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『アイカツスターズ!』桜庭ローラの歩みはアイドルを想う私の涙を誘う。

 昔から、その人のことを考えると胸が高鳴るなどすれば、それを恋と呼ぶらしい。であるのなら、私は今、桜庭ローラに恋をしている。

 桜庭ローラ。その名を口にするたびに、私はこの世の不条理に直面する。思えば、彼女のアイカツ人生は敗北の連続であった。

 音楽の才能に長けた桜庭の家に生まれ、自身もアイドルのトップを目指して入学してきたローラ。勝気かつ負けず嫌いな性格で、最もS4入りへのハードルの高い歌組を希望したのも、彼女の溢れる自信ゆえの選択だと察することができる。しかし、その出鼻は華々しいものではなく、実力が劣っているはずのゆめに幾度となく負け、彼女のアイカツは次第に「ゆめに勝つため」のものへと変わっていく。

 その迷いは、白銀リリィとの温泉宿での一件から「Going my way」の生き方を学び、自分自身が輝くことに真正面から向かい合ったことで、解消を遂げる。また、ゆめが「謎の力」について打ち明け、それでもなお「友達でライバル」でいられることを再確認したことで、ローラは彼女なりのアイカツ道を取り戻していく。その結果、優勝候補と目されていたリリィを下し、一度はS4への切符を掴みかけた。その後ゆめには敗れS4の道は閉ざされるも、彼女の顔は明るい。仲間と共に培った経験を元に、桜庭ローラは折れることなく自身の輝きを見せつけられたからだ。

 しかし、彼女の受難はまだ続く。憧れの「SPICE CHORD」を受け継ぎ、星のツバサも手に入れた。「謎の力」という甘い誘惑でゆめを悩ませるだけでなく、その裏で敗北を重ねるしかなかったローラを、アイカツシステムが祝福した瞬間だった。思う所はあれど、感動した。諦めずにアイカツを続けてきたことが、ようやく報われた。ところが、「アメイジングアイドルフェス」という彼女のアイカツ人生を左右する大一番の舞台において、システムはまた非情な判断を下す。エルザ・フォルテに太陽のドレスを与え、桜庭ローラはまたしても敗北することとなった。

 アイカツスターズ!86話。思い出すだけで胸が苦しくて、同時に誇らしくもなってしまう。今の自分が出せる全力を出し切って、それでも勝てなかった。後悔はなくとも、悔しくて当然なのだ。ローラは一人、誰もいない控室で涙を流す。ライブでは全開の笑顔を咲かせ、涙は決して見せない。アイドルとしてもっと高みへ、この敗北すら乗り越えて見せると、彼女は自分自身に誓う。私が推したいアイドル・桜庭ローラは、どこまでも格好良くて気高くて、最高に可愛くて美しい。その姿を見れば、誰だって心打たれるはずだ。私は、アイドルに心奪われたことがある人、これから好きになる人、神羅万象に知って欲しい。桜庭ローラは、どんなに負けても折れない心と、これまでの敗北をバネにしてどこまでも高く高く飛ぶツバサを持った、スゴいアイドルなんだって。

 それにしても何なんだろう、アイカツシステムって。諸星学園長の姉にあたる雪乃ホタルは、アイカツシステムによって与えられた力に溺れ、声を失ったという。謎の力によって高められたパフォーマンスの高揚感を忘れられず、周囲の期待を裏切れないという強い責任感が後押しするようなこの「謎の力」の逃れ難い魅力は、まるで薬物のようではないか。

 アイドルの卵たちを上から見下ろし、向き合い方を誤ればアイドル人生すら崩壊しかねない力を与える存在、アイカツシステム。声も姿もなく擬人化の要素が一切与えられていないそれは、人の手ではどうしようもない理不尽の象徴であり、意思疎通ができないのであればその動機さえもわからない。しかも、その力によってアイドルの「個性」を暴力的に上書きするのが謎の力であるとするのなら、読み替えれば個性を重視する『アイカツスターズ!』という作品において最も憎むべき敵と言えよう。

 にもかかわらず、前述の通りアイカツシステムは立ち向かうべき悪の存在としてではなく、誰も触れぬ神の如き高みから、アイドルたちを見下ろす“何か”でしかなく、殴ることも罵倒することも叶わない謎の意思によって、桜庭ローラは何度も苦しめられることになった。

 時に思う。もし桜庭ローラが、虹野ゆめに出会わなかったら。白銀リリィから学びを得られなかったら。彼女は、自分の実力が理不尽な“何か”によって押さえつけられ、自分のアイカツを見失い、アイドルを辞めてしまったかもしれない。今のS4と幹部組の、ひいてはあの頃の一年生たちの絆がいかに尊く、競い合い高めあい助け合った関係性の果てに得られた輝きがいかに危ういバランスの下に成り立っているのかを、つい考えてしまうのである。

 ところで、なぜ自分がここまで桜庭ローラに惹かれるのか、ぼんやりと考えていた……が、ある時、気づきを得てしまった。そう、私は知っているのだ。敗北に敗北を重ね、それでも頂点に向けて走り続けるアイドルの物語。そう、答えは一つ。







桜庭ローラは、
アイドルマスター
シャイニーカラーズである。

 今でこそ初心者への手厚いサポートが各種実装されたものの、シャニマスの画期的かつ基本的な出だしは変わらない。それは「誰もが負けから始まる」ということだ。

 いや、真のバカ、愚か者はおれだった。ここからがシャニマスの真骨頂にして、すごいところだ。シャニマスは「負けることを前提にした」ゲームだ。おれはその真理に気づいたとき、全身の震えが止まらなくなり、だらしなく鼻水を垂らして、雄叫びを挙げた。荒野だ。おれはまだこれがありていのスマホゲーだと、ナメきっていた。だがコイツは、もっと硬派なそれだ。死んで覚える系のゲームだった。

 シャニマスというゲームは、「ゲーム」として鑑みた場合、かなりハードルが高い。あなたがシャニマスを始めたとして、事前にwikiなどでしっかりと予習をし、あるいは有識者からのマンツーマンの指導を受け、それでも運が味方しない限りは、9割9分あなたの初めてのプロデュースは「優勝」へと至らない。最初にプレイすることになるプロデュースシナリオ「W.I.N.G.」は、強力なサポートアイドルを揃え、流行に沿ったシーズンごとの立ち回りをパターン化していけば勝つのは容易いが、裏を返せば戦力と知識が揃わない場合、必ず負ける。あなたが推したい、担当にしたいと思ったアイドルは、必ずや一度、挫折を経験するのである。

 されど、敗北を経験したアイドルたちは悔しさを見せど、絶望はしない。 これまでの道に悔いがないと気付いた者、アイドルを続けると決心する者、次こそ栄光をつかみ取って見せると決意を新たにする者、等々。そんな彼女たちのひた向きな姿を見て、プロデューサーであるプレイヤーは「次こそは」と身を引き締め、再度プロデュースに臨む。傷つき、シャニマスというゲームから離れることはあるかもしれない。だけど、ここでの失敗は無駄などではないのだ。彼女たちの笑顔が観たい、勝たせてあげたいという気持ちは、きっといつか実を結ぶ。

 強引なこじつけだとは承知の上だが、桜庭ローラの物語は「W.I.N.G.に優勝できねぇ」と何度も何度もプレイを続け、三週間を経てようやく栄光をつかみ取るまでのあの日々の中で感じた「祈り」を思い出させる。この子の願いが、パフォーマンスが、この場にいる全ての人の心に届いてほしいと、神にもすがるような、あの気持ち。一年目のS4戦だって、アメイジングアイドルフェスだって、私はずっと桜庭ローラの勝利を画面の前で祈っていた。なのに、それは叶わないままで、彼女の涙は私の心の柔らかい部分に傷を与えた。

 それでも、彼女は諦めなかった。アイカツを止めなかった。敗北すらも糧にして、もっと高みへ羽ばたくことを誓ってくれた。そして隣には、最高の友達にして最高のライバルがいる。この子となら、どこまでも高めあえる。虹野ゆめと桜庭ローラ。『劇場版アイカツスターズ!』でおおきいおともだちを動揺させた大きすぎる感情の矢印は、彼女のアイドルとしての原動力へと接続する。私は、この関係性を知っている。そう、ストレイライトだ。負けられないのは他のアイドルだけじゃない。隣り合うこの人に負けないように、もっともっと自分を輝かせたい。そんな想い迸るストレイライトと桜庭ローラは、私にとってはそこまで遠い存在に思えないのだ。

 『アイカツスターズ!』も残り話数わずか、いよいよクライマックス。続く87話では、彼女の努力が実を結び、さらに輝くためののチャンスが与えられた。同時に、それはゆめたちと一緒にいられなくなるのでは、という予感も孕んでいる。彼女は一体、どんな選択をするのか。それを見届けるのが怖くてこんな文章を書いているのだけれど、そろそろ向き合わなければならない。桜庭ローラが世界のステージで輝きを放つとき、それが私の「ゆめ」が叶う瞬間なのだから。

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