191203_園部さん

なぜ妹は次々に男を殺すのか?(園部哲)

「園部哲のイギリス通信」第10回
"My Sister, The Serial Killer"(私の妹は連続殺人犯)
by Oyinkan Braithwaite(オインカン・ブレイスウェイト) 2018年出版

今年のブッカー賞のロングリスト(予選)12冊には選ばれたけれど、残念ながらショートリスト(最終選考)からは漏れてしまった作品。にもかかわらず良く売れているようで、近所の大型チェーン書店ではしばらくベストセラーの上位を走っている。

重量級純文学が対象となりがちなブッカー賞候補作なのに、ミステリーっぽいタイトルと比較的薄めな240ページというのが、間口を広げた理由だろう。最初の行で妹のアヨラが姉のコリデに、「私、彼を殺したの」と告白するやいなや、姉が漂白剤を片手に殺人現場に飛んで血痕の拭き掃除を始めるという、コンガとボンゴの打ち交わしのような調子の良さも、本書を手に取った人をそのままレジに向かわせる魅力になっているのかもしれない。

コリデとアヨラという姉妹のエキゾチックな名前が示唆するように、本書はナイジェリアの首都ラゴスを舞台にした作品で、著者のブレイスウェイトもラゴス生まれの32歳。幼少時に英国へ移住しロンドン西郊のキングストン大学を卒業した。

奇抜なタイトルに嘘はなく、冒頭でアヨラが殺してしまった男性は彼女の三人目のボーイフレンド且つ三人目の犠牲者であり、本書が展開してゆくなかで更に2件の殺人ないしは殺人未遂事件が起きる。だからといってこれがミステリーとか探偵物かというと全然違う。

次々に人を殺す妹と、証拠隠滅を図る姉

姉のコリデはラゴスの病院に勤務する30代の看護師。妹のアヨラはネット上でビジネスを展開し始めた服飾デザイナー。コリデと違ってアヨラは肌の色も「クリームとキャラメルの中間色」の美貌で男性は放っておかない。主人公でもあり語り手でもあるコリデは彼女自身の自己描写によると美人からは程遠く、ボーイフレンドなどとは無縁で、同じ病院で働く独身医師タディに思いを寄せるだけだった。母親は不細工なコリデよりも美貌のアヨラを好み、蝶よ花よと育ててきた。父親は数年前に亡くなっているが、あまり描写されぬこの父親が一番のミステリーかもしれない。怪しげなビジネスに手を染め、妻を無視して女を作り、美少女アヨラを知人男性に見せびらかすという危うい振る舞いもしている。

ボーイフレンドを次々に刺殺するアヨラにはサイコパス(精神病質者)の気配があるが、そうした彼女の暗黒面を知るのは姉のコリデだけ。無論連続殺人の事実を知るのも彼女だけで、彼女はいつも殺人現場に駆けつけては現場の証拠隠滅と死体処分に精を出す。つまりは責任感旺盛な姉コリデは、どうしようもない性癖を持つ妹アヨラの保護者なのだった。だが、そうした秘密を一人で抱えたままでいるのは辛い。話し相手はどこにもいない。唯一の例外が313号室で半年近く昏睡状態のままの患者ムフタルで、彼女は具合を見にいくたびに無反応の彼に話しかけていた。包み隠さず何もかも……。

しかしこの姉妹のうるわしい関係(一方通行だが)も、アヨラが医師タディに色目を使い、タディもすっかりアヨラにのぼせあがり始めてからはぎくしゃくし始める。母親は贔屓にしていた方の娘が医師タディと交際を始めたことに飛びあがって喜び、タディは結婚を前提にアヨラとの関係をどんどん進めようとする。

気が気でないのはコリデである。片思いの男性を妹に奪われた腹立たしさはともかく、妹はボーイフレンドになった男性を次々に殺してきたのだ。これをどのようにしてタディに伝えようか、そもそも伝えることができるのか。

そうこうするうちに313号室の昏睡患者ムフタルの意識が、奇跡的に回復したという吉報が病院中をかけめぐる。ムフタルがすぐに会いたがっている、という伝言がコリデに届く。

言葉巧みに語られる“喜劇的な”スリラー

以上の梗概からも、本書がどちらかといえば喜劇的な風合いを持つ作品であることがわかるだろう。しかしそれだけでは片付けられない黒さ(暗さではない)がそこかしこにある。アヨラの虚言癖。自分が処理した死体のなれの果てを想像するコリデ。家庭内暴力をふるっていたらしい父親と詳しく語られぬその死に際。アヨラが殺人に使うナイフは父親のものだった事実。各章平均3ページ未満で70数章に小分けにされた本書は掌編のつらなりのような構成となっており、言葉巧みだけれど、結果的に語られぬままに残された部分も多い作品になっている。

余談だが、本作の大胆なタイトルは編集者がつけたもので著者は当初不満だったという。著者の考えていたオリジナルタイトルは"Thicker Than Water"。「血は水よりも濃い」という意味の"Blood is thicker than water"という表現から取ったもので、おそらく姉妹の絆を表現したつもりの馬鹿真面目なタイトルだったわけだ。そのままだったらここまで売れなかったかもしれない。編集者のセンスのおかげさまの好例だろう。

執筆者プロフィール:園部 哲 Sonobe Satoshi
翻訳者。ロンドン在住。翻訳書にアリエル・バーガー『エリ・ヴィーゼルの教室から: 世界と本と自分の読み方を学ぶ』、フィリップ・サンズ『ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源』(いずれも白水社)など。朝日新聞日曜版別紙GLOBE連載『世界の書店から』でロンドンを担当。

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