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『オクトローグ 酉島伝法作品集成』(2020年の小説)


『皆勤の徒』を初めて読んだときの気持ちを覚えていますか。

ああ、セスナを何機も孕ませた旅客機が育っている。(皆勤の徒)

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パタン。
「この世界にどう向き合えばよいのか」「目の前で繰り広げられている行為はどういう意味なのか」動揺を覚えいったん本を閉じたのではないかと思います。

その衝撃が八連発できた。

『オクトローグ 酉島伝法作品集成』は、エピソードごとに拡大されていく酉島伝法先生の世界観を感じることができるタフな短編集だ。どれもよく知っている言葉が異なる意味で利用される異化が冴え切っておりセンスオブワンダーを味わうことができるだろう。

環刑錮(SFマガジン2014年4月号初出)
金星の蟲(『夏色の想像力』草原SF文庫、2014年初出)
痕の祀り(SFマガジン2015年6月号初出)
橡(現代詩手帖2015年5月号初出)
ブロッコリー神殿(『別冊文藝春秋』電子版7号初出)
堕天の塔(『BLAME! THE ANTHOLOGY』早川書房、2017年初出)
彗星狩り(小説すばる2017年6月号初出)
クリプトプラズム(本書書き下ろし)

大森望先生の解説が公開されているので、あらかじめワクチンを射っていくのが良いかと思う。橡以降は肉体を失い外宇宙に飛び出した人類あるいは現地生物を描くお馴染みの展開であり、この概念があれば吸収が良くなるだろう。

『環刑錮』は、殺人罪を経て環形動物に変えられた禁固刑を受ける男の物語だ。人体の変容や心理の拡散等はこれまでの作品にも(そしてこれからの作品にも)共通するモチーフだ。執拗に繰り返される食事のシーン、「腑触り」等の心地よい異化効果を楽しむことができる。

『金星の蟲』は印刷工場から始まる非常に暗いトーンの物語である。便秘に悩む男の幻覚と断片的に語られる内容から(妻、エコー検査、排便、人体パーツ)おぼろげに「真実の姿」が見て取れる。あまりにもつらい現実から目を逸らし続けるために「男性妊娠願望」を想起し「金星サナギによる地球人支配」が描かれていく。異化深度が深まるほどあっさりとした現実の不条理さに打ちのめされる男の輪郭が強まっていく。傑作。だが、あまりにもつらい物語だ。

『痕の祀り』は円谷プロへのラブレターになっている。観音めいた巨大生物(ウルトラマン)が排泄する光線の影響を受け、明日も定まらない特殊清掃の仕事に従事する「加賀特掃隊」チームの姿を描く。

『橡』は非常に短い短編となっている。人体ではな代替パーツを利用して現世へ蘇った月の幽霊がコーヒーのにおいで生前を思い起こすというもの。全体を通読して振り返ると共有するモチーフが見えてくる気がする。

『ブロッコリー神殿』は、はるか宇宙遠くへ派遣された調査員と巨大ブロッコリー様生態系の出会いを描くSF作品。スケールの大きな花粉!花粉!発芽!を健全に楽しめるぞ!

『堕天の塔』は延々と塔を上り続ける人々を主人公にしたアクション巨編。どうやら太陽系を貫くほど巨大構造物らしいよ!

『彗星狩り』は外宇宙ロケット生物の子供が彗星を狩り、少しだけ成長する姿を描く児童文学であり、非常に安心して読むことができる。(挿絵も多い)

『クリプトプラズム』は、本書に向けた書下ろし。ここまでの短編を把握していれば世界観の共有はたやすいだろう。無限に枝分かれする精神の分肢識やユニークな感覚共有の言葉が心地よい。

未来へ

酉島伝法先生の世界観拡大はとどまるとことを知らない。やがて集中力を発射して国外へ異星へ外宇宙へ届けられることになるだろう。次の作品にも期待したいと思う。

「金星の蟲」のような異化の要素の薄いホラーめいた話をもっと読みたかったりするので、今後の展開も期待しています。

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