赤い月
Listen to their story 第3話
テーブルの上のスマホが震えている
浮かびあがるメッセージ
「ごめん、今日も遅くなるから・・・」
目をあげると、窓ごしに月が見えた。
赤い月・・・私の心もいまこんな色をしてるんだろうか?
いつからだろう
私は月を見るのが好きだった。
ウサギさんがいるよという大人の言葉に、あれはただの模様だよ、と答えるさめた子供だったが。
それでも月には様々な表情があった。
ある時は青白く高潔で、ある時は黄色く柔らかく、そして今日のように不気味に赤い色を見せる日もある。
そんな様々な表情を見せる姿に憧れていたのかもしれない。
幼い頃から感情の起伏があまり見えない、クールだね、と言われていた。
たぶん生まれながらなのだろう。
親からは愛情をかけられ、普通に幸せな子供時代を送ったと思う。
勉強等もそこそこ出来た私は、手のかからない良い子と褒められながら大きくなった。
自慢じゃないけど、けっこう異性からもてた。たまには同性からも。
好奇心もあり、それなりの関係になった事もあったが・・・それだけだった。
ただ逆に、自分から誰かを特別に好きになった記憶がなかった。歌手や俳優も、いいなと思う人はいても、友人たちほど夢中になった事もない。
もちろん親や友人へ好きという感情はある。
でも、いわゆる「恋」を実感した経験がなかった。
大学に入り、そんな自分に焦りを感じだした頃、所属してたサークルで、気楽につきあえる男子が出来た。
もしかしたらそれが「恋」なのかも、と考えるようになり、その感情を確実なものにしようと、同じ仲良しグループの女子に「彼が好きだ」と言葉にしてみた。
失敗だった。
そのころから、友人らとの関係がギスギスしはじめた。
実は彼は私より、その友人女子の方が好きで、彼女も彼が好きだった、という事実に、そんな状況になり私はようやく気づいた。
私にとっては、彼との関係より、以前のような楽しい関係を失った方が辛かった。
彼への愛は「恋」と呼べるものではなかったと遅まきながら気づいたのだ。
もっと早くに気づくべきだったのに、そこらへんのセンサーがポンコツすぎた。
本当に申し訳ない事をしたと今も思っている。
それからは、そんな失敗がないよう、自分を好きだと言ってくれる相手と付き合う事にしてみた。
好奇心も手伝い、それなりの関係にまで至った事もあった。
でも・・・やはり本当の「恋」には至らず、なんとなくいつも別れていた。
そうしてるうちに気づいた。
相手も「恋」ではなく、容姿や条件とかだけで、私をセレクトしてる場合もある事に。
実際、恋人として付き合っている人たちにも、本当の愛情があるかわからない人達もいるらしい事も。
その人たちは「恋愛のようなこと」を演じ、それで満足しているのだ。
そんな人達をみて、そんな人達が結婚していくのも見て、それもいつか「家族」としての愛に変わっていくのかもしれないな、と思うようにもなった。
私にもそういう道もあるのかもしれない、と。
もちろん結婚をしない、という道もあった。
ただ「恋人はいないの?」「結婚しないの?」という世間からの問いかけがめんどくさかった。
ならいっそ、見合いで自分と同じタイプの男性を見つけ結婚するのが良いかもと思うようになった。
そうして出会ったのが今の夫だ。
彼は家柄もよく、いわゆる誰もがうらやむような条件の男性だった。
私も彼の両親からも気に入られ、縁談はとんとん拍子にすすんだ。
彼はというと・・・私にはいつも優しくしてくれた。
淡々と進んでいく結婚を、ただ微笑みながら受け入れている姿に違和感も感じた、もしかしたら彼も私と同類かなとも感じていた。
だから逆に、彼とならうまくいくかも、家族としての愛を作ることができるかも、と思いはじめていた。
そうして私達は結婚した。
彼は申し分のない夫だった。
私には好きな仕事を続けていいと言ってくれたし、家計もまかせてくれた。
新居も私の好みに合わせ、文句ひとつも言わなかった。
ただ一つ、私を見ていないという点以外は。
彼はいつも私を見てなかった。
視線はこちらに向いていても、遥か彼方に心はあるように感じた。
私を抱いている時さえ・・・。
次第に、彼は家に戻る時間が遅くなっていった。
仕事とか、仲間との飲み会とか、理由は様々だったが。
最初は浮気をしているのかと疑ったが、そうじゃなさそうだった。
ある時、遅く帰って酔ったまま眠ってしまった彼。
手に持っていた携帯をとりあげた時、携帯ケースにはさんであった1枚の紙きれが落ちてきた。
それは折りたたまれた便せんだった。
まるで私に読んで、といわんばかりに落ちてきたのだ。
私はそれを読む衝動を抑える事はできず、ひろげてみた。
そこには青のペンで一言だけ書かれていた。
「さよなら」・・・と。
その時、私はすべてを悟った。
この「さよなら」の相手を、この人はまだ忘れられないのだ。
ずっと今もその人だけ見ているのだ、と。
今日も帰らない彼。
私は灯りもつけず、一人ソファーに座っている。
窓の外には、いつもより大きく月が光っている。
これは嫉妬?
私にも彼にもそういう愛がない事はわかっていたのに?
そう、嫉妬かもしれない。
彼は愛する人が心の中にいる。
でも私には・・・。
愛や恋じゃなくていい。
ただ自分に向き合ってくれる人がいてくれたら、と。
今日の月は赤いよね、と私の声をきいてくれる人、私を見てくれる人にいてほしかった。
その時、赤い月が何かを語りかけているような気がした。
私はうなずき、立ち上がった。
そう、ここにいてはいけない。
私は扉を開き、赤い月を見上げた。
月は明るい、でも自ら光を放ってない。
その光は太陽のものだ。いくら赤くとも太陽の光を映しているだけだ。
私は月にはなれない。
だから歩き出そう・・・明日の夜明けを目指して。
~ Fin ~
~Listen to their story~
その他の人たちの話
・第1話 Love again
・第2話 哀しきBroken Heart
・第3話 赤い月
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