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シンデレラナイト

  今日も彼がいる
  奥のVIPカウンター

  これまでも何度か目があったけど声はかけてこない。
  でも私はあきらめない。
  ちょっと年上だけど、見た目がまず好み!
  もちろんお金持ちそうなのも高評価だけど、優しそうな目元が素敵だから。

  私は今日も踊る
  踊る私がどう見えてるか私は知ってる

  踊らない私もけっこうイケてるって思ってるけど、踊る私はハンパない。
  音が聞こえると身体が自然と動き出す
  身体のすみずみまで、その音楽がしみわたり、私はそれを表現する
  難しい事はわからないけど、たぶん考えるんじゃなく、音に身体が勝手に反応してる感じ?
  みんなそんな私を目で追う。
  男だけじゃない、女の人も。
  その視線がさらに私をハイにして、さらに身体が動いて最高の気分になる。

  音楽がやみ、私は火照った身体を冷やそうとカウンターに向かうと、そっと店の人が近づいてきて耳もとでささやいた。
「あちらの方がお呼びです」
  そっと指さした先にはあの"彼"がいた
  とうとう、声をかけてくれた。
  私は素早く化粧直しをして、彼のいる席に向かった

「どうも」
  私がカウンターの彼の横の席につくと、彼は思った通りの素敵な声で言った。
「やあ・・・何飲む?」
  私がペリエを頼むと
「意外だね、お酒じゃないんだ」
「踊りに来てるから。あなたみたいに毎日飲みに来てない」
  彼の前には、毎度ロックアイスの入った琥珀色の液体。
「僕が毎晩のように来てること、知ってるんだ」
「もちろん、お兄さんが・・・あ、ごめんなさい」
「いいよ、間違いなくかなり君より年上だからね」
「ありがと、いつもこの席でお酒飲んでるの知ってた、お兄さんも私が意識して踊ってるの気づいてたでしょ?」
「まあね、でもなぜ・・・」
「好みのタイプだから」
 私はまわりくどいのが嫌いだ。
「私、優しそうな人が好きだから。だから誘ってたの」
  彼の左手の薬指に指輪があることも、かなり前から気づいていた。

「指輪なんて気にしないし」
  私は言った。
「その人が誰をその時一番好きなのが大切だと思ってる」
「なるほど。僕もそれには同意かな」
   私はペリエのグラスを彼のグラスに軽くぶつける。
「乾杯、話あうね」
「僕も・・・実は好きな人がいるんだけど」
  彼はふざけた調子で私に言った。
「それ、もしかして、わたし?」
  返事をしないまま、彼はグラスをまわし笑っている。
「ごまかすんだ、でも奥さんじゃないよね?」
「なぜ?」
「こんなとこに来ないよね、奥さん本当に好きなら」
「うーん、いや、好きだよ。妻として。美人だし、頭もよくて察しもいい」
「ならなぜいつも家に帰らないの?」
  彼は軽くため息をついた。
「結婚って違うんだよ、どんなに愛していても結婚できないこともある」
    遠い目をして彼はつぶやくように言う。
「君だって、僕と結婚したいわけじゃないんだろ?」
「まあ・・・ね」
   ただ、何かがひっかかった。
「妻もたぶん、僕のことをそんな風に思ってる。愛情の対象としてではなく、結婚のパートナーとして僕を選んだろうな」
「へえ、そうなんだ?」
  わからなくはないけど、なんだかモヤる。
  奥さんをそれほど愛してない、って事は私には好都合なんだけど。
「でも、本当に好きになったら、結婚しなくても一緒にいたい、って思わない?」
「それはそうだけど・・・でももう一番好きだった人は戻って来ないから」
  急に彼の目から微笑みが消えた。
「え? もしかして亡くなったとか?」
  相手が死人なら勝ち目がない。
「いや、彼女は僕の前から消えたんだ・・・サヨナラって手紙だけ残して」
  彼はうつむいた。
「ちょい待って、それってふられたんじゃないの?」
「いや、彼女は僕を愛してた、間違いない」
「だったらなぜ?」
「きっと・・・僕との結婚が難しいって思ったんだろうな・・・だからきっと自分から身を引いたんだと思う」
「それで?」
  私は彼に訊いた。
「お兄さん、どうしたの?」
「だから・・・こういうこと」
  彼は自分の指輪に触れてみせた。
「なるほどね。それであきらめて適当な相手と結婚したって事? で、聞くけど、そのサヨナラした相手の人、どのぐらい探した?連絡とれた」
「いや、誰に聞いても知らないって・・・たぶん僕にも会いたくないだろうなと・・・彼女を傷つけたくなくて、それ以上は探さなかった。それが彼女への思いやりかなって・・・・」
  彼の水割りの氷がカタンと崩れた。

 そして私達の間に沈黙が流れ、やたらとハイテンションな音楽だけがしばらく聞こえていた。
  ペリエの泡がシュワシュワ頬をはじくのを感じながら、私は色々考え、たどりついた考えを口にした。
「つまり・・・お兄さんはそのまま彼女と別れた。探さないのが彼女の為・・・か。それで都合のいい人と結婚することにしたんだ?」
   彼はまたあの柔らかい笑顔に戻っていた。
「やっぱり君は頭もいい子なんだね」
「いや、ぜんぜん。ワタシ頭よくないし」
  私はペリエを飲み干し、そのグラスをドンと彼の前に置いた。
「なぜその好きだった人を探さなかったの? 探さないような人だから、彼女に別れられたんじゃない?」
  彼は突然の私の強い言葉に、ただただ驚いてる。
「私、お兄さんの見た目もだけど、きっと物分かりのいい優しい大人の人なんだろうなって憧れてた。でも物分かりがいいんじゃなくて、ただのアホだよ。根性なしだよ。結婚なんてしなくていいじゃん。好きなら好きで、ちゃんと最後までその人に思いを伝えるべきじゃない? 泥だらけになって追っかけていくべきだよ」
「いや・・・」
「あきらめたならあきらめたで腹くくって、今の結婚相手とちゃんとやればいいじゃん。前の恋人も追いかけず、結婚した人もほったらかしって。結婚相手の人、本当にこんな生活で納得してるの? 彼女の気持ち、ちゃんと聞いたの? いくらなんでもいい加減すぎ!」
彼は、私の顔をポカンとただながめてた。
「ごちそうさま。でも、お兄さんは思ってたほどカッコいい人じゃなかった。じゃあね!」
  彼に私は背を向け、再びダンスフロアに向かった。

  私はまた華やかなライトの中へ舞い戻った。
  見た目いいけど、あの人があれほど自分勝手な人だって思わなかった。
  自分が一番かわいいだけの人なんて最低!
  今日は踊りまくる!
  帰りの時間なんて考えない、誰も送ってくれなくてもいい。
  私は私の足で踊って、私の足で帰ればいい。
  そしていつか、本当に素敵な人に巡り合う。
  そしたら絶対にその人を手に入れる!
  そう、私は王子様をひたすら待つシンデレラじゃないから。

            ~ Fin ~


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その他の人たちの話
第1話 Love again

第2話 哀しきBroken Heart

第3話 赤い月 

第4話 シンデレラナイト

第5話 青いサヨナラ



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