翻訳書ときどき洋書
私たちのひ孫は火星で暮らすかもしれない(倉田幸信)
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私たちのひ孫は火星で暮らすかもしれない(倉田幸信)

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倉田幸信 「翻訳者の書斎から」第1回
"THE FUTURE OF HUMANITY (人類の未来)"  Michio Kaku
2018年2月出版

小惑星が地球に衝突しても人類が滅びないよう、火星を改造して人が住めるようにする──これが本書のテーマだ。

そう聞いただけで「あ、そういうSFっぽいのはパス」と思う人もいるだろう。だが本書はそういう人にこそ読んでもらいたい。宇宙への移住は、“人間より賢いAI”や“遺伝子操作された生物”と同じである。SFの話だと思っていたらいつの間にか現実の領域に入っている。本書を読むとそれがよくわかる。

「それでも私は遠い宇宙の話より、身近なビジネスのほうに興味がある」という方には、次の事実を指摘したい。テスラのイーロン・マスク、アマゾンのジェフ・ベゾス、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソンといった、いずれも一代で巨大企業グループを築いた希代のビジョナリーたちがいま、こぞって“宇宙”ビジネスに参入しているのだ(ジェフ・ベゾスは最近のインタビューでも「アマゾンで手に入れた巨額の個人資産はすべて宇宙ビジネスにつぎ込む」と断言している)。どうやら彼らには、一般人には遠すぎてよく見えない未来がはっきりと見えているらしい。本書はそんな彼らのビジョンを知るための一つの手がかりとなるだろう。欧米の宇宙開発の大きなトレンドとして、国家財政が傾くほどカネのかかる宇宙開発は政府だけで独占せず、民間企業の智恵と資金を活用する方向になってきている。日本の宇宙機関であるJAXAもつい先日、民間企業とのパートナーシップ構想を公表したばかりだ。ちょうど今のAIブームのように、2020年代になれば気の利いた企業はこぞって宇宙ビジネスに乗り出しているかもしれない。

著者のミチオ・カクは「超ひも理論」が専門の物理学者でニューヨーク市立大学の教授。日系アメリカ人だ。おそらくは学問的な正確さを多少犠牲にしても、一般人に無理なく理解できる言葉とロジックで次々と最先端の科学技術を料理していく。凝った言い回しやあいまいな表現を避け、ズバリと核心を突くその口調は小気味いい。例えば、宇宙進出の中継基地として月の重要性を説く場面では、"turn the moon into a cosmic gas station(月を宇宙のガソリンスタンドにする)"と表現する。一事が万事この調子で、話がきわめてわかりやすい。著書やTV出演も多く、いわば“サイエンス界の池上彰”のような存在と言えよう。いや、その明るさとお気楽さから“みのもんた”のほうが近いかもしれない(火星移住について語った映像)。普通の人には興味のない専門的な細部には深入りせずにあえて面白い側面だけを取り上げつつも、上っ面だけにならないよう本質を説くことも忘れない。そのバランス感覚が絶妙なのだ(ただし、過去の著書と重なる内容も多いので、昔からの“ミチオ・ファン”にはあまり目新しさはないだろう)。

現時点のアイデアを結集した「火星移住計画」

さて、火星である。
火星までの距離は、地球に最接近したときでさえおよそ6000万キロ。宇宙ロケットでも片道半年かかる。大気はほとんどなく、地表の温度はマイナス50度。今のところ人間を火星に送るのにかかる費用は一人当たり5000億ドル(55兆円)を見込むという。

いったいどうすればこんな場所を人間の住める世界に変えられるのか──。本書では現時点で考えられる技術を幅広く取り上げている。目的は惑星改造(テラフォーミング)だけではない。火星への移動やその先の恒星間旅行まで見据えた超高速の移動方法、苛酷な宇宙環境に適応するための人体改造や遺伝子操作、空気のない極寒の惑星で建設作業をするためのロボットや新素材の活用──。実用化目前のものから理論研究段階のものまで数多くの技術とそれを利用するアイデアが登場する。

例えば、火星には大気がほとんどない。だが火星には氷(H2O)があることがわかっている。では太陽光を集めた熱線を氷にあてて蒸発させ、酸素(O2)を放出させれば大気がつくれるだろう。けれども火星はマイナス50度と極寒だ。では近隣の小惑星にあるメタンを持ってきて大気に混ぜ、太陽熱を逃がさないようにすれば温室効果で気温が上がるだろう。人類は地球温暖化を起こしたのだから火星も温暖化できるはずだ──。

なるほど。本書を貫くこうしたシンプルで楽観的な発想に触れていると、砂漠を都市に変えたり、ガレージで手作りしたコンピューターで世界を席巻するアメリカ人の底力を感じる。「いまある技術を使って自然界に働きかけ、人間にとって都合のいい環境に変えていく」という“エンジニアリング”は本来こういう発想をするものなのだ、と腹落ちする。

曖昧になりゆく現実とSFの境界線

本書の話は火星では終わらない。というのも、近年の天体観測技術の発達で太陽系の外にある“地球に似た条件の惑星や衛星”が次々と見つかっているからだ。火星への移住が実現すれば、次はこうした太陽系外の恒星系へと人類はフロンティアを広げていくだろう。いわゆる“恒星間旅行”だ。ただし、太陽系に最も近い恒星までは光速でも4年、さらに我々の銀河系(天の川銀河)を横断するには10万年かかるという。光速なら4分で到達できる火星など“ご近所”に思えてくる。このため本書の後半では片道でも数世紀単位になる恒星間旅行を見据えて、不老や不死、人間のクローン化、さらには一人の脳の全マップをデジタル情報化してレーザー(すなわち光速)で遠くに転送するコネクトーム技術や光速を超えるためのワープ航法など、かなり話がSFっぽくなってくる。

だが、そもそもミチオ・カクは話がSFっぽくなることを恐れていない。本書には例としてたびたびSF映画が登場する。ターミネーター、禁断の惑星、アイアンマン、ブレードランナー、インターステラー……。そして筆者が何万年という時間軸で人類文明の行く末を論じるとき、そのスケールの大きさはアイザック・アシモフや小松左京のSFを彷彿とさせる。本書はなによりも、科学技術の発達により現実とSFの境界線がぼやけていることを実感させる。読み終えた後、読者はこれまでとは違った気持ちで夜空を見上げ、赤い火星を探すことになるだろう。

執筆者プロフィール:
倉田幸信 Yukinobu Kurata
早稲田大学政治経済学部卒。朝日新聞記者、週刊ダイヤモンド記者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部を経て、2008年よりフリーランス翻訳者。

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