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誰の人生もみじめではない。『大豆田とわ子と三人の元夫』が教えてくれたこと

文/横川良明

今朝、ピッチャーから麦茶をいれようと思ったら、蓋が外れて、びしゃーってなった。もううんざり。人生は、こういう小っちゃい不幸がわりかし堪える。そして、それが堪えるのは、こういう小っちゃい不幸を「こんなことがあってね」と言える相手がいないからだ。ひとりというのは、なかなかにキツい。

『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)は、主人公・大豆田とわ子(松たか子)が「ひとりで生きる」ことに惑ったり疲れたりしながら、それでも生きる姿を描いたドラマだった。

世帯視聴率は決してよかったわけではないと聞く。今さらドラマを世帯視聴率で語るなんて、とわ子に言わせれば「バーカ、バカバカ、バーカ!」って感じだし、実際、『大豆田とわ子と三人の元夫』は目に見える数字では推し量れないところで、深く深く愛された作品だったと思う。

どんな人たちが、『大豆田とわ子と三人の元夫』を愛したのか。脚本家・坂元裕二による名言の数々に心を突き刺された人もいるかもしれない。中江和仁を筆頭とした監督たちがつくる、光と影が織りなす幻想的な画の質感に酔いしれた人もいるかもしれない。奥渋谷〜代々木上原周辺を舞台とした軽妙洒脱な雰囲気に憧れた人もいれば、とわ子のファッションにワクワクした人もいるかもしれない。

魅力はそれぞれ。断定する必要なんてない。その上で、僕が『大豆田とわ子と三人の元夫』とそれを愛する人たちを眺めながら感じたのは、みんな、ちょっとずつはみ出していて、ちょっとずつ寂しくて、ちょっとずつひとりになることが怖くて。だけど、大豆田とわ子を見ていると、少し元気になる。いきなり社長にはなれないかもしれないけど、とわ子みたいに、誠実に、時に怒ったりしながら、でも自分に嘘をつかずに生きていきたい。そう思った人たちが、『大豆田とわ子と三人の元夫』というドラマに惹かれたような気がする。まるで、お気に入りのバーに通う常連客たちのように。


“喪失”から始まった、大豆田とわ子の“修復”の物語


『大豆田とわ子と三人の元夫』は一貫して“喪失”を描いたドラマだった。母・つき子(広澤草)の死という大きな“喪失”から物語は立ち上がり、中盤で親友の綿来かごめ(市川実日子)の死という “喪失”を迎える。そもそも、離婚自体がひとつの“喪失”でもある。

ある時期まで人は得るものの方が多いけれど、ある時期を過ぎると失うものの方が多くなると言う。40歳というのは、ちょうどその境目なのかもしれない。

とわ子は、“喪失”のたびにちゃんと傷つく。決してひとりで大丈夫なわけではない。母の四十九日を前に工事現場の穴に落っこちたり、かごめが死んでしばらくの間、景色を見る心の余裕も失っていた。でもそのたびに、最初の夫・田中八作(松田龍平)が拾い上げてくれたり。偶然知り合った小鳥遊大史(オダギリジョー)が話を聞いてくれたりした。そうやって、とわ子は起き上がってきた。

そして“喪失”は、別のものを運んでくる。母を喪ったとわ子は、母のメールアドレスのパスワードを解除するために、3人の元夫のもとを訪ね歩く。気づけばとわ子と3人の元夫のわちゃわちゃとしたやりとりはなじみの風景になっていたけど、少なくとも第1話の段階でとわ子は八作が奥渋にレストランを開いたことを知らない程度には疎遠だったみたいだし、2番目の夫・佐藤鹿太郎(角田晃広)と3番目の夫・中村慎森(岡田将生)は、八作とは初対面だった。つまりとわ子と3人の元夫の友情のようなそうでもないようなつながりは、つき子の死から始まったのだ。

かごめという大切な親友をとわ子は失ったけれど、時を経て、とわ子はかごめとよく似た空気感を持つマーさん(風吹ジュン)という新たな友人にめぐり会う。人はどんどんどんどん大切なものを失う。その手にあったはずのものが、ぽろぽろとこぼれ落ちていく。だけど、その代わりにまた得ていくものもある。そんなことを『大豆田とわ子と三人の元夫』は描いていた。そして、それに人は勇気づけられた。


「佐藤さん」にも「中村さん」にもならなかった人生は、自分の人生じゃない


第9話で、とわ子は八作と離婚しなかった人生を想像した。つまらないことで言い合いになったり、仲直りがうまくなったり、お互い別々のものを楽しむようになったり、でも大病したときにそばにいてくれたり。ふたりでいる人生は、心強く、愉しいものになったと思う。

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