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商店街育ちには眩しすぎたよ。『サイダーのように言葉が湧き上がる』

 暑くなってきたので、髪をバッサリ切ってもらった。髪質が特殊なので髪形は幼少期から変わらないが、髪を切った後は頭が軽くなって、気持ちも前向きになる。このまま家に帰るのが勿体なくて、映画館に行くことにした。予告編もあらすじも知らない、Twitterで誰かが絶賛してたな、くらいの認知度しかなかったけれど、シネコンのポイントが溜まってて無料で観られるし、何かの縁だと思って『サイダーのように言葉が湧き上がる』の座席を予約した。よかった。ラスト、思った以上に泣いた。替えのマスクが欲しくなるくらいには。

 人付き合いが少し苦手で、ヘッドフォンで外界から耳を塞ぎ、自作の俳句をSNSに呟き続ける少年チェリーと、突き出た前歯をマスクで隠し、その裏返しのように「かわいい」を配信し続ける少女スマイル。ひょんなことから出会った二人が交流を重ね、特別な気持ちに気づくまでの、一夏の物語。

 俳句というものは、字面としては五七五のわずか計17文字で情感を表現するという高度な文学だ。裏を返せば、その17文字には文字数以上の情報量、作者の想いやその時々の感動が込められていて、読み手はそれを受け取り、解釈する工程が発生する。チェリーの自作の俳句を聴いて「かわいい」と返したスマイルの素直な感性にチェリーは惹かれ、チェリーとの出会いによって俳句やデイサービスという未知の文化や体験を経て、自分の視野が広がっていくときめきがいつしか恋に変わっていくスマイル。そんな二人の触れ合いを愛おしく丁寧に描き、俳句に乗せて伝わりますようにと願った気持ちが、胸の内に押し込めていた言葉が、花火の音と共に夏の夜空に響き渡る。蝉の鳴く音が日常に溶け込んだ今、なんとしても観て欲しい一作である。

 ところで、本作の中心となる舞台は、大型のショッピングモールである。大勢の買い物客で賑わい、歯科やデイサービスもあって、夏祭りも開かれる、市民の憩いの場件商業施設。登場人物にとっては、ショッピングを楽しむ場であり、働く場でもある、人と人の営みの中心として描かれているのが、ショッピングモールだ。

 そして、私が住む町にも、こういうショッピングモールがある。イオンモール高崎ほど大きいものではないけれど、複数のテナントが揃い週末は何かしらのイベントを行っている。施設を囲む大きな車道があって、それを挟んで農道やちょっとした水の通り道があるところもそっくりだ。公共交通機関よりも車の移動がさかんな地域の商業施設は、どれもこんな作りなのかな、なんて思ってしまう。

 そして、その描写がリアルであればあるほど、どこか寂しさが胸の内に広がっていったのは、私が商店街と身近な幼少期を過ごしていたからだと思う。父親の仕事の関係で何かと立ち寄ることが多く、店前では常に店主が呼び込みを行い、新鮮なお肉や魚や野菜を揃えたお店、花屋に服屋、美容院が軒並み元気に営業していた。両親が離婚して引っ越してからは、より商店街が近くなった。大人になった今、通勤時は必ずそこを通るし、公園ではこの猛暑でも子どもたちがボール遊びをしている。でも、今の商店街は人気がなくて、誰もが認めるシャッター街になってしまった。

 これは、仕方のないことだ。大型のショッピングモールができれば、人はそこに流れる。誰かとの待ち合わせ場所も、遊ぶ場所も、どんどんそちらに変わっていって、慣れ親しんだ商店街に心が離れていってしまう。気づけば、店が減って、人が減って、催し事が減っていく。老舗である以上老朽化が進んで維持費も高騰するし、追い打ちのようにコロナが襲ってきて、もうどうしようもないくらい我が地元の商店街は寂れてしまった。

 映画では、作中のショッピングモールがお祭りの会場となって、大型の駐車場では露店が並び、花火も上がるし踊りもする、街の大きなイベント会場になっていた。私はそれが、どうしようもなく羨ましかった。

 7~8年前までは、空き家が目立つ我が商店街も、夏祭りだけは開催していて、その時だけはたくさんの人で賑わっていた。浴衣でおめかししたカップルや家族でごった返した道を、焼き鳥とラムネを抱えて歩いた時の思い出が、家に持ち帰っても困るだけの金魚だとか謎のおもちゃがその時は宝物のように感じたことが、ふっと蘇る。そして、急に悟ったのだ。こんな日はもう戻ってこないんだって。誰もが笑顔で商店街を埋め尽くしたあの光景は、二度と見られないんだって。

 映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』は間違いなく、素晴らしい作品だ。万人にオススメできるし、この映画の素晴らしさをみんなで語り合いたいし、とくに学生さんには率先して劇場に足を運んでもらいたい。キラキラしたものを観て、あぁこんな恋愛がしたいとか、相互理解への憧れを掻き立ててくれ。うだるほど暑くてオリンピックはグダグダだけど、この夏いいこともあったねって思い返せるように、あなたの夏休みの思い出の1ページにこの映画を入れてくれ。

 そしてどうか、商店街が近くにある所に住んでいる人は、商店街に行ってくれ。一度寂れてしまったら、あの時の楽しかった思い出も、取り戻せなくなるかもしれないから。

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