【回顧録】起業家の私がこのプロダクトに投資した(自分で作った)理由とこの起業家に投資した(手伝った)理由
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【回顧録】起業家の私がこのプロダクトに投資した(自分で作った)理由とこの起業家に投資した(手伝った)理由

エンジェル投資家として著名な高野さんの記事をたまたまネットで拝見し、自分も書いてみました。プロダクトを作ることも他人を支援することも広義の意味では「投資」かなと思っています。僕の場合起業家なのに、双方のケースがあるのが珍しいと思います。

はじめに、総括

まとめてみて改めて感じましたが、自分としては、合理的な理由があっても「偶発的な何か」「ピンとくる何か」「最低限のお釣り」がもたらされる確信がない限り投資しないのだと思います。(私に対してピッチするとき「20xx年に上場します」と意気揚々にリターンを意識したプレゼンするのは単純に逆効果かと思います)

あと一般には投資家というものは自信満々な起業家の勘違いにかけてみようということで投資するものだと思うのですが、多分僕の場合それは逆ですね。

「こいつが自信満々なのは単に馬鹿なんじゃないのか?自分が馬鹿なのか?いやそんなはずはない。特にプロダクトやマーケに関して重要性を感じている起業家は本当に少なくて、こんなことも出来ていないのに自信があるのは単に強がっているだけだよね」と勝手に早合点して冷めてしまう自分がいます。

また一般に自信があるとされる起業家ほど「影響力とかお金をもった立ち位置にはすり寄ってきますが、そういうのじゃないものに対しては妙に高圧的で(そういうのを隠してコミュニケーションするとわかりやすい)余計なお世話」みたいな塩対応をされることも多く、そういうのには基本投資しないです。「どうぞご自由にやってください」という感じで静かに蓋を閉じます。

こんな自分はそもそも投資家に向いていないのかもしれません。一般に「シート投資」を成功させるためには、投資で損しないことよりもその後ホームラン案件に対して投資しない機会損失を防ぐことが大切ですが、自分の場合仕事として投資しているわけではないので視点が違うのだと思います。(自分の精神がすり減ることのほうが損失)

思考や発言は具現化するといいますので、別に起業家は自信満々でいいと思いますよ、もちろん!

さてさて前置きはこれぐらいにして、下記まとめてみました。

プロダクトに投資した(自分で作った)編

wapnavi.net
私が初めて作ったネットサービス。最後まで法人にせずずっと個人で運営し続けた。2000年の3月ネットバブルがピークのその時、シリコンバレー出張中に現地で知り合った人に感化されドメインを購入したのがすべての始まり。最初は検索エンジンにする予定はなくて、WAPに関する情報やニュースを掲載する予定だった。その後検索エンジンとして大きくなって、2002年ぐらいに他社に譲渡した。個人でもサーバーは借りられるし広告で月商200万は稼げるし、内容証明は届くし、プレスリリースを打ってメディアに取材されることなどを知った。

itokio.com
wapnaviの利用者がどんどん増えていく中で自分はいろいろな携帯サイトを紹介するばかりだったので、目的サイト(利用者が検索してたどり着く目的サイト)を作ってみようという着想から。当時2ちゃんねるが流行ってきてこれを携帯電話から使いやすく、それなりのユーザー規模で提供したら面白いのではないかと思ったのがきっかけ。はじめてimode向けにもサイトを作った。サーバーが落ちまくったり、コミュニティサービスの運営の大変さを体感した。まだSNSが登場する前の時代で滞在型コミュニティが収益を生むことが信じられていない時代。儲かっていないことはその後の時代にひっくり返ること、コミュニティユーザーからの声こそが新しいサービス企画のネタの宝庫である、などを勉強させられた。現在は爆サイ.comとなっている模様。

froute.jp
2003年にパゲット定額制がやってくることを見越し、当時勢いがあったau向け(ezweb向け)にランキングサイトを作ったのが始まり。その後検索サービスを実装し、KDDIのメニューに掲載されて大きくサービスが飛躍した。自然言語処理を開発者と徹底的に深堀りし、一時はマイクロソフトの本社から視察に来るぐらいの勢いがあったのはいい思い出。いくら「国産っていいよね」と綺麗事を言ったところで、日本の大手企業の意思決定者は基本的に舶来物が好きなのだということと、結局はサービスとして勝っていても大企業(通信キャリア)のグループ開発会社には気をつけろ、というのを勉強した。

appcube
2014年ぐらいから構想を重ね中国にヒアリングに行く機会を重ねたが、きっかけは2012年にモブキャストが上場したときに、古くからの中国・広州に住む知り合いにわざわざ会いに行った際、サードパーティのアプリストアの話を聞かされたのがきっかけ。androidを活用して垂直統合型のビジネスモデルを作り上げていた中国のプレイヤーを研究して事業化を決断。2015年にスマートアプリ社を起業して最初の事業として整備した。通信キャリアや端末メーカーが、appleやgoogleに右に習えで、なかなかサードパーティのプレイヤーの存在価値を出せなかった。C向けにも差別要素が乏しく1年で撤退した。GAFA分野に挑戦するのは2000年当初の黎明期初期は良かったが、2010年代以降はババを踏むだけだと痛感した。隙間分野で地道に勝負する必要がある。

未公開サービス
スマートアプリで2回目のピポットで挑戦したサービス。自分が得意とするC向けコミュニティをテーマにして着想。2016年当時ネットのマッチングサービスはリアルにモテる美男美女がネット側で更にモテる時代となっていて面白みがないため、思い切って「匿名性」にこだわり、リアルとつながりがない「もう一つのリアル」の男女空間の会話が楽しめるサービスを作った。有名人に似ている判定*なりきりチャットという半分グレーなサービスでマーケティングに苦しみ撤退。とはいえう口コミで勝手に20万DLいったり、physonで学習エンジンを作ったりと技術的なチャレンジもありなかなか楽しかった。当時渋谷のEVのシェアオフィスで今はvTuber事業で著名となった谷郷さんが同じ時期、VR向けゲームやコミュニティっぽいものを着想していてその後羽ばたいていったのが記憶に新しい。

GO!WALLET
スマートアプリで3回目のピポットで挑戦したサービス。前回の仮想通貨バブルの後半に登場したクリプトキティーズの登場前夜に金融×インターネットの再発明というテーマで、double jump.tokyoの創業メンバー(元部下)とコインチェック事件が起こったその日に熱海の合宿を経て構想。当初は上野さんをCTOをとして迎え東工大生のインターン生を用意していて旧株譲渡までしていたが、紆余曲折がありスマートアプリ現経営陣と立ち上げ。クリプト業界に投資経験を重ねるセレスから資金調達も得て船出した。

他人のサービスや事業に投資した(支援した・託した)編

エフルート(現アクセルマーク)
上記で説明したfroute.jpを運営するために、カカクコムのipoで有名なVCであるICPと2003年に資本金300万円で27歳の時に創業した会社。パケット定額制の市況転換のタイミングを生かし事業が飛躍した。その後4億円ぐらい資金資金調達したが、創業者の自分は途中で下野し、現会長である尾下さんに託した。その後上場企業アクセルマーク社と合併した。gumiのオフィスがどういうわけか一時期エフルート社内にあったのは有名な話である。

モブキャスト
NILS(今のIVS)に参加するために載ったANAの座席が隣になったのが藪社長というのが元々の縁。コンテンツを企画出来る、という部分に興味を持ち、人の心を釘付けにするエンタメコンテンツを作る会社は、プラットフォームやマーケティングドリブンでやってきた自分の過去の事業とどう違うのか体験したくなり入社し未公開株式も譲渡してもらった。エンタメコンテンツ(オンラインゲーム)の経営やビジネススキームの勉強もさせてもらった。結果上場して2回目のEXITとなり、次の起業のための軍資金も出来て感謝しかない。社長とはその後の関係性も友好なため、時々立ち上げを手伝ったり、相談にのったりしている。スマートアプリを起業するときはエンジェルとして一口出してもらった。

Rebright partners
1号ファンドにLPとして投資。2013年にすでに出遅れてしまった中国の次にくるESAエリアに強そうな当時シンガポールにいたGMOPGの村松さんに2泊旅行で弾丸で会いに行った。このエリアで面白そうなことをしている人を一人紹介してもらったのが蛯原さんだったというのがきっかけ。ファンドに投資した理由は東南アジアに行く理由がほしかったことと、2013年時点で蛯原さんがビットコインに相当詳しかったのに興味を持ったため。蛯原さんは元design exchange社長で存在は知っていたが今ほどのネット論客ではなかった。VCというよりはネット論客としてばかり有名になってしまっているのが少し気がかり。村松さんにシンガポールでまだ出来たばかりだったnewspicksのことをどう思うかと言われたことをよく覚えている。

スマートアプリ
2015年に自分が創業し、2019年秋まで代表・経営株主を務める。3回のピポットいずれも「そこに市場がない」という根本的なミスを犯しながらも前に進めてきたたが、2019年に、blockchain/NFT事業で入ってきた元モブキャストの部下だった高を中心とした組織となり自分は下野する。今はゲーム×金融という分野の難易度高いブラウザーウォレットの分野から、NFTのマーケットプレイス事業へ戦略を切り替え生き延びている。創業者として外部から見守る。NFTコンテンツ周りではいいポジションに位置づけているようだ。とはいえGAFAとぶつかるしかないド本命マケプレをやっており、過去の反省に懲りていないというか、まあ社風というか、創業者としては嬉しい限りである。

ipoca
スマートアプリが一度目のピポットをしたときに手伝ったのが縁で、一定期間そのまま取締役になって手伝うことになったリテールテック系のスタートアップ。B2B2C向けサービスNEARLYを作っていて投資が先行しているはずなのに、意外とPLがまわつていることを知り、B向け営業組織の秘密を知りたいと思ったのと、社長がじじい殺しの営業が出来る人ったらしの税理士で、リテール業界というネットの外側にある業界の経験値がつめると思い関わることに。キュレーションメディアの立ち上げや20代前半を中心とする会社組織の回し方などを勉強させてもらった。リテールのイノベーションが2016〜2020年ぐらいにかけて海外で起こり(中国QRコード決済や米国amazonなど)遅れてコロナで日本に入ってきたダイナミズムを経験できた。スマートアプリが忙しくなったので、途中で株主としてのみ残ることに。

blockchaingameinfo
あまり対外的には言ってないんだけど、実は私は仕掛け人の一人である。まだ当時アクセルマーク社がブロックチェーン領域に参入する前、僕のブログを見た(と思われる)尾下社長(当時)がDappradarの日本版を立ち上げるから手伝ったてほしいと連絡してきた。担当者がエフルート時代に最初に採用した開発者である現編集長の木村さんだったこともあり手伝うことになった。構想は多岐にわたっていたけれど、いったんメディアとして立ち上げてゲーム名をgoogle検索して引っかかるようにすればいいということになり、キュレーションメディアの仕組みを一緒に作った。twitterアカウントの運用も一緒に手伝った。Dappについては正直この立ち上げを手伝うきっかけでいろいろな着想を得られたし、その後スマートアプリ社でdapp事業を展開するときに助けてもらったし、今でもとても感謝している。後日イギリスで行われたブロックチェーンゲームのカンファレンスで本家Dappradarの創業者に会った時に「俺がDappradarの日本版を作った」と誇張して話したら「へー」と感心していた。

Kyuzan(キューザン)
まだどこまで手伝うかわからないけれど、自分とは二回りぐらい若いボードメンバーが起業したブロックチェーンゲームスタートアップ。エグリプトというブロックチェーンゲームを展開している。ゲーム×金融は難易度が高いのは過去にスマートアプリをやってきて痛感したことだが、それでもチャレンジする若者を単純に応援したいと思ったのと、コンテンツの作り込みのこだわりや試行錯誤のレベルがかなり高いと感じた。20年来ネット業界で仕事をしてきて、スタートアップでC向けプロダクトにこだわる起業家が少ないと常々思ってきたが彼らは学習能力と細部へのこだわりの哲学を感じている。神は細部に宿る。20年前から言われてきた原則に忠実でない会社はやがてはすたる。新世代である彼らのこだわりに期待したい。



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takashisato / 事業プロデューサー

この記事は「投げ銭」記事です。ポジティブにお金が回る仕組みにしてみたいと思いました。記事をおもしろいと感じてくださった方は「投げ銭」をよろしくお願いします。

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連続起業家・事業投資家。経営とプロダクトやプラットフォーム開発とマーケティングの狭間で20年ほどネットサービスを作ってます。デジタル×UXUI・デジタル×マーケティンググロース・クリプトやNFTまわりが得意。詳細はプロフィールまで。