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思いの色。

午後3時。僕は、土手を散歩していた。

10月後半ともなると、午後3時でもそれなりに日が傾いてきている。すっかり季節は秋だ。

今日は休日だったため、ずっと家の中にいた。読書をしたり、ネットを見たり。

インドア派な僕の休日は、ほぼ室内で過ごす。しかし1回くらいは、外の空気を思いっきり吸いたくなる。だから、散歩に出てきたのだ。

大きく両手をあげて伸びをしながら、歩いていると、道の端にひとりの女性が座っていた。足をのばして座る女性の膝の上には、大きめなキャンバスがある。紙パレットに無造作に出された色とりどりの絵の具たちに、筆をつけた形跡はない。

ボーッと目の前を見ていた女性だが、僕の視線に気づいたようで、振り返った。

「…風景画なんか、描かないよ」

いきなり、無愛想に女性が言った。

驚きと戸惑いで、どう返したものかと考えをめぐらせ、僕は声を発した。

「風景を描くために来たんじゃないの?」

聞いてみた。

彼女は、小さく首をふった。

「…ちがう。描くのは、景色じゃない。景色じゃ、つまんないの」

よく、わからない。

「じゃあ、何を描くの?」

また、聞いた。

「私が、今感じるものだよ」

「?」

やはり、わからない。

じれったそうに、女性が言う。

「この、空気とか景色とかを感じて、消化して、私が描くの」

そう言って、いきなり筆を絵の具につけた。

勢いに任せて一気に描きあげていくさまは、何かにとりつかれたようだった。

15分ほどで描きあげた女性は、ぐったりとしている。

出来上がった絵は、僕には何を描いたのかわからなかった。わからなかったが、なぜか涙が出そうになった。その絵に、女性の言葉にならない叫びが色となって、キャンバスを縦横無尽に走っているような気がしたのだ。

女性は、ダルそうな目で涙を流す僕を見た。

「ありがとね」

女性は、小さく笑っていた。

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