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話題の書籍「K-POPはなぜ世界を熱くするのか」を韓国のポップカルチャー面から紐解く

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昨今のエンタメシーンで熱狂を呼んでいるアジアンカルチャー。中でもドラマや映画を通じて韓国のポップカルチャー作品に触れる機会が増えた向きも多いのでは。ここ数年でK-POPに興味を持ち始めた人、昔からずっと好きで追いかけている人、アジアンカルチャーに興味のある人の間で話題になっている著書「K-POPはなぜ世界を熱くするのか」(朝日出版社)を上梓したErinam(田中絵里菜)さんと、K-POPをこよなく愛する音楽ライターの宮崎敬太さんに、韓国のミュージックシーンを中心に、K-POPの魅力や楽しみ方について、気楽におしゃべりしてもらいました。

取材&文/宮崎敬太


「日本向けに味付けし直す必要ないよ」って感じ

宮崎:昨日「K-POPはなぜ世界を熱くするのか」を読み返していてふと思ったんですけど、絵里菜さんは(韓国アーティストの)日本アルバムだとどのへんがお好きですか?

田中:結構昔ですけど、少女時代の1stアルバム『GIRLS' GENERATION』ですね。

宮崎:まじですか! 一緒です!

田中:おそらくこれまで発売されたすべての日本アルバムの中で最高の出来だと思う。

宮崎:ですよね! 感動ポイントは山ほどあるけど、僕が特にびっくりしたのは「Gee」の歌詞。当時の日本人が「〜セヨ」「〜スムニダ」くらいしか韓国語を知らないのを逆手にとって、「ゆるふわガール恋“はせよ”」みたいな韓国語っぽい音感の日本語をハメて、しかも意味が破綻しない絶妙なバランスの歌詞を作ったことです。ちょうどPerfumeにハマったあとだったので、ディープハウスをベースにしたトラックと不可思議な歌詞のバランスが完璧だったんですよ。

田中:私も高校生の時にPerfumeやCAPSULEをきっかけに電子音楽が好きになっていて、『GIRLS' GENERATION』を聴いた頃はMGMTやThe Ting Tings、Ed Banger Records周辺と並行して聴いてたけど、まったく遜色のない内容でした。あとシングル以外の曲も全部カッコいいんですよね!

宮崎:「Bad Girl」とか!

田中:「The Great Escape」とか!

宮崎:変な話ですけど、僕は少女時代の日本アルバムで「K-POPはクラブミュージックの最新トレンドと連動したヴィヴィッドなポップス」と刷り込まれたんです(笑)。だけど、これは少女時代に限らず、『GIRLS' GENERATION』以降のK-POPの日本アルバムは全体的に子供っぽい内容になってしまったのが個人的にはかなり残念でした。

田中:本で取材したSINXITYさんも、当時は日本活動用の作品を制作する時は、歌詞や曲をわかりやすくしたり、日本のファッションやメイクを参考にしていたと話してました。でもこっちからすると「日本向けに味付けし直す必要ってないのにな」と思ってしまいました(笑)。

宮崎:まさに。とはいえ、アイドルたちのことは好きなんですよ。作品が出たら絶対に買うし、日本語を覚えてくれるのも感動する。当然日本に来てくれるのも最高だし、コンサートにも行く。毎回すごく楽しい。けど、心のどこかで「もっと韓国味をください!」って思ってた。そのもやもやは結構最近まで続いてたんだけど、ここ1年くらいで一気にカッコいい日本アルバムが増えた気がする。実はNCT 127の『LOVEHOLIC』ですら、聴く直前まで「好きになれなかったらどうしよう」と勝手に思ってたんです。でもやっぱりNCT 127は最高なので、韓国味と日本味をいい塩梅に混ぜた最高の作品を僕らに届けてくれた。そこはすごく嬉しかったですね。


90年代の日本には韓国文化の情報が全然なかった

田中:この前ジェーン・スーさんと高橋芳明さんのポッドキャストを聴いていたら、S.E.S.とイ・パクサの話が出てきたんですよ。私、世代的にそのあたりの感覚が全然わからなくて。

宮崎:90年代終わりくらいですよね。その頃はまず今でいうところのK-POPという概念がなかったような。しかもS.E.S.とイ・パクサではウケている場所が全然違った記憶があります。S.E.S.はそんなに詳しくないけど、イ・パクサに関してはかなりアンダーグラウンドなサブカルとして聴かれていた記憶がありますね。「定本 ディープ・コリア―韓国旅行記」という本はご存知ですか?

田中:この辺の時代も自分なりに掘ってはいたのですが、リアルタイムで体感してないからムードがわからなくて。

宮崎:漫画家の根本敬さん、評論家の湯浅学らの韓国旅行記なんですけど、ノリとしては『クレイジージャーニー』に近い。今では考えられないけど、90年代の日本には韓国文化の情報が全然なかった。で、この方たちが幻の名盤解放同盟というその名の通りのレーベルを運営していて、イ・パクサはそこで紹介された記憶があります。それを石野卓球さんが面白がったりしていた。

編集K:ポンチャック、懐かしいです。感覚的な話になってしまいますが、ボアダムスを好んで聴いていたような層ウケていたような。その流れからダウンタウンがオジャパメンを歌ったり。私は宮崎さんのちょい下世代で、S.E.S.は「THE夜もヒッパレ」などで見る機会が多くて好きでした。記憶違いだったら申し訳ないのですがハンドサインを作ったりするのが、子供ながらに普通に面白いグループだなと思って見てましたね。

田中:私の最初の韓国体験はいわゆる「韓流」ブームの時。ヨン様ブームが起きてから、ドラマで人気になった俳優の方がバラード歌ってたりしてたイメージがあります。

宮崎:ですよね。K-POP以前の韓国人歌手といえば、演歌かバラードでした。最近『タクシー運転手』の超ファンキーな主題歌がチョー・ヨンピルだと知ってめちゃくちゃびっくりしましたし。

田中:つまりチョー・ヨンピルは日本で活動する時は演歌を歌っていたということですよね。韓国歌手のローカライズは80年代からあったということか。なるほど〜。その時代の人だとキム・ワンソンが日本の歌番組に出てたり、もう少し後の時代になると韓国で「テクノの女王」と言われてるイ・ジョンヒョンとかも、実は「NHK紅白歌合戦」に出ていて。日韓の文化交流はずっとあったけど、2000年代に韓流ドラマと極端な表現の映画が入ってきて、さらに2010年代でダンスミュージックをブチかましてきたんですね(笑)。


「恨」と「パリパリ」は共存するのか?


宮崎:まじでそんな感じかも。僕は今年44歳なんですが、同世代は映画をきっかけに韓国にハマってる人が多い。ポン・ジュノやパク・チャヌクはいわゆる知識人で、作品にはその問題意識がバリバリに反映されてるから、僕ら世代は韓国をかなり小難しく捉えている節がある(笑)。

田中:それは中居(正広)さんも言ってました(笑)。(※1月22日放送の「新・日本男児と中居」でおすすめ韓国映画14作品についてコメントした)

宮崎:僕の場合、そこからK-POPにもハマっちゃったから、余計に韓国のことがわかんなくなっちゃって。知れば知るほど謎が深まる感じ。でも絵里菜さんの本を読んで、自分がどこを謎に思っているのか整理できたんですよ。

田中:え、それは嬉しいです。

宮崎:一番の謎ポイントは「恨(ハン)」「パリパリ(파리 파리/早く早く)」が共存してること。恨は怒りや悲しみを心の奥底に積み重ねる感情で、パリパリは今すぐ答えを知りたいと行動すること。「それって矛盾してないか?」と思ったんです。

田中:パリパリ社会の中では常に変化を強いられます。その中で積み重なる負の気持ちが「恨」なんです。MONOTREEのファン・ヒョンさんのお父さん世代は、毎日のご飯を食べるのも大変だったみたいで。ドラマ『応答せよ』シリーズには石炭で暖をとったりするシーンがあるけど、あれが割と最近なんですよ。今の50〜60代の経験。だからまだ生々しい。パリパリ精神の中には、私たちの想像を絶する凄まじい努力のニュアンスが含まれています。

宮崎:なるほど、そういうことか。

田中:本ではHYUKOHの「WI ING WI ING」を例に挙げましたけど、韓国の若者たちの中にはすごいスピードで変わっていくパリパリ社会の流れに乗れなかった苦しみもあって。それも「恨」。BTSも自分は若くて学生で何もできないけど社会を憂う気持ちを歌っていた。それも「恨」。

宮崎:個人の力では変えようのない、社会の大きさに翻弄される苦しみ、みたいな。

田中:苦しみというより、嘆きに近いと思う。解決しないけど、自分の中にずっとある気持ち。例えば、日本のポップソングは励ますものが多いじゃないですか? 「苦しい状況でも笑顔で頑張ろう」みたいな。でも韓国の場合、「なんだよ、このクソみたいな状況は。やってられないよ」みたいな歌が流行るんです(笑)。

宮崎:面白いですね!

田中:BTSが去年出した「Life Goes On」もコロナの状況にあって、「なんでこんなことになっちゃったんだよ、最悪だよね、苦しいよね」みたいな歌詞なんですね。韓国はその「最悪」に共感する気持ちが大きいのかなって気がします。励ますんじゃなくて。日本のポップソングには同じ目線で「最悪だよね」って言ってくれる曲があまりない気がする。

宮崎:脳内でもつれまくっていた疑問の紐が今解かれた感覚です(笑)。

田中:日本は別れの儚さを歌う曲は多いと思うんです。でも「あいつはマジでクソだった。別れてせいせいした。私はもっと最高になってやる」って歌うアイドルはほとんどいない。韓国のアイドルは友達っぽい感覚のメッセージを歌うんです。綺麗事だけじゃないというか。

宮崎:日本の創作は現実逃避型ですよね。日本から突拍子もないアニメやマンガが生まれることと無関係ではないと思う。逆に韓国は現実直視型というか。

田中:そういえばこの前、SHINeeがミュージックステーションで「Don't Call Me」を歌ったじゃないですか。あの時、歌詞を日本語字幕で読んで改めてびっくりしました。「二度と電話をしてくるな」「お前は狂ってる」って(笑)。


商業性とアート性のぎりぎりの狭間を攻めたミン・ヒジン

宮崎:SHINeeの流れでいくと、絵里菜さんはミン・ヒジンさんがお好きなんですよね。

田中:他にも好きな韓国のクリエイターはたくさんいるんですけど、ヒジンさんは特に象徴的だったんですよね。彼女はもともと子会社にいたんだけど、SMに引き抜かれて28歳くらいの時に少女時代の「Hoot」でアートワークを丸ごと任されたんです。その後、すぐにSHINeeとf(x)のビジュアルのすべてを手がけて、あれよあれよという間に出世して、理事に登り詰め、しかも辞めちゃうっていう(笑)。そこもカッコいいと思ったし、デザインをする人間として夢があるなと思ったんです。

宮崎:ヒジンさんの作品はどんなところが魅力なんですか?

田中:いつも商業性とアート性のぎりぎりの狭間を攻めてることですね。例えばヒジンさん以前のアイドルの写真といえば、ハッキリとした照明でばっちりキメ顔の写真ばかりだった。でもヒジンさんは半目やブレた写真もセレクトした。顔を上げたほんの一瞬の表情とか。あと被写体がすごく遠くに小さく写ってたり。一目でヒジンさんの作品だとわかる。それくらい他と違ってましたね。

宮崎:SHINeeの「Sherlock」「Dream Girl」「Why So Serious?」あたりの作品は、他のグループと全然違うというか、アートっぽい雰囲気でめちゃくちゃかっこいいなって思ってました。

田中:あの頃のヒジンさんは手書きのイラストを頻繁に使ってましたよね。K-POPのアートワーク制作ってすごい短期間に行われるんですが、f(x)の「NU-ABO」や、少女時代の「THE BOYS」では、ジャケットはもちろんブックレットにまで鉛筆で描かれた絵がたくさん入ってるんです。「そんな時間どこにあるんだろう」ってくらい細部までこだわってて。既存のルールを無視して、自分のカッコいいと思うものを作っちゃうところが私にとってはものすごく衝撃的でした。

宮崎:今思うとSMのサブカルっぽい音楽性もヒジンさんのアートワークに引っ張られたような気すらしてきます(笑)。

田中:特にf(x)は実際にいわゆるアイドルファンに加えてサブカルファンも多かったですし。

韓国とアメリカとヒップホップ文化

宮崎:そういえば、この前TwitterでBIBIの「BAD SAD AND MAD」というMVを紹介されてましたよね。なんとなく見たらカッコよすぎて、めちゃくちゃハマりました。

田中:BIBIちゃん、いいですよね。韓国では女の子を中心に支持されてます。私の同世代の友達もめっちゃ好きって言ってました。あの曲は「私をペットにして」みたいな内容で。MVではボンテージスーツを着て、首輪を鎖で引っ張るシーンとかもあるんです。ご存知の通り、韓国はフェミニズムへの関心が高くて、男性ラッパーがMVで水着の女性をはべらせたりすると、「女性をモノ扱いするな」って同業者からめちゃくちゃディスられるんです。そういう状況でよくあんな曲を歌ったなって。韓国では、ラッパーがお茶の間的な存在で、知名度的には日本でいうところの乃木坂46くらいあるので(笑)。

宮崎:それであのMVは確かに衝撃的ですね(笑)。新しいEPには女子高生みたいな服装のMVもありましたよね。

田中:「인생은 나쁜X (Life is a Bi...)」ですよね。あの曲はまさにさっき言ったような、韓国のパリパリ社会の中で女性がやらなきゃいけないことについて歌ってます。MVは、女子高生に扮したBIBIちゃんが歩いてると、男女関係なくいろんな年齢の人たちが後ろから走ってきて、追い抜いていくシーンから始まるんです。それを見てBIBIちゃんも走り始める。つまりパリパリ社会ですよね。就職や結婚を私に強いるのはやめて、というようなメッセージをMVで表現しているんです。

宮崎:うお、めっちゃカッコいい。しかし、熱しやすく冷めやすい韓国文化でヒップホップが根付いたのは面白いですよね。日本はいろんな人たちが努力した結果、ようやく最近文化として定着してきたのを知ってるから余計にすごいと思う。やっぱり韓国の人は留学とかでアメリカに行く人が多いからなのかな?

田中:でもそれはあるかもしれない。そもそも韓国のヒップホップはアメリカから帰ってきた人が持ち込んだ文化なので、そこに対する憧れみたいなものはあるみたいです。ちなみに韓国には「교포(ギョッポ)」という言葉があって。直訳すると「同胞」。本来海外で暮らす韓国人のことを指すのですが、ラップに関しては褒め言葉として使われたりもしてるみたいです。NCTのマークのラップは「ギョッポっぽいね」とか。ああいう英語訛りの感じはおしゃれなものとして捉えられていて、ギョッポミュージックって言葉もあるんですよ。バイリンガルな雰囲気が好きな人向け、みたいな(笑)。

宮崎:マークといえば今日NCT DREAMのカムバですよね?(※対談は5月10日に実施) 今何時ですか? てか、もうMV公開されてません? 

田中:されてる! ヤバい! 今からみんなで観ましょう! 対談はここまでってことで(笑)。

Erinam(田中絵里菜)
1989年生まれ。日本でグラフィックデザイナーとして勤務したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受け、2015年に単身渡韓。最低限の日常会話だけ学び、すぐに韓国の雑誌社にてデザイン / 編集担当として働き始める。並行して日本と韓国のメディアで、撮影コーディネートや執筆を始める。2020年に帰国してから、現在はフリーランスのデザイナーおよびライターとして活動。過去に『GINZA』『an·an』『Quick Japan』『ユリイカ』『TRANSIT』などで韓国カルチャーについてのコラムを執筆。韓国 / 日本に留まらず、現代のミレニアルズを惹きつけるクリエイティブやカルチャーについて制作 / 発信を続けている。5月28日(金)オカモトレイジ(OKAMOTO'S)とのK-POPトークイベントに出演
http://bookandbeer.com/event/20210528/
宮崎敬太
音楽ライター。1977年神奈川県生まれ。2015年12月よりフリーランスに。オルタナティブなダンスミュージック、映画、マンガ、アニメ、ドラマ、動物が好き。主な執筆媒体はFNMNL、ナタリー、朝日新聞デジタル(好書好日、&M)など。ラッパーのD.O、輪入道の自伝で構成を担当。ラッパーがお気に入りの本を紹介する「ラッパーたちの読書メソッド」も連載中。



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