ブックレビュー「廃用身」

麻痺した体の一部「廃用身」を切除する治療法「Aケア」。
患者と介護者双方の負担軽減のため、異人坂クリニックは、デイケアの利用者に「Aケア」を施していた。日本の老人医療に一石を投じたセンセーショナルな事件の真相を、Aケアの発案者である漆原医師の手記と、潮流社ジャーナリスト矢倉氏のルポ両面から照らし出した話題の衝撃ノンフィクション!!没入感を味わいたい方、自分について考えたい方に読んでほしい一冊だ。

…先に一言断っておくと、この本はフィクションである。
もちろん「Aケア」という治療法は存在しないし、医師もジャーナリストも小説内のキャラクターだ。しかし、この本は読み進めれば読み進むほど、「これは本当にあった話では?」と自分の感覚に自信が持てなくなってくる。

「Aケア」の発案者、漆原医師によると、廃用身を切除することで痛みの軽減と日常生活の質の改善、脳に回る血液が増えることで精神状態も改善するという。さらに、廃用身がなくなった分体重が減るので、介護そのものが楽になり、クリニックの従業員や利用者の家族の負担まで軽減できる画期的な治療法である。

前半の漆原医師の手記を読むと、「Aケア」は老人医療の新しい解決策だ!と気持ちが明るくなるが、後半の矢倉氏のルポに差し掛かると雲行きが怪しくなってくる。

「Aケア」は本当に治療だったのか?漆原医師本人と周囲への緻密な取材により、事件の裏側が明らかになっていく。まるで実際の事件の真相が紐解かれようで、怖いもの見たさが混じったわくわくした気持ちで読み進めると、真相追及は衝撃の出来事によって突然幕を下ろす。

漆原医師の残した言葉に「ぼくの親切の根源は、お年寄りたちへの圧倒的な優越感だったんです」というものがある。
私自身も対人支援の仕事をしているが、相談者の方々から慕われ、お礼の言葉を言われることにやりがいを感じる。はたして、仕事への活力が優越感ではないと断言できるだろうか。漆原医師の言葉に、少しドキリとしてしまった。

実際に介護の仕事に就いている方、家族を介護した経験のある方、介護業界の現状を見聞きしている方は、本当に効果が証明されれば「Aケア」を支持したくなるだろう。それほどまでに介護を取り巻く問題は重く、目を背ける事が許されない現実であり、「Aケア」はそのすべてを解決できる素晴らしい方法に見える。

私は優越感をやりがいと言う卑しい人間ではないか、身内が要介護になった時どうやって支援していくつもりなのか。普段見て見ぬふりをしている問題を、つい考え込んでしまった。
読了後、本の世界から抜け出せない奇妙な感覚が今も体を纏っている。


読んだ本はこちら

『廃用身』久坂部羊 (著)


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