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"シゴト"を見つめ直すとき、『SHIROBAKO』が観たくなる。

 友人に勧められてこのアニメと出会ったのは社会人1年目の頃。劇場版の公開を間近に控えた今、2度目の鑑賞を済ませ、とても清々しい気分でいっぱいだ。TVアニメ『SHIROBAKO』はアニメの制作現場を題材にした深夜アニメで、物語を創造する全ての創作者を称え、その努力と涙と汗の結晶が「作品」となって私たちの元に送り届けられる当たり前を「奇跡」だと思い出させてくれる。社会科見学的なワクワクと、同じアニメの現場に集結することを夢見て奮闘する若者のドラマに心打たれ、見直す度に好きになってしまう。

 繰り返しになるが、本作は「アニメの制作現場を題材にした深夜アニメ」であり、登場するキャラクターには現実のスタッフ・キャストにモチーフ元がいたり、劇中で制作されるアニメが出来るまでを通して視聴者がアニメ制作の工程を学ぶことができる、お仕事アニメとして見ごたえ十分な一作なのは誰もが認めるところだろう。アニメ制作に興味のある人にとってはもちろん、そうでない人にとっても「他業種」を知るという意味で資料的な価値が高い。また、登場人物のほとんどが社会人ならではの悩みや葛藤を抱えながら、作品の納品という共通のゴールに向けて働きつつ、各々が自分のやりたいことや理想に向き合う成長物語としても完成度が高い。そんなわけで、全方位向けにお薦めできる、アニメ好きのみならず働くすべてのオトナにも観てほしいアニメだ。

 主人公の宮森あおいは、七年ぶりに元請けオリジナルアニメを制作することになった「武蔵野アニメーション」の制作進行。彼女は高校時代にアニメーション同好会で青春を過ごした四人の友人達といつか同じ作品作りに携わる夢を共有し、その達成のために日々働いていた。彼女が担当する「制作進行」とはその名の通りアニメ制作の進捗を管理する役回りで、監督やアニメーターといった全スタッフの間を駆け回る調整役として走り回り、デスクが定めた進行表を守り担当の話数を完成するよう舵取りする、責任の重たいサブリーダーのようなもの。いろんなセクションを渡り歩く宮森を主人公とすることで、視聴者は一本のアニメ制作に携わるスタッフ・部門がいかに多岐に渡っているかを学び、作品のクオリティを上げるべく奮闘する「現場」と決められた予算・納期の中で完成させることを望む「業界」との間で板挟みになる姿を観て、会社員の誰もが自分に置き換えて鑑賞することができる。実際、制作進行の仕事というのはとてもサラリーマン的で、その悩みのほとんどが「人間関係」である、という描き方はつい親近感を覚えてしまう。次の工程を意識してスケジュールを組み、納期を守らせ、トラブルにはいの一番に駆け付ける。フットワークの軽さと潤滑油のような立場を求められる制作進行は、上から下から突き上げられる中間管理職の大変さを思わせて、アニメ制作が決して華やかではない、泥臭い現実を真正面から描いている。

 一方で、アニメがアニメになるまでを担う「現場」の苦労も、リアリティたっぷりに描き出す。監督のコンテを元に原画を書き起こす作画工程は、他の人が描いた線やキャラデザと比べて破綻しない絵を何百枚と描くことを求められ、そこからCG、演出、効果、撮影、音響といった様々な工程を経て、一本の完成した「映像」になる。工程が増えれば人が増え、人が増えれば衝突だって起こる。手書き対CGだったり、後工程を考えない雑な仕事を咎められたりと、良いアニメを創りたいというそれぞれの想いの強さがぶつかり合い、時に大事件を引き起こす。それもそのはず、彼らの仕事は「技術職」なため、半端なものを世に出してエンドクレジットに名前が載れば「戦犯」としてのレッテルを貼られ、作品のクオリティを担保し納期を守る腕がないと判断されれば職を失い生活できなくなる恐怖が付きまとう。アニメの質と評判に責任を持つという重みは計り知れず、そこに考えが至らない制作進行は忌み嫌われる。サービス業に置き換えるのなら「現場VS経営」の論理のせめぎあいとして読み解くことができ、ゆえに本作の出来事すべてに他人事とは思えないリアリティを感じてしまう。

 ただし、アニメ制作の特異であり醍醐味として挙げられるのは、制作に関わる全スタッフが「完成」というゴールを共有し、全社一丸となって総力戦で挑む、制作工程そのものである。アニメは一人で創るのあらず、あらゆる人員が持てる力をフル稼働させ、その功績が一つの作品として世に残り、人々に感動を与えることができる。本作を観て、アニメ制作が茨の道であると100人中99人が認めるであろうが、それでも登場人物たちがアニメを創り続けるのはひとえに「アニメが好きだから」であり、そして現実のアニメ制作者も、それを志す者も、きっと同じ思いを胸に秘めている。その情熱の発露がアニメーションであり、そしてこの世の全ての「物語」「創作」の源であると本作は高らかに叫ぶ。だからこそ本作は感動的で、作中の言葉を借りるのなら「物語を必要とする」全ての人に刺さる、創作賛歌なのである。

 そうしたクリエイティブな仕事に、どこか憧れを抱く瞬間を鑑賞中感じる瞬間がある。全社一丸となって一つの目標を目指す、という仕事の在り方に、羨ましいと感じたのだ。いや、一般的な会社員とて最終的には「利潤の追求」という目標を共有してはいるものの、部門ごとに細分化され複雑化していく業務に気を取られ、そんな当たり前がいつの間にか頭から抜け落ちていく。やがて、ミス無く一日を終えることだけに終始した、生産性の低い仕事しかしていない自分や同僚の姿が目につき、かといって業種を変えるとか、大胆な仕事をする勇気も無いことに気づく。安定と閉塞感が同居する自分の仕事の在り方を、『SHIROBAKO』が気付かせてくれる。

 結局のところ、そこから一歩踏み出すかは視聴者それぞれに課せられた宿題のようなもので、自分のやりたいことと向き合い悩むキャラクターたちの決断も、ついに夢を掴んだ喜びの涙も、そのすべてが輝いていて元気が貰える。自分もキャリアを重ねるにつれ見えてくる景色が変わり、大きな決断を迫られる日の到来に怯えることもあった。現状維持か、それとも変化か。それについて考えるとき、きっとこのアニメのことを思い出す。アニメ業界を題材にしつつ、普遍的な働くオトナを描いた本作は、悩める誰かの、そしていつかの自分自身にとって指針になる作品だと、そう確信しているからだ。

 そんな『SHIROBAKO』の劇場版が、ついに公開される。それぞれが望む道に進み「ゴールした」4年後の物語、あおい達アニメーション同好会メンバーに新たな葛藤と成長の機会が訪れるのか、どんなゴールを迎えるのか、怖くもあり楽しみでもあり、何にせよ待ちきれない気持ちで一杯だ。二時間という短い上映時間の中で、一つでも人生の糧になる何かを持ち帰れるよう、心して臨みたい。


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