見出し画像

昼白の城崎、琥珀の豊岡(中編)

前編はこちら

さて、件の蕎麦屋から歩くこと数分、道中のインターネットリサーチにより、狙いを定めたショットバーに無事辿り着くことができた。

そこは、豊岡市役所前の大通りを一本裏手に入った、住宅と飲食店が入り乱れる交差点角に佇んでおり、かなり夜も更けてきた頃とあって、さらに人気は薄かった。

木製のドアをぎいと開けて、店内に入ってみると、煙草を燻らせて店主と話す常連らしき男性客が一人カウンターに居るのみで、残りは空席であった。

その客も俺と入れ替わりに会計を済ませ帰路に就くようで、自分と店主のみの声が静かな店内に響く。

店主はオールバック気味の短髪に、チラホラ白いものが混じる見た目還暦近くの男性であった。

アルコールを強めに効かせることだけを指定して、その他は殆ど店主に任せた上で注文したところ、ジンとクランベリージュースを使用した、大変飲みやすいショートカクテルを出してくれた。

そのカクテルにはグラスの淵半分に柑橘果汁を塗るという変わった手法が施されており、店主に促されて飲み比べてみると、たしかに半周ごとに風味が変わって、同じカクテルを飲んでいるのに、別の表情が楽しめる。

店主はカウンター越しに客と話すことをかなり好むクチのようで、最近遅くからの初子を授かったことを、目を細めて俺に話してくれた。

先刻の出石そばから、今くちびるを潤しているカクテルの感慨を心に残す俺は、老店主の話を受けて「自分が子を授かった暁には、ただ物事を平板に受け止めて無為に消費するような人生ではなく、そこに込められた機微や創意工夫を知って欲しい。例えば料理の一皿、酒の一杯、旅先で偶然出会って話し込んだ誰かとの邂逅一つにしても、立体的に、より深く味わうような感受性を持って欲しい。平たく言うと一期一会を大事にして欲しいということだが、それを知っておけば大金持ちであるとか、美男美女であるとか、人より突出したものを持ち得なくとも、少しばかり生きることは豊かになるのではなかろうか」そのようなことを話した気がする。

店主は酔いの回った俺の拙い語り口にも静かに耳を傾けてくれて、心なしかその柔らかい表情はさらに優しくなったような気がした。

琥珀色の店内が深夜を過ぎてさらにその濃密さを増す頃、俺はもう一杯のカクテルを注文した。店主曰く「ホワイトレディの変形」というその飲み物は、その名の通り白く麗しく輝いており、こちらも大変美味であった。

彼と"彼女"が織り成す潤いに満ちた空間にいたく癒された俺は、余すことなくその全てを飲み干して店主に会計を求め「とても美味しかった。ご馳走様でした」と謝辞を告げて店を後にした。

五月初旬の豊岡の気候は寒暖差が激しく、昼間は暑いくらいであったが、夜の冷え込みは秋物のジャケットを着込んで、襟を立てても肌寒さを感じた。

しかしながら、胃に落ち切らぬスピリッツの炎熱を帯びる俺にはその冷気が心地よく、宿に着くころにはちょうど良い塩梅に酩酊を覚ましてくれていた。入れ替わるように睡魔が訪れて、俺の瞼を重く重く閉ざしてゆき、臥所へといざなうのであった。

つづく

お酒を飲みます