時をかける少女と父の話

「時をかける少女を観て、ラベンダーってどんな香りなんだろうと思いを馳せていた、
北海道に旅行して富良野に行こうと思ったのはあの夢のようなラベンダーの香りを嗅いでみたいと思ったからだった。富良野に着いた途端お線香みたいな匂いがして、それがあの”ラベンダー”だと知ってすごくがっかりしたよ。」

亡くなった父は大林宣彦監督の時をかける少女が大好きで、彼の思い出話や嗜好にはよく原田知世が登場した。
「僕はショートカットの女の子が大好きなんだ。時をかける少女の原田知世ちゃんみたいな。ほら、お母さんもショートカットでしょ?」
(それに対し母は「楽だから短くしてるだけだよ」と低い声で返す)

私はといえば古い映画だし、自分の世代的にはモー娘。リメイク版とかアニメ版の「時をかける少女」があるし話が同じなら別に観なくてもいいかなとずっとスルーしていた。

父はカメラマンで、国内外飛び回っては自然の風景やなんかを撮っていて、父親っ子だった私はいつも父の取材についてまわっていた。
三脚を持ったりライトを持ったり、アシスタントのような事をして、父の仕事道具の1つのようなものだった。
父はひょうきんで豪快で町内のおもしろおじさんといった人間だったけれど、こと仕事に関しては妥協なく、良い画を撮るためには、幼い子供もなにも関係なく扱うような節があった。

そんな仕事道具の1つの役割としてモデルの仕事もあった。露光量を計るために指定位置に立ったり、時にはポーズを撮って作品に収まったり。
カメラマンの娘といえば撮られ慣れてるのだろうと思うかもしれないけれど、そうでもない。
親が見ていると思うとなんとなく恥ずかしくて屈託のない笑顔をレンズに向けることができない。いい写真を撮る事が最優先の人だったのでその期待に応えられるのか、いつでも私はびくびくしていた気がする。
私は今でも写真を撮られるのが苦手だ。

モデルの仕事でよくあるのが、景色の良い原っぱ的なとこにつれて行かれ「あちらからカメラに向かって全速力で走って来い。前髪があがっておでこがぱあっと見えるくらい。」というものだった。

そんなに運動が得意じゃない私はこの仕事が好きじゃなかった。
急いで走っても「もっと速く!おでこが見えない!!」
もっと速く走っても「笑顔で!楽しそうに!!」
何度も何度も撮り直してやっと「まあこんなもんかな」と言われる。
(どんどん疲れていくので最初の方が良い絵面なんだろう、終了間際は父もテンションが下がっている。もちろん私も。)

父が亡くなってもう8年。未だに父の夢を見る。
夢の中で父は当たり前のように存在して、しょうもない冗談を言いまくっているので目が覚めた時に(お父さん夢に出てきたよってLINEしようかな。あ、もういないのか)と思ったりする。

ひょんなことから冒頭の「時をかける少女」を観たのは、なんというか夢の中ではなく、薄れつつある父の生きた部分に触れてみたかったからという気持ちが少なからずあったように思う。私はどこまでも父親っ子なのである。

ストーリーは各種リメイクで知っているし、ラベンダーの香りもありふれた私世代には正直別段衝撃的な映画ではなかった。いい映画だとは思うけどね。
原田知世はたしかに可愛いけれど、少女感が強すぎてこれにメロメロになっていた父を思うと少し情けなく可笑しく感じた。

ふむ、まあこんなもんかな。撮影を終えた父のようなテンションになっていると、ラストシーン。画面の向こうから原田知世が駆けてくる、おでこを出して息せき切らし、そしてカメラの前で止まり息を吐ききるようにハッと笑う。
大の大人もメロメロにするような素晴らしく愛らしい笑顔だった。

これかーーーーーーー!
私が何度も何度も走らされたのは時をかける少女のこの原田知世をやらせたかったのか!!!
あまりの馬鹿らしさに、父の純情さに、子供の頃の記憶が繋がった瞬間のアハ体験に、初めは笑った。1人でめちゃくちゃ笑った。

その後にボロボロと涙が出た。父が好きな時かけ、観たよ。
ラストシーンの走るやつ、あれ、私で再現しようとしてたでしょ。あのネガどこかにあったりするの?いっぱい撮ってたから、まとめてあったりするのかな。
今思うとあの写真どこにも発表していないってことは仕事じゃなかったんだね。あれは愛情だったのかな。
お父さん、話したいことがたくさんあるよ。教えて欲しいことがたくさんあるよ。やっとお父さんの事が少しわかったんだよ。会えて嬉しいって思ったんだよ。

そんなこんなで私にとって大林宣彦監督の時をかける少女は当時の父に会えるタイムマシンのような存在で、時を経て父の愛情を感じられる一番特別な映画なのである。

大林宣彦監督の訃報を受け、あなたに引き会わせてもらった親子より、心よりの感謝と追悼を。どうぞ安らかにお眠り下さい。

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