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Withコロナの時代に街を開いて、未来を自ら選択するために(太田直樹)

太田直樹「未来はつくるもの、という人に勧めたい本」 第5回
"Soft City - Building Density for Everyday Life"
by David Sim 2019年8月出版

スマートシティに気をつけろ

”Withコロナ”や”新しい日常”という言葉で、社会や暮らしはこう変わる、といった情報が増えてきた。なんとなく思いを巡らしたり、あるいは誰かと話したりしている人は多いと思う。

サピエンス全史』や『ホモ・デウス』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏がFinancial Timesに寄せた一文によれば、我々は大きな分岐点に直面しているという。

”この危機に際して、我々は二つのとても重要な選択に直面している。一つ目は、全体主義的な監視か市民のエンパワーメントか。二つ目は、国家主義的な孤立かグローバルの連帯か”

政治家やインテリは、変化を大袈裟に言うけれど、社会や暮らしはそんなに変わらない、と言う人もいる。そうかもしれない、と思う自分もいる。けれども、自分の中のより強い声は、未来は誰か偉い人が選択してくれるものではなく、いろんな人と創っていくものでありたいと願っている。

様々な意見がある中で、未来の選択を促す具体的な変化の一つが、スマートシティだと思う。これは新しい概念ではなく、90年代から小さなブームが何度かあった。その度に世界中で様々な実証実験が行われたが、それらが暮らしや仕事に影響することはほとんどなかった。一部の人しか関心はなかったと思う。

今回は、どうやら違うようだ。最近スマートシティについて、様々な分野や地域の人たちから連絡をもらうようになった。何がそうさせたのだろう。それは、スマートシティを「見てしまった」からだと思う。

最も鮮烈なイメージは、中国の都市の光景だろう。住民の健康状態や行動のデータが収集・分析され、3段階に格付けされる。暮らしの様々な場面で、スマートフォンで緑、黄、赤の「健康QRコード」を示すことが求められ、感染封じ込めに効果があったとされている。24年前に殺人を犯し、逃げ続けていた男が、QRコードがなくて路頭に迷い、スマートシティ技術を握るアリババの本社がある杭州市の警察に出頭したという、まるでSF映画のようなニュースまで流れている。
それでも、「中国だけでしょう。そんなことが起こるのは」という声もある。ハラリ氏のコメントは大袈裟すぎるのだろうか。

いま、欧米諸国や日本、シンガポール、オーストラリア、インドなどで、中国とは異なるやり方で、データを収集する方法が検討されている。しかも、その動きを大きく左右しているのは、GoogleやAppleという巨大IT企業だ。両者の間で、せめぎ合いが起こっている。

「人間に優しい街」という選択肢

以前の書評(『パタン・ランゲージ』でつくる有機的な人の営み)で、皆さんと共有したかったことは二つある。

一つは、未来の街や暮らしをつくるのは、行政や建築家といった一部の専門家に限られないこと。そしてもう一つは、物事を要素還元するのではなく、複雑なことは複雑に扱うことで、人の営みに焦点を当てたあたたかな未来が選ぶことができること。

いつものように前置きが長くなってしまったが、本書“Soft City”の前書きは、トップダウンで機能重視の近代都市計画に対して、1960年代から「人間に優しい街」を唱え、コペンハーゲンを中心に様々な都市を設計してきたヤン・ゲール氏が書いている。同時期に大西洋の向こうでは、『アメリカ大都市の死と生』のジェイコブスや『パタン・ランゲージ』のアレグザンダーが活動を始めている。

著者のデイビッド・シム氏はコペンハーゲンのゲール事務所のエースとして、本書でSoft Cityを提案し、こう書いている。

”おそらくSoft Cityは、スマートシティへの異なる視点──もっと言えば補完になる”

"Soft City"が出版されたのは2019年だが、ゲール事務所では2020年5月にデンマーク市と民間団体の支援を得て、『Public Space & Public Life during COVID-19』という調査レポートを公表し、COVID-19のようなウイルスと人が共存する街について、興味深い視点を提供している。

レポートの冒頭では、意図が明確に語られている。COVID-19の感染以降は、街でどう暮らすか、新しい行動基準が必要か、”新しい日常”はどのようなものかということが重要な課題になる。それらについて専門家が答えを出す前に、街の人々にデータを提供したい。また、GoogleやAppleやそのほかの企業の膨大なデータは、マクロには役に立つだろう。しかし、それらのBig Dataが見過ごすような、人間の営みの変化が街では起こっている。それを知るためにはデータ(レポートでは、Big Dataに対してThick Dataと名付けられている)が必要で、みんなで共有しようと。

50年にわたって蓄積されてきたポストモダニズムの経験や知恵が、冒頭に述べた未来の選択を我々が主体的に行うために、とても重要な役割を果たすだろうと思っている。

街を再び開いていこう

Soft Cityの"Soft"はソフトウェアではない。本書の冒頭にあるコラム、“What is the soft in soft city”に綴られている一群の言葉は、いろんな形で想像を刺激する。

Soft is something to do with responsiveness.
Soft is something to do with ease.
Soft is something to do with comfort.
Soft is something to do with sharing.
Soft is something to do with plurality.
Soft is something to do with simplicity.
Soft is something to do with smallness.
Soft is something to do with appealing to the senses.
Soft is something to do with calm.
Soft is something to do with trust.
Soft is something to do with consideration.
Soft is something to do with invitation.
Soft is something to do with ecology.

It’s about ease, comfort, and care in everyday life.
ソフトとは、レスポンシブであること。
ソフトとは、気楽でいられること。
ソフトとは、心地よく快適でいられること。
ソフトとは、何かをシェアすること。
ソフトとは、多元的であること。
ソフトとは、シンプルであること。
ソフトとは、小さいこと。
ソフトとは、五感に訴えかけること。
ソフトとは、穏やかであること。
ソフトとは、信頼すること。
ソフトとは、思いやること。
ソフトとは、よく考えること。
ソフトとは、エコロジーであること。

それは日常生活の中で、安心して、心地よくいられて、気遣いあえることなのです。

著者は3つの原則を提案している。写真がたくさん散りばめられていて、見ているだけでも楽しいので、電子書籍よりは印刷された本をお勧めする。大判で表紙も素敵だ。

「ロックダウン」が終わったら、大勢で一緒に読んで、浮かんだイメージを共有するのもいいと思う。昨年出版された本だが、Withコロナの時代にも普遍的な知恵があると思う。僕には、例えばこんなイメージが浮かんでいる。

原則の1つ目は、建物の間の空間をデザインして、選択(人と会う、パブリックな活動をする、プライベートなことをする)を生み出すこと。上で紹介した調査レポートでは、住宅地のパブリックスペースがとても重要になるとしている。

家の一部を、例えば仕事場として半分パブリックな空間にして、そこから道に開けていると何が起こるだろうか。複数の家が中庭を共有したら、どうだろう。
開放的な共有スペースがオフィス街にあったとき、そこにあるベンチがスマート化・擬人化されていて、ベンチに座った人がコミュニティに属していれば、ベンチが話しかけたり、そこから新しい出会いにつながったりするとどうだろうか。

2つ目は、歩くという行為を中心に都市や建物をデザインして、楽しさや喜びを生み出すこと。専用の輸送路を作って、大量に高速で動く方法を追求するというのがモビリティの長い歴史だけれど、Withコロナの時代は、移動手段や道路が変わるかもしれない。

少人数でゆっくり、例えば歩行速度で動いて、どこでも乗り降りできるような開放型のモビリティからはどんな景色が見えるのだろう。
商店街や道路のところどころに、コインパーキングのように時間貸しできる開放的なスペースがあって、そこを何人かで借りて、街の人がふと足を止めたとき、3分違いですれ違った人が出会ったりすると、何が起こるのだろう。

3つ目は、内と外の境目を曖昧にして、自然と人の関係を変えること。

年々激しくなる雨は、都市にとって脅威になっていて、地下に巨大な空間が造られ、雨水が貯められるようになっている。街の公共空間を緑化し、豪雨のときには貯水池にして、地下に隠している雨水を目に見えるようにすると、どんな気付きや行動の変化があるのだろう。

こうしたイメージを共有して、形にしていくのは楽しいのではないだろうか。やはり行政や専門家でないと、関係がないように思えるだろうか。僕は、小さな単位の活動から、相似形に輪が広がっていく例をいくつも見ている。

どうしてかと考えてみたのだけれど、これら3つの原則が、建物や街を開いていくことで、人と人、人と街の歴史、人と自然などの関係に豊かな価値を創り出すからだと思う。そして、その価値は、閉じこもったいまの状態から、街を再び開いていくときに、とても魅力的な提案になるはずだ。

執筆者プロフィール:太田直樹 Naoki Ota
New Stories代表。地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスが参加し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。 Code for Japan理事やコクリ!プロジェクトディレクターなど、社会イノベーションに関わる。 2015年1月から約3年間、総務大臣補佐官として、国の成長戦略であるSociety5.0の策定に従事。その前は、ボストンコンサルティングでアジアのテクノロジーグループを統括。

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