光文社フォーミュラ

ロスジェネにも伝えたい、これからの「成功の法則」

担当編集者が語る!注目翻訳書 第24回
ザ・フォーミュラ 科学が解き明かした「成功の普遍的法則」
著:アルバート=ラズロ・バラバシ 訳:江口泰子
光文社 2019年6月出版

1975年生まれの私は、就職氷河期のいわゆる「ロストジェネレーション」と呼ばれる世代のハシリだ。全体的に「割りを食った世代」であればこそ、とりわけうまいことやってる連中のことをうらやましく思ったりもしたものだ。我と彼とでは何が違うのか?

そんなことばかり考えていた10年くらい前のこと、とあるSNSを見ていて「●●大卒限定、年収1500万の転職」なんてバナー広告に気を取られた。喜び勇んでそのサイトを見てみると、美辞麗句とエントリー条件がいろいろ書かれているページのその下に、小さく「現在年収1000万以下の方はこちら」というリンクがある。おそるおそるそこをクリックしてみると、同じ会社が運営している「年収1000万円の転職」とかなんとか書いてある別サイトに飛ばされた。またまたエントリー条件などが書いてあり、さらにその下を見ると「年収500万以下の方はこちら」というリンクが……。こうして最終的にはごく一般的な転職情報サイトに誘導されていく。ここまでくると、応募者のキャリアは一切不問のことが多い。私はこのとき初めて、転職サイトというものが年収ランク別に階層的に作られていることを知ったのである。
人材を募集している企業の観点からすると、現在同じくらいかちょっと下のレベルの年収の人材を採るのが無難、ということなのだろう。しかし望ましい年収を得るためには、何年もかけて、何度も転職して、この階梯を昇るしかないのだろうか。

「成功」はどんな要因でもたらされるか

さて、本題の『ザ・フォーミュラ』である。著者のアルバート=ラズロ・バラバシは、ネットワーク・サイエンティストとして世界的に有名な人物で、『新ネットワーク思考』『バースト!』などの著作で日本でも知名度は高い。その彼や同僚のネットワーク・サイエンティストたちが「人生における成功」にまつわる膨大なデータをさまざまな観点から分析し、そこから成功という現象に共通する5つの法則を抽出したのが本書である。

そもそも「成功」とは何であるか、そこを定義しないことには始まらない。バラバシによれば、それは「あなたが属する社会から受けとる報酬である」ということだ。それは年収であったり、ノーベル賞のような褒賞であったり、論文の被引用数だったりする。
一方、自分が実際に成し遂げたことは「業績(パフォーマンス)」と呼んで区別する。業績は、まわりの人に認めてもらえて初めて、成功をもたらす。スポーツのように業績が誰の目にもわかりやすい業界では、成功(この場合は年収)は業績に連動する。トップレベルになると、ほんのわずかな業績の差が、報酬の大きな差を生むのである。

一方、業績が客観的にとらえにくい分野については、その人の持っている「ネットワーク」が成功を促す。あなたの業績を(主観的に)認め、報酬を払ってくれる人々が必要だ。
典型的なのはアート業界だ。絵画の善し悪しに甲乙を付けるのは難しい。結論を言ってしまうと、アート作品が高値で取引されるかどうかは、そのアーティストが、特定のギャラリーや美術館のネットワークに属しているかどうかによって決まる。
ニューヨークなどの都会が有利かと思いきや、バラバシと同郷(ルーマニアの僻村)出身のとあるアーティストは、例外的に成功を収めているという。
こういった例外分子に共通点を挙げるなら、それは勝手知ったる安定したギャラリーでばかり展示されるのを避け、あちこちに網を投げて活動範囲を広げていることだ。網に入ったギャラリーの一つが、たまたまアート世界の中心に通じていたのである。
自分が認められやすい環境にいるかどうかは当然、最初は運に左右される。しかし、バラバシの言葉を使うと、その運をそのままにせず、新天地を開拓していく「野心」と「意欲」こそが重要なのだ。

「成功の法則」から考えるサラリーマンの生存戦略

考えてみると、サラリーマンの年収というのは、ほとんどの場合、業績とは一致しない。もちろん本来的には、どれだけの利益を生み出したか、という実績は、社内査定や転職におけるプラス要素にはなる。だが、それを認めてくれる会社かどうかが、その人の年収(成功)を決めている。
本書で取り上げられるバスキア、タイガー・ウッズ、アインシュタインといった面々の成功事例と比べると、サラリーマンの年収など本質的にはつまらないものだが、とはいえ、本書で抽出されている「成功の法則」は、すべてサラリーマンの年収にも当てはまる。

先ほどの階層化された転職サイトのことを考えてみると、業界や職種を変えないのだとしたら、年収が大して変わらないような転職はあまりいい手ではないように思う。応募者がどんな業績を上げようと、その会社における社員評価の仕方は、いまいる会社と大きくは違わないということだからだ。おそらく、いまと同じ業界の同じような規模の会社のコミュニティは、そこから先には通じていない。
もちろん、結婚した、子どもができた、といった家族構成の変化によって勤務時間や勤務地の条件を改善するために転職したいケースもあり、そういった時には望みの条件で検索できる転職サイトには利点がある。しかし純粋にキャリアアップを目指すなら、サイトに頼らず、思い切っていろんなところに種を撒いておくほうがいいかもしれない。

そして、中年以降の人にもチャンスはある。本書に登場する成功の第5法則によると「不屈の精神があれば、成功はいつでもやってくる」という。そう聞くとなんだか精神論のようだが、どういうことかというと、一生のうちで成功を手にするのはキャリアの若いうちとは限らない、ということだ。同じ生産性を維持することが条件ではあるが、そうであるかぎり、成功を手にする確率は若かろうと老いていようと同じなのだ。本書で紹介される「大器晩成の常習犯」、85歳でノーベル化学賞を受賞したジョン・フェンの話には勇気づけられる。

不遇な人にも挽回の方法はある

著者バラバシは、共産主義下のルーマニアで物理学を学び、ハンガリーに亡命、その後アメリカに渡ってきたという異色の経歴の持ち主だ。つまり、故国の秀才たちが成功をもたらす機会に恵まれず、才能を開花させられないままでいるのを見てきた人である。
彼が一番読んで欲しい読者として思い描いているのは間違いなく、成功をもたらす機会=ネットワークを欠いた人々だろう。実のところ本書には、なかなか成功できずにいる人へのバラバシの優しい視線が満ちている。そして最大の朗報は、科学的に見て、そんな人々にも十分に挽回の方法があるということだ。
不当な差別に打ち勝つ方法、スーパースターに一矢報いる方法、運を味方につける方法(もちろん統計的根拠をもって)など、豊富な実例は読む者の背中を押してくれる。

執筆者:小都 一郎(光文社 翻訳編集部)


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