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行動科学者が教える、幸せになるためのカギ(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第12回
"Happy Ever After: Escaping The Myth of The Perfect Life"
(末永く幸せに:完璧な人生という神話から逃げる)
by Paul Dolan(ポール・ドーラン)2019年1月出版

高い収入、仕事の成功、末永く幸せな結婚——。

私たちの行動や決断には「こうあるべき」という社会規範がつきまとう。

でも、そうした「社会が求める物語」(social narrative)に従うことは、個人の幸福に必ずつながるのだろうか。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの行動科学者であるポール・ドーランは、個人の幸福よりも社会が求める物語への追従を優先してしまう状態を「物語の罠」(narrative trap)と呼ぶ。

例えば、仕事の内容や人間関係に全く満足していないのに「社会的地位が高い仕事だから」という理由で仕事を続ける場合がこれに該当する。

本書"Happy Ever After"は、裕福さ、成功、結婚といった9つのテーマについて、それらが幸福度を増加させるかのエビデンスを検証する一冊である。

「いくら稼ぐか」より幸福に影響することは?

「裕福さ」という章の具体例を紹介しよう。

富と収入を増やすことは世界中の人にとって重要な目標だ。でも、収入が一定額以下であると様々な不幸を感じやすい一方で、一定額を超えると、個人の幸福度は増加しなくなる。
(なお、そもそも幸福度をどう測定するか疑問に思うかもしれない。本書は米国の労働統計局が実施しているタイム・ユーズ・サーベイ(ATUS)などのデータを参照する。)

とはいえ、この「収入と幸福は必ずしも比例しない」という見解自体、既に広く知られているのではないか。

本書はもう一歩踏み込んで、より高い収入を得れば幸福も増すという「物語」を強化しているのは、私たちが他人と行う「比較」にあると説明する。

つまり、収入の絶対額よりも、自分の収入を誰と比べるかが、私たちの幸福度に影響して、より高い収入を求める「中毒」の原因になる。具体的には、英国や米国で幸福度と最も相関が強い比較対象グループは「同じエリアにいる、同年代」だという。つまり、自分がいくら稼いでいるかよりも、隣人と比べて稼ぎが多い(または少ない)ことが幸福に影響するという。

神話と烙印

本書は他にも「これがあれば幸福になれる」と考えられている社会的な「神話」と、実際の幸福度の相関関係を検証する。

例えば、社会的な地位が高いとされる職業に就くことと幸福度は必ずしも一致しない。また、離婚は子どもに対して一時的にネガティブな影響を与えるが、関係が悪いまま口論を繰り返す家庭で育つよりは、子どもへの長期的な悪影響は低い、といったデータを示す。

ただし、注意して解説しておくと、ドーランは決して、転職や結婚など特定の行動を「すべき」か「すべきでない」かをジャッジするためにデータを挙げているわけではない。

むしろ、そうした「画一的なアプローチ」(one-size-fits-all approach)を本書は批判する。特定の社会規範を押し付けることで、それに従った生き方をできない、またはするつもりがない人々に、社会的な痛みや「烙印」(stigma)を負わせてはいけないとドーランは主張する。

それはなぜか。ここで、本書の紹介からいったん側道に降りて、ドーランの前著幸せな選択、不幸な選択―行動科学で最高の人生をデザインするHappiness by Design: Change What You Do, Not How You Think)』をざっと要約して紹介しよう。

注意をどう割り振るかで「幸福」は決まる

ファスト&スロー』のダニエル・カーネマンが序文を寄せている前著の中で、「幸福とは、快楽とやりがいが持続することである」とドーランは定義する。その上で、「自分の注意を何にどう割り振るか」によって幸福は決まると語る。

幸福というアウトプットを製造するためには、まずインプットが必要だ。健康、収入、その他いろいろ。

でも、お金があれば、恋愛や結婚ができれば、人は幸福になれるだろうか。

インプットは、アウトプットに直結しない。アウトプットの量と質は、インプットをアウトプットに変換する「製造プロセス」の機能にかかっている。製造プロセスが稼働していなければ、機械が止まった工場のように、いくら収入その他のインプットがあっても、「幸福」というアウトプットは生まれないままだ。

そして、幸福の製造プロセスとは「あなたの注意を割り振る(配分する)作業」のことであるとドーランは定義する。

例えば収入が幸福にもたらす影響は、受け取る収入の額だけでなく、収入に対する注意の向け方で決まる。だから、幸福になるためのカギは、自分を幸福にしてくれるものに多くの注意を払い、そうでないものにはそれほど注意を向けないことだ。

「大きいこと」にくよくよするな

さて、こうした前著での主張を経由すると、本書"Happy Ever After"でドーランが言いたいことがよりクリアになると思う(側道から本道に戻って、まもなく目的地です)。

それは、ひと言でまとめると「社会が求める物語と、自分の幸福が矛盾するなら、自分の幸福のほうに注意を向けよう」というメッセージである。

本書の結論部でドーランは次のような説明をする。「小さいことにくよくよするな」('Don't sweat the small stuff')という言い方を人はよくする。でも、人生の幸福も苦難も、小さいことの中に見つかる。だから、むしろ「大きいことにくよくよするな」('Don't sweat the big stuff')と言うべきだ。どうすれば大金持ちになれるかを心配するよりも、例えば、毎晩ぐっすり眠れるためにはどうすればいいかに集中すべきである、と。

なお、解説をまた加えておくと、ドーランの結論には、彼自身の人生観や精神論も混入していると思う。でも基本的には、人間がどう感じてどう行動する傾向があるかという行動科学のエビデンスから得られた所見であり処方である。

ポール・ドーラン著"Happy Ever After"は2019年1月に発売された一冊。最後に個人的な感想をひとつ。本書を読んで、たとえば誰かから仕事や私生活について相談を受けたときに、「社会的にそうあるべきだから」という理由で何かを薦めることは少なくともやめよう、と思った。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。
Twitter: http://twitter.com/kaseinoji
Instagram: http://www.instagram.com/litbookreview/

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