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思考と表現のための言葉

僕は表現の拙さに長年悩まされています。
思いや考えを言葉にして伝える時にどこか欠落を感じてなりません 。

それは完璧を求めているから。
完璧に伝えて完璧に共有したいから。

こういうことが無意識下にあって、会話のスタートがとても遅く、時には無言の時もしばしば…

恐らく僕は双方にとっての完璧なレスポンスがしたいのだと思います。
そんなのできっこないのにね。

だから予備知識のない守備範囲外の会話では、分からない情報の処理で頭がパンクして思考停止に陥ります。
そのためか僕は会話をするより、思いのテキスト化とその推敲の繰り返しをする方が性に合っています。実際、noteを投稿した後も何度か加筆修正をしています。

しかし、人間関係の中心は会話です。ディベートの度にテキスト化をしていたのではお話になりません。(ダブルミーニングだ…!)だからこそ考えるクセをつけなければと思うし、一定の答えを出す練習も必要だとも思います。

要は言葉を知らないのです。
言葉を知らないから欠落感があるし思考停止する。
言葉を知れば予備知識がなかろうと、耳にした言葉の意味から紐付けで予想を立てられる。

会話のため、考えるための言葉を知ろう。
思いを表現する言葉、美しいと感じる言葉、傷つけない言葉etc...

「言語は思考の可能性を規定する」
これは哲学者である國分功一朗さんの言葉です。簡単に言えば、言語は思考を100%表現するためのツールではなくて、思考のためにこそ必要なツールということです。
言われてみればその通りです。思いを100%表現できたら人間関係がどんなに楽かと思う事ばかりです。
100%表現できないから態度や行動にそれを補完する役割が充てられているのだと思います。

総括すると、言葉を知るということは思考の可能性と表現の幅が広がるということでした。何となく今更感のある総括ですが無意識にあったものを意識まで引き上げることに意味はあると思います。どうなんでしょうかフロイト先生。

と、いうことで目下の課題は言葉を知ること。
面白い本があれば教えてください。

最後に、先に引用した國分先生の著書を紹介しておきます。
(以下紹介文)
普段、会話の中で用いられる能動態と受動態の表現は、果たしてその物事を的確に言い得ているだろうか。
「強制的ではないが自発でもなく、自発的ではないが同意している。」
そんな事態はいかに表現すべきか?
それを共通基語まで遡り、「中動態」の概念から追い求める壮大な言語史の物語です。一読あれ。

『中動態の世界‐意志と責任の考古学‐』國分功一朗
2020年5月5日現在、在庫切れのようですが興味のある方には是非読んで頂きたい一冊です!!

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思いの栞
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