見出し画像

フリーライターはビジネス書を読まない(52)

意外な事実

北原から電話で聞いた八尾市民病院の2階ナースセンターで用件を告げ、病室を尋ねる。
201号室。6人部屋の入り口に「北原裕美」の名があった。

「失礼します」
ほかの患者もいるので、声をかけて入る。だが、北原の名札がかかったベッドはカラだった。
トイレかな? 外で待つことにしよう。と、病室を出たとき、北原と鉢合わせした。
「あ…」
「織田さんも心配してました。どうしたんですか?」
「あっちで話しましょう」
北原に連れていかれたのは、1階にある喫茶コーナーだった。2人ともアイスコーヒーを注文する。

「白血病って、どういうことですか」
「あ、そうなんですよ。私、白血病なんです」
身を乗り出して、北原がいう。
「検査を受けたんですか」
「受けてないです」
「なんで白血病って分かったんですか」
「白血病の症状なんです」
「症状?」
貧血気味で倦怠感があるという。

「九州へ集金に行ってるんじゃなかったんですか」
「え? あ…、んー」
明らかに動揺している。白血病が自己診断で分かるわけがないし。
「織田さんから電話ありましたよね」
「九州から帰って、すぐ白血病に……」
「なんで検査を受けないんですか」
「だって、本当に白血病だったら、怖いじゃないですか」
「じゃあ、今は白血病じゃないんですね」
「この症状はゼッタイ白血病ですよ」
「違うかもしれないでしょ。検査を受けましょうよ」
「本当に白血病だったら、怖いじゃないですか」
「本当に白血病だったら、それなりの治療法があります」
「……」
「検査を受けましょう」
「本当に白血病だったら、怖いじゃないですか」
堂々巡りで埒が明かない。

北原が嘘をついてることは明らかだ。集金で九州へ行っていたというのも嘘だろう。出版社への支払いができないから、私と織田にそれぞれ別の嘘でごまかそうとしているのだ。ものごとを、あまり深く考えない人なのかな。

くだらない押し問答で時間を潰していられない。
「原稿は見てもらえました?」
「あ、はい、見ました」
怪しいな。
「内容はどうでした?」
「いいと思います」
「では、織田さんに渡していいですね」
「それはちょっと待ってもらえますか」
「なにか不都合でも?」
「じつはね、集金ができてなくて、まだお金つくれてないんです」
行ってないのだから、そうだわな。そもそも得意先が本当に存在するかどうかさえ、もはや信用できなくなっている。

「でも契約では……」といいかけたとき、
「ちょっと寒気がしてきたから、部屋で休みたいんですけど」
と北原がいいだした。
入院患者としては、うまい逃げ道だ。
ところで、北原が入院している本当の理由は何なのだろう。見たところ元気そうだが。

仕方がない、コーヒー代を2人分払って喫茶コーナーを出た。
2階でエレベーターの扉が開いたとき、
「サキコ!」
北原が声を上げた。その視線の先、談話コーナーのベンチに、20代半ばぐらいの細身の女性が座っていた。
「お姉ちゃん、どこ行ってたの? 病室に行ったらいないし」
そこまでいって、私の存在に気付いたようだ。目線が合い、会釈を交わす。
「裕美の妹で、早紀子と申します」と、その女性は名乗った。
「妹さん?」
「姉がお世話になっているそうで」
「いえいえ、お仕事の関係だけですが」

「早紀子、何か用事?」
裕美が割って入る。私と妹に、これ以上言葉を交わさせたくないような態度が見える。
「市役所から電話があって、お仕事を探されてる様子はありますかねって。生活保護も長いし、働けるんだったら……」
「早紀子! こっちで話そ」
妹の言葉を強引にさえぎって、裕美は妹を引っ張って病室へ消えた。

今の話はどういうこと? 生活保護? 長い? 仕事を探してるかって?
私が把握している北原裕美とは、まるで別人ではないか――。

(つづく)

―――――――――――――――――――――――――――

◆最近の記事/まいどなニュース

「ガチャマンでお願いします」…チャッカマンでもガッチャマンでもありません!<ガソリンスタンド編>

ご存知ですか?紙を束ねて綴じる「アレ」の一般名称 機関銃の仕組みをヒントに開発…<文房具店編>

「今日はアラモンが多くない?」「だったらマルツが増えるかもね」…<郵便業界編>

◆電子出版

ガードマンあるある日記

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?