倫理政経ポイント講義(倫理⑧)

今回は庶民の思想と西洋文明との接触やります。

都市庶民の思想

●西川如見

「ただこの町人こそ楽しけれ」という言葉を残した。

●井原西鶴

人間の欲望を主題とする浮世草子を数多く残した。

●近松門左衛門

彼の作った武士の道徳(義理)と自然な人情の葛藤を描いた浄瑠璃が流行。

●石田梅岩

独学で神道・儒教・仏教を学んだ。彼は儒教の価値観からは卑しいものとみなされていた町人の営利活動について「商人の買利は士の禄に同じ」として肯定した。そして、利己心を離れた「正直」、世間の富を大切にする「倹約」、家業に励む「勤勉」が町人の社会的責任を果たす道だと考えた。
梅岩は商業活動を人々が互いに活かし合う「先も立ち、我も立つ」社会の実現に寄与するものだと考え、その教えは石門心学として町人に人気だった。

農民の思想

●安藤昌益

『自然真営道』の中で、上下貴賤の差別のない理想社会のありさまを説いた。

彼によれば理想の社会とは、全ての人間が衣食住を自給する万人直耕自然世である。彼はその考えに基づいて武士たちを「不耕貧食の徒」であると非難し、当時の差別と搾取に満ちた社会を法世とよんで批判した。

●富永仲基

『出定後語』をあらわして当時の支配的な社会を批判。

●山片蟠桃

『夢の代』のなかで無鬼論を展開し、支配的な社会を批判。

●二宮尊徳

農民に経営主体としての自覚を促し、農村の復興に寄与。

また、農業は天地自然の営みである天道と、それを制御する人道があいまって成り立つとした。人道の根本は分度推譲である。
分度とは自らの経済力に応じた節度ある生活設計を行うこと。
推譲とは分度によって生じた余剰を他者に譲ることを意味する。
そしてこの分度と推譲は天地や他者による恩に報いることにほかならないと考えた。(報徳思想

蘭学

天文学・地理学・力学・医学などの分野で日本に大きな影響を与えた。

●志筑忠雄

ニュートンの『プリンキピア』の解説書を元に『暦象新書』をあらわした。

●医学

蘭学の中で最も発展した。

前野良沢は人体構造の正しい普及を願い、杉田玄白らとともに西洋医学書『ターヘル・アナトミア』を『解体新書』として翻訳、刊行した。

●蛮社

オランダ商館医師シーボルトに医学を学んだ高野長英は、渡辺崋山らとともに尚歯会(蛮社)を結成した。

洋学

蘭学よりも広い範囲の学問に影響を与えた

●佐久間象山

「東洋の道徳・西洋の芸術(技術)、精粗漏らさず、表裏兼該し」と述べ、東洋の道徳(和魂)と西洋の科学技術(洋才)のそれぞれの長所を取り入れることを主張。

●吉田松陰

佐久間象山に学んだが、故郷に帰り松下村塾という私塾で講義を行った。

松蔭は陽明学に基づく忠節・誠を説き、「一君万民論」を唱え、尊王倒幕の理論的主柱となった

●水戸学

君臣の区別と職分を明らかにする大義名分論を特色とする。

幕末には過激な尊王論を説き、特に水戸藩士の会沢安(正志斎)は『新論』の中で日本の国民的統一(国体)を説き、近代の国家主義的思想のひとつの原型をかたちづくった。

西洋近代思想

明治維新の中で近代化が推し進められ、文明開化が進んでいった。

●明六社

当時いちはやく西洋の近代思想を紹介したのが明六社の洋学者であった。

・『哲学』などの訳語を作り西洋近代思想を体系的に紹介した西周

・『妻妾論』をあらわして一夫一妻制を説いた森有礼

●福沢諭吉

封建制度を批判していた。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」『学問のすすめ』
という言葉に示される天賦人権論が有名。

また、彼は人間が平等であるためには一人一人が「独立自尊」の精神を持つべきであると説いた。独立自尊の精神を身につけるためには、実用的な学問(算盤、地理学、物理学、経済学)などが重要とといた。

また、西洋から学び取るべきものとして数理学、独立心を挙げた。

晩年には官民調和・富国強兵論を支持し、脱亜論の傾向を強めていった。

●中江兆民

自由民権運動の理論的指導者として活躍し、東洋のルソーと称された。

24歳でフランスに留学し、帰国後にはルソーの社会契約論を翻訳した『民約訳解』を出版。

彼は民主国家の成立に関して『三酔人経綸問答』の中で次のように述べている。民権には為政者が人民に与える「恩賜的民権」と人民自ら獲得した「恢復的民権」の二つがあるとし、前者から後者へと育て上げることを説いた。

キリスト教の受容

新島襄、植村正久、新渡戸稲造らは、キリスト教精神に基づく教育に力を注いだ。

●内村鑑三

二つのJ(イエスjesusと日本japan)に仕えることを念願した。

しかし、第一高等中学校(旧制)の講師をしていたときに天皇への礼拝を拒否したといわれ(不敬事件)免職となった。

日露戦争に際しては非戦論を唱えた
※日清戦争は義戦として支持

彼の信仰の立場は教会に囚われない無教会主義であった。

国家意識

●徳富蘇峰

雑誌「国民之友」を発行し、一般民衆の立場に立った文明化である平民主義を主張していたが、日清戦争後は排外的な国家主義を唱えた。

●国粋主義

雑誌「日本人」を発行した三宅雪嶺・志賀重昂らの日本の国情や伝統の美点を保ちながら近代化を行おうとする立場。

●国民主義

新聞「日本」を創刊した陸羯南の立場

●超国家主義

提唱者の一人の北一輝は『日本改造法案大綱』をあらわした。

二・二六事件などの事件にも影響を与えた。

●その他

『日本道徳論』をあらわし、儒教を国民道徳にすることを主張した西村茂樹

反キリストの井上哲次郎

社会主義思想

●人道主義派

片山潜・安部磯雄・木下尚江ら

●民権論派

幸徳秋水・堺利彦ら

●幸徳秋水

社会主義を主張
片山潜とともに社会民主党を結成
日露戦争は非戦論派
「平民新聞」を創刊
大逆事件にて処刑された

●マルクスの思想を受けた人々

河上肇『貧乏物語』

戸坂潤『日本イデオロギー論』をあらわし、唯物論の立場から国家主義を批判。


今回は以上です。閲覧ありがとうございました。次回は近現代の日本やります。スキしてくれると励みになります。参考になれば幸いです。

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