第三十六回 マイク・トラウトのirritation-イライラまたは炎症(2022年7月29日)
Irritationという単語に、炎症という意味があることは知りませんでした。
このところ休みがちだったMike Troutですが、Angelsから、肋骨脊柱の不具合で、今後プレーを続ける限りつき合っていかなければならないだろうという発表がなされました。(Trout has a rare condition in his back -- costovertebral dysfunction at T5 -- that he will likely have to manage for the rest of his playing days.) 下記にリンクを貼っておきましょう。
'I'm not worried': Trout dealing with long-term back issue
この発表がどこまで深刻なものかわかりません。しかし本当に深刻な不具合が発生しているのであれば、「捻りモデル」の立場から、なぜこのような稀な症状がトラウトに現れたのか、本当に選手生命に関わるものであるのか、解決策はあるのかといった点について考察をしてみようと思います。
私は医者でもなければトラウトを診断したわけでもありませんから「何を勝手な事を言っているのだ」と言われればその通り。しかし医者だからといって野球動作に詳しいわけでもないでしょう。参考になればという考えです。
最初にマイク・トラウトのバッティングを見てみましょう。トラウト選手の打ち方は、第四回で説明した、インステップしヘソベクトルを前に向けてバットをリードし体幹に力を溜めて打つ「捻りモデル」に沿った打ち方そのものです。
特徴ですが、かなり高く構えた位置から、低めのボールに対しても直線的な軌道でバットを振りだすところです。
バットを高く立てて構えて、右足股関節を中心に身体を捻ります。
前足をインステップしてバットを寝かしました。第三十五回で紹介した直線的な軌道でバットを振りだしていきます。これを見て「身体が開いている」と言う人は、第四回と第五回を参照ください。前足を踏ん張っている限り体幹に溜めた「力」は逃げないので問題ない事がわかると思います。
ヘソは前向き。前足インステップのままボールをミートします。
話はそれますが、気になるのでグリップを拡大してみましょう。ボトムハンドの手首は真っすぐで力は伝わりますがトップハンドの甲は下を向いており、お勧めのグリップではありません。
これらは、外角のボールを恐らくは本塁打にした映像でしょう。
それでは、トラウトが更に低くめ、特に内角低めのボールを同じ要領で打つ場合はどうなるのでしょうか。
これは前回紹介した、高く構えた時のボールに対して直線的なバットの軌道ですが、トラウトはこの図よりも高く構えています。
外角中段のボールを打つ軌道と比較してみると、内角低めに対しての軌道は、この様に垂直に近い軌道になるはずです。トラウトは、低めをすくい上げるように打つのが得意ですが、内角低めはどのように打っているのでしょうか。
捻りモデルの立場からは、パワフルな打ち方です。繰り返しになりますが、前足インステップのままヘソベクトルは前に向き、上述の直線的なバットの軌道で打っているのがわかります。
しかし前々から思っていましたが、この打ち方はかなり窮屈です。皆さんも是非やってみてください。前足インステップのままヘソベクトルは前に向き、上述の直線的なバットの軌道で。
これをやってみて「俺こんな動作できない」と嘆く中高生がいたら、第三十一回と第三十二回を見てみましょう。
本当に私が若い頃に私の様な研究者がいて、どうしたら速い球を投げれるようになるか、どうしたら強く打てるようになるか納得いく説明してくれたら良かったのにと思う。私が子供の頃には、参考情報としては、せいぜい「小学◯年生」の記事くらいしか記憶にありません。
誰も納得いく説明をできる人がいなかったので、自分で考えるしかなかったのですが、少年老いやすく学なり難しと言う通り。わかった頃には、ジジイになっていました。捻りモデルに縁があって自らのプレーに取り入れる事ができたプレーヤーは、本当に運が良い。羨ましい限りです。
さてトラウトは、柔軟な股関節を生かして打っていたので、アバラに負担がくるような形で打ってはいなかったように見えました。しかしそれでも、今回発表されたように、back/left ribcage に炎症が起きているとなると、左肩が上がり右肩が下がるような形で打つ傾向があって、costovertebral at T5 の故障につながったのだろうと(勝手に)推測します。
高く構えた位置から打つ独特のバッティングフォームが、故障個所の負担になっているのであれば、この打ち方を続ける限り故障はついてまわることでしょう。
記事中で、エンジェルスのSports Performance & Head Athletic TrainerのDirectorであるMike Frostad氏は、次の様に述べています。
"I think we have to have some concern on that," Frostad said. "He's a little more upbeat today and starting to feel like he's getting the benefits. But long-term, we do have to look at this as something he has to manage not just through the rest of this season but also through the rest of his career probably."
これが本当であれば解決策はあるのでしょうか。
捻りモデルの立場からは、低く構えることで、ボールに対して直線的なバットの軌道を変えることを提案します。
村上豊氏の著作「科学する野球」から、低く構えた場合のバットの軌道をご紹介しましょう。
この軌道であれば、アバラへの負担は減るでしょう。しかし内角低めは、より前でさばく必要がでてきますし、高めのつり球に対しては「おっかぶせる」ような軌道が要求されるので、手を出せば空振りすることも多くなるでしょう。
トラウト選手にとっては、低く構えて打つのはチャレンジだと思います。
しかし打ち方を変える方が、アバラのirritationにirritateし続けるより良いでしょう。
through the rest of his career というよりも、「現在の打ち方を続ける限り」ということだと思います。