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未来を創る「越境」はネットワーキングにあらず(太田直樹)

太田直樹「未来はつくるもの、という人に勧めたい本」 第4回
"Boundary Spanning Leadership: Six Practices for Solving Problems, Driving Innovation, and Transforming Organizations"
by Chris Ernst, Donna Chrobot-Mason 2010年11月出版
組織の壁を越えるー「バウンダリー・スパニング」6つの実践
著:クリス・アーンスト、ドナ・クロボット=メイソン 訳:加藤雅則、三木俊哉
英治出版 2018年12月発売

越境人材は得をする

「バウンダリー・スパナー(境界の連結者、越境人材)」とは、異なるコミュニティ間の結節点にいる人のことを言う。

バウンダリー・スパナー図

(図:太田直樹作成)

図で表すと一目瞭然で、AさんはBさんより、バウンダリー・スパナーの度合いが高い。便利なソフトウェアも開発されていて、組織にいるメンバーの越境度合いは、わりと簡単に分析できる。

バウンダリー・スパナーは得をすることが、さまざまな研究から明らかにされている。まず、昇進が早く、給料が高い。また、イノベーションの創出についても、高い成果を期待できる。これらの「得」は、個人だけでなく組織にも当てはまる。

日本でこの領域に光を当てたのは、経営学者の入山章栄さんだ。経済のフレームワークに偏りがちな日本の経営学に対して、社会学や認知心理学の重要性を、実践的な形で紹介している。

未来を創るためには、自らがバウンダリー・スパナーになることや、取り組んでいる領域でバウンダリー・スパナーを育て、サポートすることが大切だ。

ただ、周囲を見ると、越境は難しくなっているように思う。世界をオープン・フラットにすることを期待されていたインターネットには、フィルターがあちこちに巧妙に張り巡らせられていて、われわれはフィルターの中で、自分好みの情報を与えられている。境界線は濃くなっている。

越境するためには、備えと対応が必要だ。本書『組織の壁を越えるー「バウンダリー・スパニング」6つの実践』は、今は「グレート・ディバイド(大いなる分断)」の時代である認識した上で、10年にわたる調査から実践的な知恵を導き出した。

越境人材が「地図のない世界を行く」ためのガイドブック

本書の骨格になっているのは、CCL(Center for Creative Leadership)が行ったLAD(Leadership Across Differences)という野心的なプログラムだ。欧米だけでなく、アジア、南米、アフリカまで調査の範囲を広げ、2800を超える調査回答と300のインタビューを実施している。

「境界を越えた協働が必要と思うか?」

この質問にあなたならどう答えるだろうか。CCLによると、経営幹部においては、86%が「非常に重要」と答えたが、それが「非常によくできている」のはわずか7%だった。実に8割の人が、悩み、苦しんでいる。

「太田さんは、バウンダリー・スパナーでいいですね」と、時折言われるのだけれど、僕も日々悩んでいる。どうしたらいいか分からず、途方に暮れることも珍しくない。そうした「地図のない世界を行く」ガイドとして、本書は書かれた。

越境する前にやるべきこと

境界を越えることは、日本においては2010年代に敷居が下がった。リモートワークが一般的になり、コワーキングスペースがたくさん出来て、兼業や副業が認められる企業が増加している。

あとはどんどん、越境を実践していけばいいのだろうか。いや、ちょっと待ってほしい。

膨大なリサーチに基づいた本書は、越境する前に大事なことがあると説く。それは、境界のマネジメントだ。ちなみに、分析の中で取り上げられている境界は、大きく5種類ある。「垂直(階層、地位)」「水平(部門、ユニット、専門分野)」「ステークホルダー(パートナー、サプライヤー、顧客、コミュニティ)」「人口属性(性別、宗教、年齢、文化、民族、学歴、思想)」「地理(場所、地域、言語、市場)」だ。

境界マネジメントの一つ目は、境界を引くこと(バッファリング)だ。境界を無視した行き来を短絡的に増やすことは、様々な問題を引き起こすことが分かっている。本書では、インタビューから具体的なエピソードを紹介している。異なるコミュニティが交わるとき、そこにはいつも緊張がある。

多様性などを掲げて、いきなり境界を越える前に、きちんと境界を認識し、脅威や問題を抱えているグループの声を聴き、「安心・安全」が確保されているかを確認せよと、本書は説く。

もう一つは、境界を両側から眺めること(リフレクティング)だ。他の集団のニーズや価値観、信条などを感じ取り、境界の両側の違いや共通点を明らかにする。その結果、境界を受け入れ、最終的には「尊敬」を育むことができる。

日本では、この二つをおざなりにした越境論が多いのではないか。「横串」や「多様性」が語られるとき、異なるグループにおいて「安心・安全」や「尊敬」が確認されていない事例を、多分いくつも思い浮かべることができると思う。形だけの産学官連携や若手や女性の活用、多文化共生などなど。

背景には、境界によって引き起こされている問題について声を上げることが憚られたり、そうした声を聴くことが苦手だったり、境界があることを表立って取り上げることに慣れていないなど、いくつかの要因がありそうだ。境界などないのだ、という建前のために、発せられた声が聴こえない振りをしている場合もあるかもしれない。

「声にならない声」に耳を傾ける


本書が良いのは、自分の課題を設定して、先に取り上げたバッファリングやリフレクティングを含む6つのステップについて、課題を言語化し、現状を評価し、行動を起こすことを促してくれることだ。各章の最後に、重要なことがコンパクトにまとめられている。

6つのステップは、大きく三段階に分かれている。
<境界のマネジメント>
・バッファリング
・リフレクティング
<共通の土台づくり>
・コネクティング
・モビライジング
<新たなフロンティアの発見>
・ウィービング
・トランスフォーミング

自分でやってみて感じるのは、越境して価値を創り出すための大事な問いについて、視野が広がるということだ。例えば、リフレクティングについては、こんな問いかけがある。

・相手集団に対してどんな先入観や前提を持っているか。その原因は何か。どうやってその先入観や前提を確かめるか。
・お互い協力するうえでの心配事は何か。願望は何か。

境界を超えることは、突き詰めると、「私は誰か」「私と彼らを分けるものは何か」といったアイデンティティを理解し、それにまつわる感情や意味に働きかけることだ。

しかし、境界に関してよく語られることは、縦割りやセクターの壁についての課題だったり、越境することのメリットだったりする。
都合のよい「成功事例」から短絡的にハウツーを抽出する書籍が多い中、豊富なリサーチから導き出された知恵が本書には詰まっている。その本質は、境界をめぐってあまり語られることのない感情や思いについての問いを立て、聴く力を養うことだと思う。

越境リーダーシップは悩み、学ぶこと

バウンダリー・スパナーについての図を見ると、ネットワーキングをすればいいのかと思いがちだ。告白すると、僕も40を過ぎるくらいまではそう思っていて、かつ、それなりに「得」をしてきたと思う。

しかし、越境にはその先がある。本書に収められている様々な越境人材のストーリーを読み、また、自分の課題を設定して、現状やアクションを考えると、奇跡のようなことが起こりうると分かってくる。
一方、ネットワーキングだけに勤しんでいる人は、バウンダリー・スパナーの位置にいることは難しい。また、タスク完結型で越境することも、持続が難しい。

に書いたように、越境とは、アイデンティティについての感情や意味に働きかけることだ。そこに単純な正解はない。僕も何度も6つのステップをぐるぐる回っている。いい具合に越境していると思っても、雲行きが怪しくなり、関係性の構築(コネクティング)にもう少し時間を使おうか、もっとさかのぼって、属するコミュニティの違いについて対話する場がいるのではないか……と、日々試行錯誤している。


越境リーダーシップは、こうした相互関係の中で、悩み、学んでいくことだと思う。大変なことも多い。けれど、予想だにしなかったような未来を創る力は、越境することで生まれてくる。本書は「地図のない世界を行く」良きパートナーになるはずだ。

執筆者プロフィール:太田直樹 Naoki Ota
New Stories代表。地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスが参加し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。 Code for Japan理事やコクリ!プロジェクトディレクターなど、社会イノベーションに関わる。 2015年1月から約3年間、総務大臣補佐官として、国の成長戦略であるSociety5.0の策定に従事。その前は、ボストンコンサルティングでアジアのテクノロジーグループを統括。

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