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第664回 刀の価値は何で決まるか

1、日本刀レビュー32

珍しく間が空いてしまいました。

週刊『日本刀』レビュー

ちなみに前回はこちら

2、個性的な人物たちの物語

巻頭の【日本刀ファイル】は清麿。

清麿が作刀を開始したのが天保6年(1835)ですからその作品は新々刀、ということになります。

清麿は信濃国(長野県)小県郡の名主の家に生まれ、兄である山浦真雄とともに刀工を目指します。

江戸に出て軍学者である窪田清音の下で作刀しますが

気まぐれな性格からか一時期長州(山口県)の萩にいたこともあったようです。

再び江戸に戻ってきて師である清音のために作刀したのが掲載作です。

のちに清音の手を離れ伊東巳代治に渡ることになり、いく人かの手を経て現在も個人蔵になっているようです。

清麿の作刀は古刀の名作を理想として作られた物で、

工房のあった場所から「四谷正宗」と称されたようです。

勇壮な太刀姿と切れ味や強靭さが両立し、

水心子正秀、大慶直胤とともに「江戸の三作」と讃えられています。

続く【刀剣人物伝】が取り上げるのは犬養毅。

政治家としてあまりにも名高いですが

作刀が盛んな岡山出身ということもあり、廃刀令後の日本刀の行方を憂い、

刀剣会を設立し、刀工や研師などの技術者の育成を図るなど

思い入れは強かったようです。

個人的にも愛刀家として知られ、

あるとき資金繰りのために実業家に所蔵品を売却したと伝わっていますが

その数40振りあまり。

本誌にも掲載されている目録を見ると菊御作や行平、長船康光など名刀がずらりと列記されています。その中でも樊噲一文字と呼ばれると呼ばれる刀は

もともと織田信長から徳川家康の家臣であった植村氏明が拝領したものだと伝えられています。

【日本刀匠伝】は国俊。

山城国(京都府)の来派の代表的な刀工です。

その来歴には不明な点が多く、鎌倉時代中期の刀工であることはわかっているのですが、

山城国のどこで作刀したのかも不明で、生没年も不詳。

作刀期間が長いことから2代の国俊がいるのではないか、という説もあるくらいです。

最も名高いのは日光の二荒山神社に伝来した黒漆蛭巻太刀拵の小太刀(国宝)。

熱田神宮と黒川古文化研究所に伝わる短刀も国宝に指定されていますし、

紀州東照宮に所蔵されている太刀(重要文化財)は徳川頼宣の佩刀と伝えられています。

そして現在は行方不明になってしまった名刀が「螢丸」。

南北朝時代に阿蘇惟澄が激戦の最中に刃こぼれしてしまったのを

夜に蛍が数百匹も集まって元どおりにした、という伝説が残るものでした。

阿蘇神社に奉納されていましたが太平洋戦争後には所在不明となってしまったようです。

最後の【日本刀ストーリー】は刀剣格付け①と題して

歴史上どのような格付けを刀が与えられてきたのかを紹介しています。

古くは鎌倉時代に「注進物」、室町時代に「可然物」と呼ばれたことから始まり、

何度もこの連載で紹介されている「享保名物帳』に掲載されている「名物」

切れ味でランク付けした「業物」が江戸時代にはありました。

そして明治30年に制定された古社寺保存法の中で社寺の宝物類も国宝へと指定されていきます。

戦後は別のマガジンとして紹介している国会会議録でも登場する議論を経て

昭和25年に文化財保護法が施行されると

重要文化財と国宝に改めて整理されます。

当時国宝として最上級の保護が約束されたのは

大般若長光や童子切安綱、三日月宗近など名のしれたもの18振りにとどまります。

そして再評価が進むにつれて新たに指定を受けるものが増え、

現在では122点が指定されるに至りました。

リストとして掲載されているのでとても参考になります。

これを見ても先程の項で紹介した来国俊の作品の国宝が多いことがよくわかります。

3、名刀は彼を守れなかったのか

いかがだったでしょうか。

今回は項目が違うにもかかわらずうまく関連付けられているように感じました。

それにしても犬養毅は政治家としての影響力は言うまでもありませんが

刀剣の保存のために尽力された方だったとは全く存じませんでした。

昨年の大河ドラマ「いだてん」でも五一五事件の場面が描かれ

気骨ある政治家が凶弾に倒れる姿は見ていられませんでした。

刀を愛した為政者が銃で最期を迎えるというのはなんだか無情感を禁じえません。

さて今回もPRタイムとして宣伝させていただきます。

来る3月1日にイベントをやります。

私は司会進行がメインになりそうです。

もちろん専門の話も展示解説的に少しはやります。

すでに60名を超える申し込みをいただいておりますが、

マックスで100名程度は入るハコなので

ご興味のある方はぜひご連絡ください。

このnoteにコメントでもいいですし、

TwitterでもFacebookでもなんでも連絡いただけると嬉しいです。

さらにお時間ある方は講演会終了後オフ会に参加しませんか?

まったりご飯かお酒を味わいながら歴史の話ができればと思います。

連絡お待ちしております。

本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


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