
運動の楽しさとは生きる喜びそのものだった(植田かもめ)
植田かもめの「いま世界にいる本たち」第23回
"The Joy of Movement: How exercise helps us find happiness, hope, connection, and courage"(動くことの喜び)
by Kelly McGonigal(ケリー・マクゴニガル)2019年12月出版
年を取るほど、人は運動することの理由の説明を求められる。
ダイエットをしたいから、体型を維持したいから、健康で長生きしたいから。運動がもたらす「利益」のために大人は運動すると思われがちだ。
でも、公園で夢中に遊ぶ子どもは「ただ楽しいから」全身を動かしている。
本書"The Joy of Movement"は、人が運動するのはそこに「喜び」があるからだと主張して、その喜びの社会的・生理的なメカニズムを明らかにする本である。
運動は体だけでなく「心」にも良い
『スタンフォードの自分を変える教室』などで知られる著者のケリー・マクゴニガルは、自らもヨガのインストラクターを務めている心理学者だ。
彼女が最新作である本書で着目するのは「運動」だ。心理学や脳科学における最新の研究結果と、彼女自身の経験を含む具体的な実践例を織り交ぜて考察を進めている。
そして、特に「マイオカイン」と呼ばれる物質の紹介が面白かった。
筋肉が分泌するホルモン「マイオカイン」
マイオカインとは、運動をすることで筋肉から血流に分泌されるホルモンの総称だ。
人体の生物学に関する近年の最大の発見は、骨格筋の一部が内分泌器官としてはたらくことだったとマクゴニガルは語る。簡単に言い換えると、筋肉自体がホルモンを分泌するのだ。
運動が健康にもたらす長期的な好影響は、このマイオカインの作用であるとする説がある。マイオカインのひとつで「運動ホルモン」と呼ばれるイリシンは、血糖値を調整し、炎症を抑え、がん細胞を壊す可能性もあるという。
それだけではない。ある研究では、マイオカインを「希望の分子」と呼ぶ。体を動かして一歩踏み出すごとに筋肉から血流に放出されるこの神経伝達物質は、困難に立ち向かうときに脳内で分泌されるものと同じでもあるからだ。
運動と同じ効果を得られる薬があったら?
さて、このように運動がもたらす生理的な影響を具体的に聞いていると、(ものぐさな私などは特に)ひとつの疑問を抱いてしまう。
もし運動が特定のホルモンを分泌するのならば、それを摂取できる錠剤があれば運動しなくてもよいのではないか?
こうした疑問に対して、本書はNOと答える。なぜなら運動とはそれ自体が「喜び」をもたらすものだからだ。
マクゴニガルは次のように語る。体を動かすことは、何万年も生き延びてきた人間の本能に触れることだ。それは、物事を続け、他人と協力し、お互いに助け合う集団を形成する能力である。困難を克服し、他人と自分が生きる世界を感じる能力でもある。
本書のタイトルは"Movement"(動き)という言葉を使っていて、それは単なる"Exercise"(運動)よりも広い概念である。
心理的に複雑な存在である人間は、単に「どう運動するか」を考えるだけでなく、運動に何らかの意味を見出す。それは、運動を達成することでより良い自己イメージを作ることであり、自由や、他人とのつながりを味わうことでもある。数十万年前にアフリカを旅立った頃からずっと、人間にとって、動くことは、生きることなのだ。
ケリー・マクゴニガル著"The Joy of Movement"(動くことの喜び)は2019年12月に発売された一冊。
なお、本書を読んで運動の習慣を始めたいと思いながら、続ける自信が無いという方もいるかもしれない。そんな方は、「人はなぜやるべきことがわかっているのにやらないのか」を同じ著者が科学的に研究した『スタンフォードの自分を変える教室』もあわせてどうぞ。
執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。ツイッターはこちら。