器 通路 道
それが
み:実・身・み(命)・未・魅・満・深・美・弥
を呼ぶのだ
私が そうした 多様な未知の可能性をはらんだ あ・わ であり
多様な み でもある なら
(その あ・わ と み の 創発 でもあるかもしれない)
セルフ・ケア は セカイ・ケア でもある
からだ が 多彩な細胞や微生物の社会でありながら
日々生成しあいながらの 一つの私であるならば
世界や地球 も 多彩な人や生きものや生態系や人工生態系の社会が
日々生成しあいながらの 一つの宇宙であるならば
左手は右手と傷つけ合わないように
共生は基本であって 健全なあり方
競争は遊び
お金は血液で 全身に行き渡り 流れ
ネットワークはデジタルもアナログや気配や直感も含めての量子的な神経
人類 は 守り人として フラットな一員として 遊ぶ
お互いは 鏡 もうひとりの私 ありうべき可能性の私同士
そのステージで
新しい 私たち(人類)が開くだろう
それは未来でなく 今 ここ で少しづつ始まっている。
(量子は排他的でなく同時に在れるから)
まず わたし が 未来 として 生きること