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『牧竜』

 湾曲した杖を突きつけ羊たちの鼻先から進行方向へ差し向ける。先頭のリーダーを誘導すれば羊たちは驚くほどの一体感で曲がりくねる山道を下っていく。ラマの背に揺られながら牧場へ帰りつくと祖父が山鹿のシチューを用意して待ち構えていた。硬いパンと山鹿のシチューはあまり好きではなかったが遠い日の思い出が香辛料となり祖父が骨までしゃぶりながらワインを愉しむ姿を思い出すと笑みがこぼれてしまう。

 羊や妖精と戯れた森から離れ都会へ出て何年が経っただろうか。静まり返った深夜のダイナーでまどろみから覚めると柔らかすぎる白パンと味気ないベーコンのサンドを一気に頬張りテーブルへ代金を置いて[一角獣亭]を後にする。

 夜明け前、約束時間通りに依頼主が桟橋へやってきた。大刀を佩く侍、姿勢の良い忍者、そして、白塗りの武家大名と数名の小姓。今回の旅の目的は、彼らの故郷、異国の地で暴れまわる竜種の名誉ある討伐であるという。

「そこな調教師よ、飛竜はマロが狩るのでうまく誘導せよ」

「私は調教師ではありません。お望み通り動物を屈服させず野生のまま誘い込む《牧羊家》です。お間違いなきよう」

「無礼者ッ」

 侍がいきり立つが忍者が制する。

「娘、この落とし前は業前でつけてもらうぞ」

「よしなに」

 桟橋から竜首船に乗り込み異国へ向かう。さざ波を蹴散らしながら駆ける帆船は一定速度を超えた時点で呪術転移を開始、青い転移ゲートを乗り越えると、そこはすでに異国の地【誉国】である。

 まずは海岸線に待ち構える河童の群れを蹴散らす必要があろう。侍は野太刀を抜きはらい、忍者は手鉤を構え、大名は胸をそり返して威張った。

 私は……まだ特にやることがないので、湾曲した杖を枕にもう少しだけシチューの夢の続きを見よう。つば広帽を顔に乗せ、あちこちに河童の手足や皿が飛び散る中でしばしまどろみ始めた。

【続く】

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