【やさしい】卵巣過剰刺激症候群【不妊症ガイド】
たなかゆうすけです。
今回は採卵に特徴的な合併症、卵巣過剰刺激症候群のお話です。
卵巣過剰刺激症候群
卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome;OHSS)は、その名前の通り卵巣を過剰に刺激すると発生します。採卵では、回収できる卵子数を増やすために卵巣刺激を行います。これによって多数の卵胞が発育することによって、OHSSが起こりやすくなります。
OHSSでは、発育した卵胞および採卵後に多数形成された黄体からのエストロゲンやVEGFなどの各種サイトカイン(細胞間の情報伝達を行う、ホルモンに似た作用を持つたんぱく質)が主な問題となります。これらの作用によって、血管内の水分が体内の様々な場所へ流出し、
・血管内は水分が不足する。
・血管外の様々なスキマに水分が貯留する。
ということが起こります。
血管内の水分が不足すると、血液は濃くなります。血液が濃くなると、血液量は減少するため、腎臓を通過する血液も減少します。腎臓は血液中の老廃物を尿として排出する役割を持っていますが、腎血流量が減少すると尿量が減少します。また、血液が濃くなった場合には、血管の中で流れているにも関わらず血液が固まってしまうことがあります。これを血栓症と言い、OHSSで注意しなければならない合併症の一つです。いわゆるエコノミークラス症候群は、血栓症の一種です。採卵後は血液がさらに濃くなるようなこと(水分の制限など)は行わない方がよいです。
OHSSでは血管外の様々なスキマに水分が貯留しますが、よくたまりやすいのはお腹の中です。お腹の中に貯まった水分を腹水と言いますが、腹水が大量に貯まると、お腹が張った感じ(腹部膨満感)があったり、嘔気・嘔吐が出現したり、場合によっては腹痛が生じることがあります。また胸の中にも水分がたまることがあり(胸水と言います)、症状として呼吸困難を起こすこともあります。
それ以外にも、卵巣自体が大きく腫れることによる合併症も考えられますが、こちらはそれほど問題にはなりません。腫れた卵巣が捻じれてしまう『茎捻転』にも注意が必要ですが、発生率はあまり高くありません。血液が濃くなっている場合に全く動かないでいると血流の低下から血栓症を起こすこともありますので、通常通り生活してもらうほうがよいです。過度の安静は必要ありません。
このように、OHSSは重症度によって多彩な臨床症状を呈しますが、基本的に医療行為を原因として起こる『医原性疾患』であるため、発症させないことと重症化させないことが非常に重要となります。実際には、発育卵胞数を増やすことは重要ですので、発症はするが短期間で鎮静化させてしまって重症化させない戦略をとることが多いです。
卵巣過剰刺激症候群の発症パターン
OHSSには早期発症型と比較的遅くに発症する晩期発症型があります。早期発症型は、卵巣刺激による多数の卵胞発育とhCG製剤の投与によって引き起こされます。晩期発症型は、早期発症型+妊娠の成立によってOHSSが遷延することで起こります。これらは、早期発症型を早めに鎮静化することと、妊娠を成立させないことで晩期発症型を発症させないことで予防します。
早期発症型への対策
早期発症型への対策にはいくつかあります。カベルゴリン(カバサール)の内服であったり、レトロゾールの内服であったりという方法もありますが、一番重要なのはhCG製剤を投与しないことです。
採卵のトリガーには、点鼻薬(GnRHアゴニスト)とhCG製剤のいずれかを使用します。hCGは体内から排出されるまで時間がかかり、長期間卵巣を刺激し続けるため、OHSSが遷延しやすいという特徴があります。これに対し、点鼻薬の場合は卵巣への刺激が長期化せず、比較的早期にホルモン値が低下し月経が来ることが多いという特徴があります。
ショート法とロング法はトリガーにhCG製剤しか使用できないため(加えて凍結技術が未熟なころはそのまま移植して妊娠成立してしまっていた)、昔はOHSSが問題となりやすかったのですが、アンタゴニスト法が出現してからはトリガーに点鼻薬を使用できるようになり(加えて凍結技術の進歩もあり)、OHSSの重症化は起こりにくくなりました。
晩期発症型への対策
晩期発症型への対策は、妊娠を成立させないことです。つまり、新鮮胚移植を行わず、全胚凍結ののち凍結融解胚移植を行うことが対策となります。
昔は緩慢凍結法という方法で凍結を行っていましたが、融解時に受精卵がダメになってしまっていることがよくありました。現在では、ガラス化法(Vitrification)という方法が出現し、融解時に受精卵がダメになってしまう確率が大幅に低下したため、凍結融解胚移植の成績が大きく向上しました。
こうした凍結技術の進歩で、晩期発症型への対策を行うことができるようになりました。
まとめ
今回は卵巣過剰刺激症候群のお話をしました。OHSSは医原性疾患であり、発症させないことと重症化させないことが非常に重要となります。特に重要なのは重症化させないことですが、現在では対策が確立してきているため、OHSSはさほど怖いものではなくなってきています。穿刺技術がしっかりしていれば、卵胞数を増やしても問題は起こりにくくなっています。
妊娠を希望される皆様が、幸せな結末へたどり着けますように…
たなかゆうすけでした。
コメント、メッセージ、スキなどいただけると大変励みになります!